2025.02.11

やりたい競技を選べるように、セカンドキャリアも自由に選べる社会を。競泳オリンピアン・伊藤華英

Profile

1985年1月18日埼玉県さいたま市生まれ。
競泳オリンピアン(北京/ロンドン五輪 水泳女子日本代表)/ 日本ピラティス指導者協会公認マットピラティスコーチ
べビースイミングから、水泳を始め、15歳で日本選手権に初出場。女子背泳ぎ選手として注目される。2008年日本選手権女子100m背泳ぎで日本記録を樹立。初めてオリンピック代表選手となる。その後、怪我により、背泳ぎから自由形に転向。自由形の日本代表選手として、世界選手権・アジア大会で数々のメダルを獲得。2012年ロンドンオリンピック自由形の代表選手となる。2012年10月の国体を最後に現役引退。引退後はピラティスの資格取得とともに、水泳とピラティスの素晴らしさを多くの人に伝えたいとマットピラティスコーチとしても活動中。
順天堂大学大学院にて精神保健学を専攻。理論とアスリートとしての経験の両面から、働く人の心と身体の健康を守るメンタルタフネスやモチベーションマネジメントのテーマで講演し、好評を博している。

東:
様々なアスリートの、現役後の仕事と活動に迫る「表彰台の降り方。」、今回のゲストは元水泳選手の伊藤華英さんです

小松:
伊藤さんは背泳ぎと自由形で活躍されていました。オリンピックにも、2008年の北京大会、2012年のロンドン大会と2大会連続で出場されました。

東:
2014年には早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科スポーツマネジメントコースを修了し、同年順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科精神保健学専攻博士後期課程へ進み、卒業。

現在は、日本大学の非常勤講師を務めている他、マットピラティスコーチや、コラムニスト、タレントとしての活動もなさっています。

小松:
来年の東京五輪に向けて、東京オリンピックパラリンピック競技大会組織委員会職員としても活動されていますね。今回はどうぞよろしくお願いします。

東:
現在の伊藤さんの活動を“その後のメダリスト100キャリアシフト図”に当てはめると、東京オリンピックパラリンピック競技大会組織委員会職員が「B」の領域、日本大学の非常勤講師やマットピラティスコーチ、タレントが「C」の領域、コラムニストのお仕事が「D」の領域と現役時の競技スキルや競技団体とは遠い領域でお仕事をなさっていることが分かります。

注1)親会社勤務とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業で一般従業員として勤務していること
注2)親会社指導者とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業の指導者を務めていること
注3)プロパフォーマーとはフィギュアスケート選手がアイスダンスパフォーマーになったり、体操選手がシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして活動していること
注4)親会社以外勤務とは自らが所属していた実業団チームを所有している企業以外で一般従業員として勤務していること

小松:
まさに引退後のキャリアシフトに成功なさっている伊藤さんのお話、とても楽しみです。
よろしくお願いいたします。

伊藤:
こちらこそ、よろしくお願いします。

人間のベースになっているのは教育

東:
まずは伊藤さんの、現在のお仕事の話から聞かせてください。

伊藤:
今は日本大学で非常勤の講師をやらせていただいています。1日で2コマ持っていまして、スポーツ科学という分野を教えています。

東:
私も2018年に1年間、中央学院大学で非常勤講師を務めていました。スポーツマネジメントを教えていたのですが、なかなか大変でした。

学生とインタラクティヴな授業をしたいと考えていたのですが、当初思い描いていた形とは程遠い内容になってしまって。

伊藤:
生徒も毎年変わりますし、1回1時間半という短い時間ですからね。

東:
何年務められているのですか?

伊藤:
順天堂大学大学院の博士課程の頃からですので、5、6年ですね。

小松:
将来的には、非常勤講師から准教授、教授という道を考えてらっしゃるのですか?

伊藤:
そうですね、いつか専任にはなりたいなと考えています。教育は人間のベースになると思うんです。

今アスリートの世界ではいろいろと問題があると思いますが、スポーツ界の問題というのは社会の縮図のような気がしていまして、そのベースにあるのは教育ですから、教育の部分から変えていけば、社会もよりよくなるのではないかと思います。

昨年様々な競技の世界でいろいろな問題が発生しましたよね、あれは広く考えると社会問題だと思うんですよ。

ですから教育という部分から変えていければいいなと考えています

小松:
おっしゃる通りですよね。スポーツ界で起きたことですが、あれは社会問題ですよね。日本の社会で起きていることの縮図だと思います。

アスリートの立場から、女性の地位向上を目指して

東:
また、女性という切り口もあると思います。

スポーツに関する女性の問題というのは、社会の中における女性に関わる課題という部分と共通するものがあると思いますが、そういった活動にも関わられているのでしょうか?

たとえば女性アスリート健康支援委員会のような。

伊藤:
そちらには参加していないんです。やってほしいと言ってくださっているのですが、時間がなくてお断りしているんです。

東:
なるほど。日本大学で教壇に立たれているのと他に、アスリート委員会に所属されていますが、こちらではどのような活動をなさっているのでしょうか?

伊藤:
そうですね、ジュニアオリンピックでトークショーをやったり、冊子を作ったり、メダリストの選手にインタビューをしたりしています。

あとその他にも、JOC(日本オリンピック委員会)のオブザーバーのお仕事もやっています。

東:
タレント活動もなさっていますよね。また、2020年東京オリンピックの組織委員会にも所属なさっていますが、こちらは大会終了までということになるのでしょうか?

伊藤:
もちろん、東京大会が終わったら解散します。

東:
伊藤さん個人の活動で十分生活出来るぐらいの収入は得られていると。

伊藤:
はい、そうですね。

小松:
伊藤さんは芸能事務所に所属されていらっしゃいますよね。そちら経由のお仕事も大きいのでしょうか?

