2025.02.15

勇気を持って、一歩踏み出す 総合格闘家、プロレスラー・桜庭和志

Profile

1969年7月14日秋田県南秋田郡昭和町(のちの潟上市)出身。世界的な人気を誇る総合格闘家・プロレスラーで、株式会社39及び株式会社ラバーランドの代表取締役を務める。
1997年UFC-Jヘビー級トーナメント優勝。総合格闘技において顕著な影響や功績を残した選手、あるいは総合格闘技の発展に大きく寄与した人物の栄誉を称え贈られる、UFC殿堂の称号を持つ日本人唯一の総合格闘家。
2018年2月1日に寝技格闘技イベントQUINTET(クインテット)を創設。日本ブラジリアン柔術連盟のスペシャルアドバイザーも務めている。
※2019年5月16日インタビュー実施

東:
様々なアスリートのキャリアをご紹介する「表彰台の降り方」。今回は「グレイシー・ハンター」の異名を持つ総合格闘家でありプロレスラーの桜庭和志さんにお話を伺います。

小松:
桜庭さんは小学生の頃にタイガーマスクに憧れたことをきっかけに、佐藤満さん(ソウル五輪金メダル)など多くのオリンピック選手やメダリストを輩出しているレスリングの名門・秋田市立秋田商業高等学校のレスリング部に入部。

高校卒業後は中央大学に進学し、レスリング部で活躍。

1992年7月に大学を中退して、UWFインターナショナルに入団。

1993年に日本武道館でプロレスラーとしてデビューなさいました。

東:
桜庭さんは今や伝説となった東京ドームでのUWFインターナショナルと新日本プロレスとの全面対抗戦にも若手選手の一人として出場なさっていますが、広く世間に知られたのは総合格闘技イベント“PRIDE”での大活躍です。

私は以前から格闘技が大好きで、もちろん桜庭さんの試合も何度も拝見しました。

初めて会場で観戦したのはさいたまスーパーアリーナで開催された「PRIDE15」。

後にUFCでチャンピオンになるクイントン・ランペイジ・ジャクソンに一本勝ちした試合は最高に興奮しました。

桜庭:
本当ですか。あの試合を観ていたんですね。

東:
はい。他にもたくさんの試合を拝見させていただいたのですが、そのお話はまた後ほどさせていただくとして、桜庭さんは現役の総合格闘技、プロレスラーとして活躍しながら株式会社の代表取締役を務められたり、“QUINTET”というエンターテイメント性のある寝技の格闘技イベントを立ち上げられるなど、革新的な活動をなさっています。

これらを始められた想いやプロフェッショナルとしての心がけが、格闘家のみならず様々な競技のアスリートたちにとって重要な示唆を与えられるのではないかと思い、今回是非お話を伺いたいと知人にお願いしてこのような機会をいただけることになりました。

小松:
桜庭さんはまだ現役選手としてご活躍なさっていますが、現在の活動を“その後のメダリスト100キャリアシフト図”に当てはめて考えると、Bの競技団体運営とCの経営者ということになりますね。

注1)親会社勤務とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業で一般従業員として勤務していること
注2)親会社指導者とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業の指導者を務めていること
注3)プロパフォーマーとはフィギュアスケート選手がアイスダンスパフォーマーになったり、体操選手がシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして活動していること
注4)親会社以外勤務とは自らが所属していた実業団チームを所有している企業以外で一般従業員として勤務していること

プロレスラーを目指して

小松:
桜庭さんは高校、大学とレスリングに取り組まれていましたが、オリンピックは目標になさっていたんでしょうか。

桜庭:
オリンピックというよりも、国内に強い選手がいたので、そいつに勝ちたい気持ちのほうが強かったですね。

もともとそいつのほうが強かったんですけど、大学1年の時に初めてやって勝てたけど、2年、3年の時は勝てませんでした。

小松:
オリンピック出場より、目の前のライバルに勝利することに集中していらしたんですね。

来年開催を控えている東京オリンピックに対して何か思いはありますか?※インタビューは2019年5月に実施

桜庭:
いや、特にないです。大会期間は道も渋滞して大変なんだろうなあとか、仕事に差し支えないといいなあとか(笑)。それくらいですね。

小松:

え!意外にもあまりご興味をお持ちではないんですね。

東:

メディアで拝見してきた桜庭さんらしいお考えで嬉しいです(笑)

もともと桜庭さんがレスリングを始められたのは、競技としてというよりもプロレスラーになるためだったんですよね?

桜庭:

そうですね。プロレス=アマレスのプロみたいに考えていたので。

小松:

大学卒業後にはスポーツクラブのインストラクターに就職が内定していたそうですが、留年したため辞退。

留年が決まった直後にUWFインターナショナルに入団することになったとお聞きしていますが、どのような経緯があったのでしょうか。

桜庭:

入団テストを受けていたUWFインターナショナルから「今、大学をやめるなら入れるぞ」と言われたんです。

もともと勉強よりもレスリングをやりたくて大学に入ったので入団を決めました。

東:

迷いはありませんでしたか?