伊藤:
そうですね、とても大きいです。マネジメントをやっていただけているのはありがたいですね。講演などのお話もいただきますが、自ら営業するのには限界がありますからね。

小松:
また、伊藤さんの場合は、恋愛のことなどもきちんと書いたり話したりされていますよね。ジェンダー的な話も伝えたりしますよね。

そういうアスリートも少ないから存在として貴重だと思いますね。

東:
以前、元陸上選手の為末大さんが主催したアスリートの勉強会で、女性のセッションの時に伊藤さんがお話しされたのを聞いたことがありますが、その時に女性特有の生理現象のことと競技についてお話をされていたのがとても印象に残っています。

スポーツの世界はまだまだ男社会で、女性アスリート特有の課題や問題について男性が理解するには難しく気遣いもしにくい部分がありますよね。

先日も中学校のプールの授業で生理中にも関わらず授業に参加することを強要することがいまだにまかり通っていることがメディアで報道され、大炎上していましたが、そのようなことがまだまだ存在するという、ありえない現実がありますね。

小松:
それは由々しき事態ですよね。

東:
伊藤さんはそちらのセッションで元アナウンサーの宮嶋泰子さんと、水泳と女性の生理現象の件についてお話されていたのですが、男性が知らないことがたくさんあって、とても驚きました。

ああいったお話はもっと世の中に広めていくべきだと感じましたね。

小松:
伊藤さんは、他の人が発言すると、聞く側が身構えてしまうことを、すごくナチュラルに、自分の人生になぞらえて、ナチュラルに表現できるスキルをお持ちですよね。

アスリートとしての自然な表現力をお持ちな部分が、本当に素晴らしいですよね。

アスリートがもっと活躍できる社会を作りたい

東:
現在の非常勤講師のお仕事はいつからなさっているのでしょうか?

伊藤:
引退してから2013年に早稲田大学大学院に通いまして、2014年に卒業したのですが、それ以降からずっと働いていますので、2014年ですね。

東:
大学院で修士を取ったことで、非常勤講師ができるようになったということですね。
元々、非常勤講師というキャリアを見据えて大学院に入学なさったのでしょうか?

伊藤:
いえいえ、全く見据えてないです。お話をいただいたのと、周囲の方に勧められたのがきっかけですね。

東:
どのような方々に勧められたのでしょう?

伊藤:
修士は水泳の平井伯昌先生などに勧められたり、以前私のマネージャーをしてくださった方にも勧められたりしました。

小松:
伊藤さんは、いろいろな方の意見にも耳を傾けながら「こういう風にもできるかな?」というように自分の人生をデザインしながら生きているような柔軟性をお持ちだと思うのですが、人生の設計図のようなものを最初から考えていらしたのですか。

伊藤:
いや、あまり決めてないんですよ。出たとこ勝負、までいかないですが、でも「こういう人生を歩んでみたいな」というイメージはあります。

自分の軸はやはりスポーツで育ったアスリートですから、スポーツの社会的価値を高めたいですし、アスリートの価値を高めたい。

そこに軸があって、そこに紐づいているのであれば何でもやりたいなと思っています。

ですからビジョンとして「これをやって、次はこれを」というような計画的なものはあまりないんですよ。計画してできなかった時に挫折するのも嫌なんですね(笑)。

ですから柔軟性をもって色々なことをやっています。

東:
それはとても意外です!伊藤さんは良い意味で要領がよく、物事を順序立てて一つずつ計画的にクリアして、キャリアを構築しているイメージがありましたので。

伊藤:
それはあまりないですね。ただ、なんとなく「こういう風に生きたいな」というものはありますが、きっちりと計画的に生きているわけではないんです。

「なんとなく」思っていることに行動が伴って、だんだんやり続けたいことが明確になるパターンが多いかもしれませんね。

最初に明確なビジョンがあってそれに向かって進むというよりも、ぼんやりした目標からその目標が明確になって、それに向かって進んでいく、そんなイメージです。

小松:
裾野から頂上を見る景色と、裾野から上に登って5合目、7合目、8合目となるにつれて、頂上の景色は変わりますからね。

一口に頂上を目指すとしても、ポイントごとに臨機応変に対応しないといけませんよね。そう考えるとすごくリアリストですよね。

伊藤:
はい、親にも冷めてると言われます(笑)。

小松:
でもそのリアルさもアスリートには大切なんですよね。

伊藤:
はい、そうだと思います。

現役を退いてから見えた、スポーツ界の問題点

小松:
現役を引退されて、学業の道に入られると、社会や組織の今まで気づかなかった面が見えてくるものなのですか?

伊藤:
そうですね。たとえばスポーツ選手には不可欠な強化費というものがありますよね。つまりお金です。

競技にとってお金とはなんだろう、というようなそういう部分も気になりましたし、将来スポーツ界で生きていこうと思っていますので、単に「スポーツ界をよくしたい」という気持ちだけでは良くなるとは思えないんですよね。

現役の時は気づかなかったのですが、そもそも強化費というのはどこから出ているのかな、ということを考えるようになりました。

小松:
現役の時はそういうことはあまり考えないでしょうね。

東:
そこがおそらく一番問題点だと思うんですよね。現役時代は強化費としてお金をもらえていたのに、引退後には収入が途絶えてしまうんですよね。

メダリストも例外ではなく、「メダルを獲ったのに、どうしてこんなにもスポンサーがつかないのだろう?」と悩んでいるアスリートも多いですよね。

伊藤:
現役の時にはあまり考えられなかった、スポーツの価値について、きちんと考えていきたいなと思っています。

勉強をしていくうちに「こういうことをやっていきたいな」ということが具体的に見えてきたので、勉強してよかったなと思います。

小松:
伊藤さんは、本当に真剣に学んで、それを論文に反映させて、本気でスポーツを通して社会を変えたいと思ってらっしゃるんだなというのが、活動や発言を通してよくわかります。

伊藤:
以前、あるメダリストが相談に来て「華英さんみたいにキャリアも積んで、勉強もして今後の人生のキャリアに活かしたいんです」って言ってくれたんですよ。

けっこう有名なメダリストなんですよ。

今も現役で活躍されてて。そういう経験を通して、自分がアドバイスをできる立場にいてよかったなと思いますし、今後スポーツに関わる人が増えて欲しいなと思っていますので、スポーツからすごい人材を発信していけたらいいなと思っています。

小松:
アスリートが現役を終えた後、圧倒的に現役時代よりも長いセカンドキャリアをどう生きて、どんな役割を背負うか。

そこを考えることは大切なのですが、日本では本当にそこにフォーカスが当たってないですよね。

東:
そうですね。

伊藤:
すべてのアスリートがセカンドキャリアも充実して欲しいなと思いますね。

人生は長いですから、メダルを獲ったらそれで終わり、ではなくて、セカンドキャリアで何をするかも大切ですよね。

競技も自分で選び、自分の人生もまた選べる、という社会にしたいんですよね。責任を持って自分の人生をというのを考えて欲しいなと思います。

小松:
伊藤さんは現役を終えて20代の後半ぐらいから大学院に通って勉強をしたという、アスリートではパイオニア的な存在ですよね。今は多くの人がその道を歩んでいますけれど。

東:
やはり、前例があるからだと思います。

伊藤さんはロールモデルなのでしょうね。伊藤さんがこのようなキャリアを選んだのには、アメリカやヨーロッパの選手の影響もあるのでしょうか?

伊藤:
そうですね。海外の選手はメダルを獲った後に医学部に行ったり弁護士になったりしていますよね。そういうのを見ていると、自分の人生は自分で選択できるんだなと思いました。

私は競技をなんとなく習い事の延長線上でやっていた部分がありまして、その後だんだん結果が出てきてオリンピックを目指すことになりましたが、海外の選手を見ていたら自分でそのキャリアを築いている感じがして、「あ、自分で人生選んでいいんだ」と思いました。

小松:
お手本になるような選手はいらっしゃったのですか。

伊藤:
そうですね、有名なのは、オランダのピーター・ファン・デン・ホーヘンバンド選手ですね。

彼女は医学生でしたが、私は大学という場所は単位だけとって、卒業すればいいと思っていたのですが(笑)、勉強をして学問を身に着けている姿勢があるのがすごいなと思ったんです。

またオーストラリアの選手と話していると、スポーツや水泳という競技の価値の捉え方が日本とは全然違っていたので、それも勉強になりました。

小松:
そういう方との出会いも、伊藤さんが国際レベルで活躍できる実力をお持ちだったからですよね。

東:
水泳という一つの軸があり、競技で活躍することにより世界に出て、一流の方々と出会い、考え方を学んで、次のステップに生かすという。

伊藤さんの現役時代は、このようなことを考えている方が少なかったので、現在は伊藤さんがロールモデルになっているのかもしれませんね。

次回は、伊藤さんが競技生活を離れ、社会に出る頃にどのようなこと感じていたのかについてお聞きしたいと思います。

社会から見た、水泳という競技の価値

小松:
現役生活では、競技を通して、様々な価値観に触れたというお話を前回うかがいましたが、現役生活を辞めた時、競技を終えて社会人として働くことになった時、ギャップに苦しみませんでしたか?

伊藤:
それがなかったんですよ。辞めてハッピーと思っていました(笑)。

東:
私も現役を辞めた時はハッピーだったのですが、その後ハンドボールのプロリーグを作りたいという夢がありまして、夢に向かってステップを踏みながら前に進んでいたのですが、上手くいかなくなった時に挫折し、とても凹んだんですよ。

自らの力のなさもしみじみと感じましたし。そこで、力をつけようと40歳で18年勤務した会社を退職することにしたのですが、今考えると本当に怖いですよね。

よく辞めたなと思います。家族もいるし、家も購入したばかりで、収入がゼロになってしまうわけですから。

伊藤:
奥様が立派なんですね。

東:
おっしゃるとおりです(笑)
あの時挑戦させてもらえなかったら、と考えると恐ろしいです。

小松:
伊藤さんは、アスリートが引退してからどうロードマップを描くかのお手本になっている部分がありますよね。

伊藤:
いや、そんなことないですよ。本当にみなさんに助けていただいて、色々学ばせていただきましたし。

東:
引退されてから色々な経験をされたと思いますが、自らが人生を賭けて取り組んできた“競泳”というスポーツに対して、どのような価値があると感じましたか?

伊藤:
そうですね。忍耐強くなることは水泳を通して学んだことですね。あとは仲間がたくさんできたことですね。競泳選手はたくさんいるので、仲間が多い部分がとてもいいですね。

小松:
水泳という競技は、個人競技ですが、チームはとても仲がいいですよね。

伊藤:
たしかにそうですよね。ほぼライバルなのに、仲がいいんですよ。おそらくタイム競技だからなのかなとは思いますね。

小松:
誰に勝つとかではなくて、最終的に自分の限界をどう超えていくか?という部分との戦いなので、ライバルは自分という部分が強いからかもしれませんね。

東:
自分がいいタイムを出したとしても、それをライバルが上回った時に「アイツさえいなければ」みたいになるようなイメージもあるのですが、そのあたりはどうなのでしょう?

伊藤:
10代の頃はそういう部分がありましたけど、ある時から、ライバルがいないと自分のタイムも伸びないということに気づいたんですよ。

だから「アイツも頑張ってるから私も頑張らないと」というマインドになったんですよ。だからライバルがやる気なくなったら、すごく嫌なんです(笑)。

ライバルに「もっと頑張れ!」って思ったりしてましたから。ですから、ライバルなんていなければいいのに、という気持ちはなかったですね。

いや、むしろ、「ライバルなんていなきゃいいのに」と思いながらも「いないと私も伸びないな」というのがわかっていた、と言った方が正しいかもしれません。

小松:
競泳という競技の特性もあるかもしれませんね。

伊藤:
いい意味で、相手のことは興味がないかもしれませんね。自分に集中していますから。そう考えると選手同士のコミットメントというのはないかもしれませんね。

仲はいいですけれど、いい距離感でチームワークが保てている、というイメージかもしれません。誰かのパスをもらって自分がゴールを決める、というのはありませんから。

誰のタイムが良くて、だれが勝って誰が負けたかがすぐわかる、白と黒がはっきりする世界ですから、それがよかったのかなとは思いますね。

 社会におけるスポーツ選手としてのアイデンティティとは

小松:
子どもの頃、他の競技をする選択肢はなかったんですか?