桜庭:

全くないです。ただ、親からは怒られましたよね。

せめて卒業してからプロレスをやれと言われましたが、今入らないとまた半年後にテストを受けなくてはいけないし、それはきついなと思って。

小松:

ご両親の反対を振り切って決めたのですね。結果的に桜庭さんは世界的なヒーローになられて、ご両親もきっとお喜びでしょうね。

東:

桜庭さんは子どもの頃からプロレスラーを目指してきたわけですが、なかなか身体が大きくならないことに悩んだことはないのでしょうか?

桜庭:

なかったですね。逆に中学校の頃に身長が伸び始めた時には「もう止まってくれ!」思っていました。

これ以上伸びるとハルク・ホーガンみたいなのとやらないといけなくなるから絶対嫌だって(笑)
※ハルク・ホーガンは日米で大活躍したプロレスラー。身長201cm・体重137kg。

小松:

単に大きければ良いというわけではないんですね。

東:

プロレスにはヘビー級(100kg以上)とジュニアヘビー級(100kg未満)があって、桜庭さんが憧れていたタイガーマスクはジュニアヘビー級でご活躍なさっていましたものね。

桜庭:

ヘビー級は骨格や筋肉の質が違いますし、どうしても元々身体の大きな海外の選手のほうが有利ですからね。

「止まってくれ!」と願ったら、ちょうどいいところで止まってくれました(笑)

小松:

高校、大学とレスリングを続けてこられて、卒業後にプロレス団体であるUWFインターナショナルに入団なさったわけですが、実際に経験してみて、レスリングとプロレス、格闘技の違いについてはどのような印象をお持ちですか?

桜庭:

レスリングも格闘技なので、別に変わりはないかなという印象ですね。

東:

ルールが異なるだけということですよね。

レスリングにはありませんが、プロレスや総合格闘技には打撃や関節技があって、技のパターンが増えると。

桜庭:

そうですね。

面白い格闘技イベントをつくる

小松:

続いて現在のお仕事について聞かせてください。

桜庭さんは現役選手として競技を続けながら、寝技格闘技イベント“QUINTET”の運営や解説、TVやCMへの出演など幅広い領域でご活躍なさっていますが、割合でいうと何が最も大きいのでしょうか?

桜庭:

現役選手の割合が多いんじゃないですかね。解説は最近やっていないです。PRIDEの頃はたまにやっていたんですが。

東:

2018年にスタートした“QUINTET”はすごい盛り上がりですよね。

桜庭:

日本より外国のほうが盛り上がっていますね。柔術人口が多いこともあって、かなりウケているようです。

東:

アメリカやブラジルでは男女を問わず大人気ですものね。

小松:

QUINTETを立ち上げるまでは、どのようなビジネスをなさっていたんですか?

桜庭:

総合格闘家としてはDREAM、プロレスラーとしては新日本プロレスと契約していて、道場も運営していました。

道場は自分の練習場所が欲しいという気持ちもありつくったんです。

東:

ライトなファンを獲得するための格闘技フィットネスジムというより、桜庭さん自身がプロの格闘家と一緒に強くなるための練習をする場所が欲しくて設立なさった道場ですね。

桜庭:

はい。最初は自分の練習場所としてつくったのですが、結局お客さんを入れたほうがいいという話になり。その後、DREAMの終了とともに道場は閉めることになりました。

小松:

QUINTETを立ち上げた経緯についてお聞きしてもよろしいでしょうか。

桜庭:

新日本プロレスの試合中に関節技をかけるとすごく盛り上がっていたのと、“メタモリス”というアメリカで開催されたプロ柔術大会で試合をした時に、打撃無しでの関節の取り合いがすごくウケたんですよね。

これは日本でも盛り上がるだろうとやってみたのですが、その試合がすごくつまらない試合になってしまって…。

なんでこんなにつまらなくなってしまったんだろうと考えました。

東:

なるほど。考えた結果、どのようなことが分かったのでしょうか。

桜庭:

まず、積極的に攻めない選手には注意を与えるべきだと思いました。レスリングや柔道で消極的な選手を注意するように。

お互いに消極的な試合は見ていて面白くないですからね。

あと、シングルマッチだと10試合ほどやっていると、どれだけハイレベルな試合をしていても、見ている側が飽きてきてしまうんですよね。

選手一人ひとりにフォーカスしても、試合におけるテーマやイベントとしてのストーリーがつくりにくくて、ただ単に試合をしているだけに見られてしまう。

そこで団体戦、しかも勝ち抜き戦のイベントをつくろうと考えたんです。

小松:

団体の勝ち抜き戦にすると何が変わるのでしょうか?