伊藤:
それが全然なかったんですよ。親がスポーツあまり好きでなかったんです。私は水泳をはじめたきっかけは喘息持ちだったからなので。

それで水泳をはじめたのですが、水泳選手になるなんて全く思ってなかったんですよ(笑)。

親も水泳を通して健康な体になってくれればいいな、ぐらいしか思ってなかったと思いますし、私も普通に受験して大学行って社会人になるんだろうなと思っていましたし。

小松:
でも、水泳をやり続けて、だんだんオリンピックを見据える立場になっていきますよね。マインドの変化はあったのですか。

伊藤:
ある時から、オリンピックを目指すんだなという意識になりましたね。

環境の部分が大きかったのですが、鈴木先生に指導していただいてから、世界に出るのが当たり前といいますか、出なくてはいけない状況でしたから。

それが普通だと思っていたんです。でも引退して色々な方にお会いしたら、オリンピックを目指すというのは、とてもすごいことなんだな、ということを知ったんです。

そこで自分に誇りを持つことができたんですよ。

東:
確かに、オリンピックを目指している頃は、周りの選手たちはみんな同じレベルなので、それが当然だったのでしょうね。

伊藤:
そうなんですよ。みんなメダリストでした。そう考えると、ある意味アスリートという立場は、現役時代は世界が狭いんだなと思いますね。

小松:
現役アスリートの方々って、自分たちが社会から見てどういう価値を持っているのか?という部分を持つことが難しいんですよね。

社会から見ると現役アスリートは素晴らしい価値を持っているのですが、競技に没頭していると、その価値を客観的に見ることは難しいんですよね。

伊藤:
それは確かにそうですね。現役選手が自分の社会における価値に気づくのは難しいかもしれませんね。

むしろ、現役の選手が。自分の素晴らしい価値に気づいたら負けな気がする、という思いもあります。

そこは気づかない方がいいと思うんです。でもしっかり教育をして、自分の考え方を整理しておくのが大切なのではないかなと思います。

小松:
確かにそうですね。選手自身が「自分ってすごいでしょ」と公言したら、それ以上伸びなくなることもありますからね。

今の自分が最高であるはずがない、と思い続けて鍛錬を続けて、あらゆるアスリートは現役生活を戦い抜いていますからね。

若いアスリートたちに伝えたい、自分の価値の見つけ方

東:
表彰台の降り方では様々なアスリートにインタビューを実施してきたのですが、引退後にも成功している方は現役の頃から自らの競技以外の方と接して、様々なインスピレーションを得ているように感じます。

伊藤さんも現役時代に他競技の方との交流から新しい価値観を感じたりしていたのでしょうか?

伊藤:
2009年に膝の脱臼や椎間板ヘルニアなどの怪我をしまして、そのリハビリの時に色々な競技の選手と交流することができたんです。

他の競技の人と交流して色々な話をするのは、とても楽しいんですよね。

その時に気づいたのですが、今まで当たり前だったルールが、競泳の世界だけのルールだったこともあったりしたんですよ。そういうことがわかってとても勉強になりました。

小松:
どちらで交流されたのですか。

伊藤:
JISS(国立スポーツ科学センター)の中にリハビリセンターがありまして、柔道や野球、サッカーやラグビーの選手がいて、そういう方々と話すことで、自分のいる世界はなんて狭いんだということに気づいたんです。

私は長年泳いでいたので、積もった結果怪我に繋がってしまったのですが、理学療法士の先生と一緒にそのセンターでトレーニングして治療したんです。

他の競技の選手たちは、私よりももっとひどい怪我をしていたので、自分の怪我はたいしたことないと思えましたし、友達も増えて本当にいい経験をさせていただきました。

東:
JISSが出来てから競技を超えたアスリートの交流が活発になりましたよね。

他競技のオリンピック選手たちは、選手村で仲良くなって、オリンピックでメダルを獲得した後、メディア出演などを通じて仲良くなって交流が始まったりするのですが、ハンドボール競技は男女ともに長い間オリンピックに出場出来ていないので、オリンピックの選手村で交流して、友達になる機会はなかったんですね。

せいぜいメディアに露出していた宮﨑大輔さんくらい。それがJISSの施設内でともに治療やリハビリをする中で交流出来るようになった。

私はほとんど怪我をしない選手だったので残念ながら仲良くなる機会には恵まれなかったのですが(笑)

小松:
どういう選手と仲良くなったのですか。

伊藤:
色々な方と仲良くさせていただいたのですが、中でも柔道の杉本美香さんなどは、同い年で今でも食事にいったりします。

ロンドンで彼女がメダル獲った時はずっと見てたりしました。色々な競技の方と交流することで、「なんか世界って楽しいな」と思えるようになりました。

東:
あの時の出会い、人脈が自分の人生に生きているというようなことはありますか?

伊藤:
早稲田大学に通っていた頃に知り合った方々かもしれませんね。

間野義之先生のゼミに入っていたのですが、ここにいた方々はアスリートはいなくて、現場の方やアカデミックな方ばかりで、そこでこういう方々もスポーツに関わってくれているんだと知り、とても勉強になりましたし、そこから様々な視点を持てるようになりました。

東:
早稲田に入学なさったのはいつ頃でしょうか?

伊藤:
現役を引退したのが2012年の9月だったのですが、その翌年の1月が入試だったので、その後に入学しました。

小松:
早稲田に入ったのは、スポーツのため、アスリートのために、社会において競技選手の地位を高めることに貢献したいという思いだったのでしょうか。

研究テーマはなんでしたか?

伊藤:
エリートスイマーのメンタルタフネスの特性を研究していました。博士の時にはメンタルタフネスの尺度を作りました。

小松:
仕事と学業の両立でしたよね。大変だったのではないですか。

伊藤:
はい、寝る時間もありませんでした。授業で単位を取らなくてはいけないですし、リサーチをしてペーパーも書き上げなくてはいけないので。

当時はセントラルスポーツでお仕事をして、タレント事務所にも入っていましたので、色々なお仕事もこなさないといけませんでした。

小松:
セントラルスポーツでのお仕事はどのような内容なのですか。

伊藤:
普通に水泳を教えたり、妊婦さんやお子さんに教えるための資格を取り、色々なスキルを学びながら全国を回っていました。

東:
私も早稲田の大学院に通っていた頃は、やることが山積していて寝る間もありませんでしたが、引退して1年目は頑張れるものですよね?

伊藤:
なぜか頑張れましたね。体力もあるし、若いということもありましたので、寝なくてもなんとかなりました。

あとは、やらなくてはいけない、という締め切りに追われていたのもありますね(笑)。

小松:
締め切りは大切ですよね。

東:
私も毎週テーマを決めて発表させられていましたね。

入学前も研究計画書を書いて、それが卒業に値するようなテーマで、かつエビデンスとなるようなデータが無ければ入学はおろか、受験することすら出来ませんでした。

伊藤:
そうですね。ある程度予定を立てないと1年間はあっという間に過ぎてしまいますからね。本当に早稲田ではいい指導者の方に出会いました。

研究というのはこういうものだから、こうやるんだよ、とか、色々な枠組みも教えていただきました。

もちろん論文書くのも初めてですから、アカデミックな世界でアスリートがいきなり論文なんて書けません。

でも色々なことを教えてくださったので、とても謙虚な気持ちになりました。

競技をやっていた頃は、ある種応援されるのは当たり前、その中で結果を出すというプレッシャーがありました。

でも自分のことだけ頑張っていればよかったので、ある意味ラクでしたよね。

でも大学に行ってからはそうではなくなったので、自分のことだけ考えるだけではダメなことを学び、謙虚な気持ちを持つことが大切だ、ということを学んだのが大きいですね。

小松:
アスリートには、その成績はもちろんですが、それ以外にも社会に伝えるべき価値があるんですよね。

でも本人は自分が残してきた成績でしか社会にアピールできない方が多いですよね。でも伊藤さんの場合は、現役を終えてから博士課程まで取ったりされて。

そういう道を歩んでいることで、たとえば今水泳をやっている中学生の女の子が、今水泳に夢中になっていても、将来ちゃんと別の道を進みたくなったら、そっちも歩めるんだなということを知ることができますよね。

スポーツ選手は、競技を終えてからも色々な道があることを伊藤さんは体現されていますよね。

伊藤:
若い子たちは知らないことが多いですよね。多くの人は、メダル獲れれば一生生きていけるという、謎の妄想にとらわれて頑張っている場合が多いんですよね(笑)。

そうではなくて、もっとリアルに、メダルはなんのために獲るのかということを、自分の人生の中で重ね合わせて考えないとダメですよね。

そうでないと、自分の選手としての目標を達成した後に、路頭に迷い何をしたらいいかわからなくなるんですよね。

私の周りでも、メダルを獲ったあと、3年ぐらい何をしてたかわからない、という選手もたくさんいるんですよ。

その3年間というのは、とても大切な3年だと思うんです。引退した後の3年間というのは、なんでもできるんですよね。

その時間を無駄にしないで欲しいですし、メダルを獲ったらその事実を使って自分の人生を切り開いて欲しいなと思っています。

自分自身を「言葉」で説明できるかが大切

小松:
引退した時はどういう気持ちでしたか?

伊藤:
そうですね、「まあ何かやることがあるんだろうな?」ぐらいにしか思っていませんでした。女性だからということもあるのかもしれませんね。

ある意味女性というのは、柔軟性を持ちやすい性別なんだと思うんです。

男性の選手だったら、もっと自分が頑張らないといけない、と思ってしまうことがあるんではないでしょうか。

小松:
そこは性としての個性があるのかもしれませんね。

伊藤:
その時、ある男性の選手から「女はいいよな」なんてことを言われましたが、「いや、あなたより頑張ってるから」と思いましたけどね(笑)。

そういう風に思う人もいるかもしれませんが、やはり女性としてキャリアをしっかり築かないとだめだと思いますし、生き方もきちんと考えないといけないなと思っていましたので、仕事も人生もどちらも諦めたくないとは考えていました。

東:
女性の方が大変なこともありますよね。最近ようやく明らかになってきましたが、大学でも女性だからという理由で受験で足切りしていたり。

男女雇用機会均等法があるのに、全然均等ではない部分もありますし。個人的には日本の社会がうまくいっていない原因の一つだと思います。

明らかに生産性を落としていますよね。

伊藤:
生産性の面では、日本は本当に低いですよね。

東:
一般的にベンチャー企業は、伝統的な企業よりも活躍している女性の割合が高いように感じますが、そのほうが生産性が高いからというのが理由ではないかと思います。

生産性の低い人が多いとベンチャーは潰れてしまいますからね。

伊藤:
女性の方がフレキシブルな部分はありますよね。でも社会における男性と女性の関係は変わって欲しいなと思う部分はあります。

周りの女性選手や社会人の女性の方を見ていても、別に男性と女性が対立する必要はなくて、一緒に生きていく、LGBTの方々もそうですよね。

性に関しての問題は一人ひとりが考えるべき問題ですよね。でも「誰かがやってくれる、誰かが考えてくれる」という風潮が強いですよね。

そうではなくて、一人ひとりが社会問題を自分ごととしてしっかり見つめていけるような世の中にしたいな、という思いはあります。

海外の場合だと、政治のこと、宗教のこと、社会の問題などがすべて自分ごと、という考えの方がおおいですよね。

競技を通じて色々な海外の選手とお会いすると、個々がきちんと考えを持っている場合が多いですよね。

東:
しかも、アスリートは現役のときにはそういうことを考えなくてよい、競技のことだけ考えていればいい、という時代でしたよね。

日本は年々労働人口が減少し、人手不足だと言われていますが、アスリートを派遣する企業が、アスリートを企業に紹介し、雇用した際に、企業側が喜んでいるかというと、決してそうとは言い切れない状況もあるようです。

なぜかといえば、戦力にならない場合が多いからです。競技ではすごく頑張れたのに、仕事では頑張れない元アスリートが非常に多いイメージがある。

そんなことはない。アスリートも仕事で戦力になり得るということを、このインタビュー企画で伝えたいと考えています。

例えば水泳でしたら、タイムを早くするという目的があれば、どうすれば早くなるのか?

ロジカルに考えてなんどもトライ&エラーを繰り返して、失敗してもくじけずにやり抜く力、グリットという力がアスリートにはあるのだということを企業が知れば、最初は失敗するかもしれませんが、繰り返せばできるようになる。

競技はできるけど、仕事はできないと思われてしまっている風潮がとても残念なんですよ。

伊藤:
それは同じアスリートとして悔しいですよね。

もちろん仕事をバリバリこなしているアスリートもたくさんいらっしゃいますが、中には「自分頭悪いんで、何もわからないんですよ」と言えてしまう人もいますし、それは残念ですよね(笑)。

あなたはすごく努力をしてきて、今まで世界と戦ってきたのだから、それを言葉で説明できますよね?と思ってしまうんですよ。

自分が日本のアスリートの代表だったことの自覚を持って欲しいです。もちろんそういうプライドをきちんと持っている方もたくさんいらっしゃいますけどね。

東:
ただ、伊藤さんは、「あなただからできるんでしょ?」という目で見られたりしませんか?

有名だし、オリンピックにも出場しているし、アイドルみたいな扱いされているあなただからできるんですよ、と思われたりしませんでしたか?

伊藤:
そうですね、あなただからできるんでしょう?と思われている部分はあるかもしれませんよね。

東:
そういった人たちがいるからこそ、私はこのプロジェクトをやろうと思ったんです。

私はハンドボールというマイナーな競技で、選手としてオリンピックも世界選手権も出ていないし、誰も私のことなんて知らない。

それでも、競技を通じて得た経験やパーソナリティーは、ビジネスの世界で非常に役に立っているし、自らの強みになっています。

同じように競技生活を終え、自らの最も得意なことで輝いてきた華やかな舞台・表彰台から降りた後にも活躍している様々なアスリートに、競技のことではなく、表彰台から降りた後のお話を聞いていくことで、アスリートはもちろん、これからキャリアをシフトしていこうと考えている方々にとって、ヒントになるような記事を公開出来ればと。

小松:
伊藤さんの現役の頃は、メダルを獲れたらその後の人生はなんとかなるだろう?金メダル獲ったら3年ぐらいは食べていけるだろう、みたいな空気はありましたか?

伊藤:
ありましたね。3年どころか、一生食べていけるという空気はありましたよね。

私の現役時代の悩みは、ある時、オリンピックのメダルの価値がわからなくなってしまったんですよ。

ある時、なぜメダルを獲らなければいけないんだろう、と思ったんですよね。

こんな苦しい思いをしてなぜメダルを目指す意味はなんだろうと考えてしまったんですね。

もちろんメダルを目指すことはとても大切ですし、社会的にも、オリンピックになると日本はメダルを幾つ獲れるかという話になりますよね。

もちろん強化費などのことを考えるとそれは大切なのかもしれません。

でも海外に行くと、オリンピックのイメージは、フェアプレーとかベストを尽くすとか、選手同士の友情とか、そういうものの方にウェイトを置いてる印象がありますよね。

オリンピックという場所は、自分の限界を超えて努力して目指す場所、という存在になって欲しいですよね。

東:
ヒーローは必要かもしれませんが、逆になぜ海外はなんであれだけドーピングがまかり通っているのか?という問題もありますよね。

あれだけフェアプレーと言っている国がなぜ、ということがあります。

話は変わるのですが、現役時代は活躍できていたのに、セカンドキャリアで自分の長所を出せない人たちに何かアドバイスはありませんか?

上から目線ではなくて、こういう風に考えてみたら、のようなアイデアを聞かせてください。

伊藤:
一回自分の人生を人前で話してみるのはいいかもしれませんね。

自分の人生、紆余曲折ありましたけど、ここでこういう思いをして、ここで辛い経験をして、というような自分のライフ曲線を言語化するのはいいかもしれませんね。

そうすると、自分の人生でこれが社会に役立つ、これは役立たないというのがわかってくるかもしれません。

現役を引退した人たちには、一度自分の価値を見直して欲しいなと思います。

東:
なるほど、確かにそうですね。さて次回は、伊藤さんがセカンドキャリアでどのようなことを気をつけ、意識されているかについてお聞きしたいと思います。

セカンドキャリアで大切なのは、自分で考え、行動すること

東:
今回最初にお聞きしたいのですが、伊藤さんは現役を引退した時に、何か困ったことなどあったのでしょうか?

伊藤:
そうですね、私は自分自身のことを自分で決めたいタイプでしたから、「人にそんなに聞かなくてもいいんだ」ということに気づきました。

今までは先生やコーチがいて、そういう方々に聞いていたのですが、自分で決められることに辞めてから気づきました。

少々脱線しましたね、そうですね、困ったことですか…お金のことも、あまり気にしたことがなくて、どうにかなると思っていましたし(笑)。

自分がやりたいことや、やれることをしっかり見つけることが先かなと思い動いていましたね。

小松:
多くのアスリートの方にお話をうかがってきたのですが、素晴らしい選手はチームや監督が指示を出すことを忠実に実行して結果を出す人が優秀なんですよね。

誰かのいうことを受け入れて、それを自分のこととして行動する力が強いんです。でも現役を引退して、1人になった時にこれは必要ないんですよね。

だから現役を引退した後に、自分で考え、行動するということができない人って結構いらっしゃるんですよ。

伊藤:
誰かが何かをしてくれる、と思っている節がありますねアスリートは。

小松:
伊藤さんは、考えて未来に向けて行動することが昔から好きだったんでしょうね。

伊藤:
私の会社の後藤会長が鈴木大地さんにおっしゃった言葉がありまして、それは「メダルは後ろにかけろ」という言葉なんです。

メダルを後ろにかけて人生を歩めという意味なんです。

すごく素晴らしい言葉だと思うんですが、自分は「過去こういう人でした」というよりも、自分の今やっていることの面白さや素晴らしさに気づいてもらえる人生の方がいいなと思います。

小松:
そのメンタリティーは面白いですね。

東:
この企画のタイトルは「表彰台の降り方。」なのですが、オリンピックでなくても、アスリートは競技生活でナンバーワンになったりする経験がありますよね。

でも昇ることはできても降り方がわからない人が多いんですよ。

競技の表彰台を降りたら、次はセカンドキャリアにおける表彰台を目指せばよいのですが、多くの人がいつまでも過去の表彰台を向いていて、なかなか前に進めないように感じます。

伊藤:
昇るのは楽しいですが、降りるのはしんどいですからね。

小松:
昇っている時はチャレンジですからね。

東:
セカンドキャリアでも「やっぱりアスリートってすごいな」と認められるためにも、伊藤さんのようなアスリートが1人でも多く増えていくといいですよね。

話は変わりますが、現在の記憶を持ったまま、現役時代に戻ったらどんなことをしますか?

伊藤:
もう少し水泳を頑張っていたかもしれません。あとはセカンドキャリアでもう少し勉強したかったですね。

世界のアスリートから学んだ、生きるために大切なこと

小松:
海外はどうですか?

伊藤:
海外にも行ってみたいですよね。もし海外で水泳の練習をしていたらもっと変わっていたかもしれませんね。

日本は、いい意味でも悪い意味でも、島国文化がありますよね。それの一つに平和の考え方なのですが、日本は平和で当たり前ですからね。

それはとても素晴らしいことなのですが、世界には色々な問題がありますよね。宗教や民族間の争いなど、大小多々ありますよね。

そういう問題が日本は少ないので、小さいことで人の足を引っ張ることが多いなと思うんですよね。

東:
平和で安全で、時間的に余裕があるからそういうことをするのでしょうね。

小松:
そういうことをもっとフラットに話せる社会になるといいですよね。

伊藤:
決して個人的なわがままを発信するのはよくないと思うのですが、社会に対して、私はこういう意見ですと、もっと自由に言える環境は必要ですよね。

小松:
そのためには、社会には色々な人がいる。違う宗教があって、違う生活があって、歴史があって、そのことにもっと多くの人が目を向けて、興味を持ってほしいですよね。

伊藤:
そうですね。人類なんて人生80〜100年ぐらいしか生きないのに、地球の真ん中にいるような考え方ですよね。

地球ができて人類が誕生して、地球の歴史からすると私たちの人生なんてたかがしれてるわけですし、そういう地球の一部である私たちの人生を、どうやって生きるかと考えた時に、やはり一度きりの人生をちゃんと生きたいと思いますよね。

小松:
そういう時間の尺度で人生を考えるのはとても大切ですよね。

伊藤:
この考え方は、現役時代に世界の色々な人とあって学んだことですね。日本に住んでるとわからない感覚です。

小松:
そう考えると、トップアスリートは、世界で活躍している人も多いですから、そういう感覚を学べるチャンスは多いですよね。

伊藤:
本当にそういうチャンスは多いですよね。

だから今の現役選手は、もっと多くの外国人選手と話して欲しいですし、交流して欲しいですし、それを通して自分という存在が何者なのか、ということを感じて欲しいです。

だから、メダルを獲るのを目標にするのも素晴らしいですが、もっと大きな視点で、世界に出るために努力する、世界の色々な人と交流するために、自分はそこに昇り詰めたい、という考え方でもいいかもしれませんね。

もちろんメダルを獲らなくてはいけませんし、そのために競技をやっているのですが、それ以外のプラスアルファが欲しいと思うんですよね。

努力してメダルを獲って、しばらくしたらそれでおしまい、というのも嫌ですよね。もっと長い目で、自分の人生の得になれる経験になるといいですよね。

東:
その部分で大切になってくるのが、自らの考えを言語化するスキルだと思うんです。

世の中の人は競技であれだけの結果を出せる人は仕事も頑張れるだろうと思っている節がありますが、必ずしもそうではないんですよね。

なぜ競技で結果を出せたのか、しっかりと腹落ちしているアスリートは言葉に出来るので、仕事にもそのスキルを水平展開出来るのですが、言語化出来ないと、競技しかやってこなかったので、仕事のことは分かりません、出来ませんになってしまう。

小松:
社会にいる人は、「なぜあの人はメダルを獲って立派な記録があるのに頑張らないんだろう」と思うんでしょうね。

でもアスリート側からすると、あまりにも現役時代と社会が違いすぎてフリーズしてしまうのかもしれませんね。

伊藤:
社会に出ると、1番を目指すというのがアスリートに比べてあまりないのかもしれません。

現役を引退して社会人になったアスリートは、1番を目指すことがなくなった、ということに気づいた方がいいかもしれないですね。

小松:
たしかにそうですね、でも1番を目指さない、他の目標基準が必要ですよね。

伊藤:
自分をきちんと見つめないといけませんし、社会というのは正解がない部分がいい部分だと思いますし、それを受け入れる必要があると思います。

アスリートの世界って正解を求めることだけ追い求めるものですからね。

「金を獲る」「銀を獲る」「世界記録を出す」そういう「正解」に向かって誰もが走り、そのために生きているんです。

でもアスリートを辞めて社会に出たら、今まで誰もが正解だったと思うことが、必ずしも正解でないこともあったりしますよね。

価値観もそれぞれですし。だからその価値観というものを、きちんと見つけて欲しいと思います。

 2020年後もアスリートの価値が認められる社会に

小松:
若い水泳選手を育てたいという気持ちはありますか?

伊藤:
それが、全然ないんですよ。

小松:
たしかに、役割分担ですものね。伊藤さんは伊藤さんのやるべきことがありますし。

伊藤:
鈴木大地さんがおっしゃっていました。教えるよりも泳いだ方がずっと楽だと(笑)。

東:
私も若い選手たちを継続的に指導した経験がありますが、本当に大変ですよね。拘束時間もすごく長くなりますし。

やりたいことが他にもたくさんあるのに、指導現場にいなければいけないですし。もちろんやってみてよかったとは思いますけど、今後積極的に関わりたいとは思わないですね。

小松:
今はマルチで色々と活動されていますが、伊藤さんがこれから先実現したい夢や目標はありますか?

伊藤:
大学の先生になることと、あとは今ピラティスの先生をやっていますので、ピラティスももう少しメソッド化したいなと思っています。あとは健康であることですね(笑)。

東:
政治の世界には興味ないですか?

伊藤:
よく言われるんですが、なったらキツいなと思います。今の自分では。

自分が変えられるならやってもいいかもしれませんが、政治家になる前は周りがサポートしてくれますが、政治家になったら自分1人で動かないといけませんよね。

だったら本当にやりたい人がやるべきだと思います。

ですから、私はもっと自由に、縛られずに柔軟性を持って、女性としてもアスリートとしても生きられればいいと思っています。

東:
伊藤さんはトップアスリートであり女性であり、アカデミックな分野でも活躍しているので、今後ますます活躍の場を広げていくのでしょうね。

伊藤:
40歳以降、もう少し今より輝ければいいなと思っています。

小松:
海外で活躍されるとかはお考えになっていますか。

伊藤:
海外はいいですよね。すごく手厚く待遇してくれますし。

東:
こういった日本の未来、アスリートの未来のような話を周囲の方とされたりはしますか?

伊藤:
元競泳選手で仲良い人はいますが、あまりこういう話はしないのですが、早稲田で知り合った方などとは、こういう話をします。

東:
アスリートの未来と言えば、私が一番懸念しているのは東京オリンピック・パラリンピックの終了後です。

アスリート雇用やスポーツに関する予算が一気に削減されることが予想されますから。

伊藤:
それは本当に起こりそうですよね。

東:
危機的状況になる前に、ある程度情報を流した方がいいですよね。現役の選手たちにはなかなか危機感が伝わらないと思いますし。

伊藤:
今はバブルですからね。五輪が終わったら、企業さんがスポーツに対する向き合い方も変わるでしょうしね。

これからのスポーツの価値というのをきちんと伝えていかないといけないですね。

もしスポーツが世の中からなくなったかどうなるのか?というタイトルで東さんイベントやってくださいよ(笑)

東:
いいですね!
そこを考える機会をつくっておかなければ、東京でオリンピックという世界最大級のスポーツイベントが開催されて、企業が「スポンサードしたけれど、果たして企業にとってこれでよかったのだろうか?」「アスリートを雇用しても全然宣伝にならないし、アスリートは働かないよね」のようになりかねないと危惧しています。

伊藤:
会社が選手を採用して、表では「スポーツ選手はやる気があって明るくていいですね」と言っているのに、実は仕事させてみたら結果を出さないし、そもそもこの人はなんの仕事してるの?なんていう状態は避けたいですよね。

東:
アスリートには競技で活躍する以外にも大きな価値があるので、雇用すれば御社にとって有益ですよ。

例えば、伊藤華英さんはこういった企業でこのような活動をされていて、ブランド力の向上に大きく貢献しています、みたいに可視化できるといいですよね。

伊藤さんはそういった意味でもフラッグシップ的存在、ロールモデルなので、ますますのご活躍を期待しています。

伊藤:
ありがとうございます。アスリート側だけでなくて、会社側にも協力してもらって、みんなでそういう社会が作れるといいですよね。

アスリートや競技に付加価値をつけるためには

小松:
ところで、お話は少々変わるのですが、水泳という競技はまだまだポテンシャルがあると思うのですが、競技を見る人がもっと増えてもいいと思うんですよね。

東:
私は欧米のように、スポーツベッティングを導入するのも一つの方法だと思います。そうするとスポーツの見方が変わってくると思うんです。

もちろん問題・課題は多々ありますけれど、オッズをつけてベットすることによって、産業規模が拡大し、スポーツに直接お金が入ってくることは何ら悪いことではないのではないかと。

小松:
お金を産めば、アスリートにも売上が入ってきますしね。

東:
オリンピックは特に“感動のタダ乗り”が多いように感じます。

オリンピックという世界最大級のメガイベントを開催しても、メインコンテンツである“競技”の主役であるはずの選手にほとんどお金が入ってこない状況も問題だと思います。

そう考えると、オリンピック自体がアスリートの能力や能力を身につけるための日々のトレーニングの“タダ乗り”なのかもしれません。

アートや音楽などスポーツ以外のコンテンツにも共通して言えることですが、コンテンツにお金を払う、パフォーマンスにお金を払うということが当然であるという文化を醸成していかなければ、継続していくことは難しいのではないでしょうか。

伊藤:
アスリートの価値は可視化されにくいので難しいですよね。

東:
一つは“応援してもらえること”が価値なのかなと。プレーを見てもらったり、人間性を知ってもらった上で、競技をエンターテイメントとして楽しんでもらうことで価値を高める。

ただ、エンターテイメントとしての価値で勝負すると、映画やゲーム、コンサートなど他のコンテンツと同じ土俵で戦うことにもなります。

伊藤:
逆に戦えたらいいですよね。

東:
リアルタイムで見ることに価値があるコンテンツとして“ニュース”と“スポーツ”には大きな強みがあると思います。

そして、そこにレバレッジをかけられるのがスポーツベッティングなのではないかと。

日本のスポーツ団体の多くはサッカーくじを財源とする助成金や、国や自治体からの補助金に依存して運営していますが、公営競技と呼ばれ、ベッティングを実施している競馬、ボートレース、競輪、オートレースは経済的に自立しているだけではなく、収益の少なくない部分を国や自治体に分配しています。

ベッティングが存在することで予想を始めとするメディアや周辺産業の経済規模も大きいですし、ファンの感情の振れ幅も激しい。

日本においてはスポーツがある意味神聖化されていて、お金を賭けるなんてまかりならんといった風潮も見られますが、欧米を始め日本以外では当然のことですから。

伊藤:
確かにそうですね。

東:
もちろんお金が全てというわけではありませんが、きちんと対価を払ってもらい産業規模を拡大していくことは日本のスポーツ界にとって非常に重要なテーマだと思いますので、段階的にでもいいので、べッティングを導入していくべきなのではないかと個人的に思います。

それでは、最後に、水泳という競技名を使わずに自己紹介をしてください。

伊藤:
私は大学の先生をしておりまして、オリンピックの組織員会というところにいまして、スポーツのために働いているんですが、基本的にスポーツを軸に社会のために色々な仕事をやったり、仕事を生み出したりして日々生きています。

小松:
まさにスポーツやアスリートの価値や環境を作る人ですね。

東:
今回はお忙しいところ誠にありがとうございました。
ますますのご活躍を期待しております。

編集/佐藤 愛美(ライター)

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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