桜庭:

まず、団体戦にすることで一つひとつの試合にチームの勝敗に関わるという意味が出てきますよね。

もう一つ、勝ち抜き戦でなければ、例えば5人チームでの試合なら3-0になるとそこで勝敗が決まってしまいますが、勝ち抜き戦だと最後まで結果が分からない。

このほうが絶対に面白いと思って、QUINTETは団体勝ち抜き戦にしたんです。

東:

体重無差別級でありながら、チームの総体重が決められているのも面白いですよね。様々な戦略が立てられそうですし。

あとは高専柔道のように、通常の試合であれば盛り上がりづらい引き分けが重要になるところも興味深いです。※QUINTETのルール

小松:

確かに、団体戦の醍醐味も生まれますね。

桜庭:

でも5試合連続で引き分けの時なんかはつまらないですよ。この間あったんですが、マジかよ〜って思いました(苦笑)

お客さんあってのイベントなので、毎回大会が終わるたびにレフェリーと「あそこはもう少し早めに注意したほうが良かったんじゃないか」とか色々と話し合っています。

小松:

レフェリーによる注意や指導の有無で試合の流れは全く変わりますものね。
やる側ではなく、見る側の面白さを追求した改革だったのですね。

ジャンルを背負う

東:

桜庭さんはPRIDEを始め様々な団体のメインイベンターとして、団体はもちろん日本で芽吹きつつあった“総合格闘技”というジャンルそのものを背負って来られたわけですが、当時の経験や感じていたことが活かされているということでしょうか。

桜庭:

それもありますね。自分からはアタックせずに相手の周りをぐるぐる回って、相手が仕掛けてきたところでカウンターを狙うような戦い方では、勝つための戦術としては正しくても、見ている人はつまらないだろうなと感じていましたし。

東:

なるほど…。総合格闘技は競技特性としてどうしても膠着が多くなってしまう部分があるように思います。

リスクを犯さずに勝利することを最優先に求めれば求めるほど試合がつまらなくなってしまうような。

日本の総合格闘技の黎明期は勝負論はあったにせよ、一部を除いて試合内容にエンターテイメント性に欠けることが多かったので、観客もお金もなかなか集まらないという課題があったところに、面白い試合をして勝利する桜庭さんというスターが現れた。

そして、2000年に開催されたPRIDEGP2000でホイス・グレイシーとの90分間にわたる死闘を制したことで社会現象を巻き起こし、一気にPRIDEと総合格闘技はメジャーになりました。

小松:

あの試合で、格闘技ファンのみならず世間一般に広く桜庭さんが知られることになりましたよね。人生が大きく変わった瞬間ですね。

東:

人生が変わったという意味では、あの試合以降、桜庭さんは勝つこと以外にも多くを求められるようになったのではないでしょうか。

試合の合間にはメディア出演によってイベント全体を盛り上げ、試合では世界の強豪と面白い試合をして、勝利すること。

些細なことでいえば入場時のマスク着用にいたるまで、桜庭さんの一挙手一投足について見る側の期待値が大きくなりすぎていたように感じます。

今振り返ると本当に大変な格闘家人生を選んでしまったのでないかと思うのですが…。

桜庭:

まあそうですね。自分でやると言ったので仕方がないんですが(苦笑)

小松:

ご自身で選ばれたということ以外に、時代に選ばれたまさにスーパースターだったのだと思います。

この激動の時代を過ごされている中で、ご自身と観客にとって面白いものを構築して、観客を楽しませなければならないというお考えになられて、その想いが“QUINTET”には活かされていると。

桜庭:

プロレスでも格闘技でもお客さんが盛り上がらなかったら、次は観に来てもらえないじゃないですか。

東:

勝敗を競うことが最優先される“競技会”ではなく、あくまでお客様に楽しんでいただくための“興行”ということなんですね。

ご自身で自らの関わってきた競技を改革しながら現役も続けていらっしゃる。これまでにはないタイプの格闘家ですよね。

小松:

まさにジャンルを創り上げたパイオニアだと思います。

恐れず、迷わず、前へ

東:

桜庭さんのファイトスタイルはお互いに先に動いたら負けのような場面でも、勇気を持って一歩踏み出して打撃を入れたり関節技を狙っていくスタイルに見えます。

今回のインタビューはアスリートのキャリアをテーマにしているのですが、アスリートでもそれ以外の方々でも、人生において、失敗を恐れるが故に一歩踏み出すことが出来ず、現状を打破出来ずに悩んでいる人がたくさんいらっしゃいます。

実際に踏み出してきた桜庭さんからメッセージをいただけないでしょうか。

桜庭:

そうですね。あくまで試合に関してはですけど、やるには前に出るしかないんですよね。

そりゃ、カウンターを食らってやられることもあるかもしれないけど、そこはいかないと前に進めないんで。

あんまりやられることを考えないほうがいいんじゃないですかね。迷ってるんだったら、何かやったほうがいいとは思います。

小松:

失敗を恐れていては前に進めない。
幾度となく踏み出してきた桜庭さんがおっしゃるからこそ説得力があります。

東:

ホイス・グレイシーを始めとするグレイシー一族やヴァンダレイ・シウバら名だたる世界の強豪選手と名勝負を繰り広げ、輝かしい伝説をつくってこられた桜庭さんですが、華やかな活躍の裏には大変なご苦労もあったかと思います。

満身創痍の日々

小松:

桜庭さんは格闘技のイベントを強さを競うための「競技会」ではなく、観客の皆様に楽しんでいただくための「興行」にすることにしっかりと軸を置いていらっしゃる。

現役の選手でありながら、事業主というか、チケットを売ることを大切に考えていらしたのですね。

桜庭:

お客さんが入らないと団体が無くなっちゃうので(苦笑)

東:

当時は2ヶ月に1度のペースで大会が開催されていました。

桜庭さんが出場するかどうかでチケットの売り上げが大きく変わったのではないかと思いますが、桜庭さんは出来る限りの大会に出場。

自らが出場しない大会にも足を運び、顔を出していらっしゃいました。

桜庭さんの入場曲に合わせて挨拶に出てきてくれただけで会場が大いに盛り上がり、たとえ試合をおこなわなくとも観客を満足させていたまさに大黒柱でしたが、どのようにコンディションを保っていたのでしょうか。

桜庭:

常にマッサージや鍼治療を欠かさずに、数ヶ月に一度は血液検査もしていました。あとはMRIを撮って頭も見てもらっていましたね。

小松:

大会の成功はもちろん、日本で盛り上がり始めた総合格闘技というジャンルのためにも休むわけにはいかなかったのでしょうから、大変ですよね。

東:

PRIDE23のメインイベントで、ジル・アーセンと対戦した際にはまともに歩けない状態でしたよね。

桜庭:

あの時は膝を怪我してたんですけど、どうしても出なきゃいけない状況だったので最終的にはロープを利用しました。※最終ラウンドにアームバーで一本勝ち
メルヴィン(メルヴィン・マヌーフ)との試合も膝を怪我して動けなくて、立っていることしかできなかったんです。

東:

そうだったんですね…
まともに動けない状態でリングに上がるのは怖くなかったですか?

桜庭:

あの時はあまり怖くなかったです。

ランペイジ(クイントン・ランペイジ・ジャクソン・元UFC王者)やランデルマン(ケビン・ランデルマン・元UFC王者)のほうが怖かったですね。

めちゃくちゃ速くて、1メートルぐらい跳ぶんですよ。

小松:

すごい!
でも、そこまでの大怪我をしていても「今回は休みます」とは言えないのでしょうか。

桜庭:

そうですね。もうカードが出ちゃっていますし。

自分の体調に合わせて試合があるわけじゃなくて、試合に自分の体調を合わせないといけないので。怪我をしても出るしかないんです。

東:

なるほど…他の選手は結構休んでいたと思うのですが。

桜庭:

カードが発表されているのに怪我したから休みます、というのはしたくないんですよ。せっかくチケットを買ってくれた観客はえー?!ってなるじゃないですか。

小松:

“アスリート”というよりも“エンターテイナー”に近い感覚でしょうか。自らに対しても観客に対しても“プロフェッショナル”であろうとする意識が非常に強いですね。

桜庭:

それはありますね。Uインター(UWFインターナショナル)に入ってからそう思い始めました。

たくさんお客さんが入らなきゃお金が入らないんだなというのを経験したので。

東:

プロスポーツ=ファンからお金をいただいて成り立っているスポーツなんですよね。

私は今回の東京オリンピック・パラリンピックの終了後に、生活に困るアスリートが出てくるだろうと危惧していまして。

現在、オリパラで活躍するいわゆるアマチュア・アスリートは強化費という名目で国から莫大なお金や、競技に集中するための環境を整えてもらっている状況です。

特に東京大会に向けては、大変多くのお金が国家的なイベントを盛り上げるために各競技団体や、アスリートに注ぎ込まれています。

ただ、このお金は東京大会が終わってしまえば、かなり削減されてしまうでしょう。

そうなった時に、一般の観客からいくらお金を集められるか。

勝ち負けだけにこだわって、観客を楽しませようとしないアスリートや競技はいくら強くともお金を払ってもらえず、食べていけなくなるのではないかと。

小松:

そういった意味で、桜庭さんは自らのみならず団体や競技自体の価値を高めてこられたまさに超一流の“プロフェッショナル”です。

勝ち負けを超えて

小松:

現在、桜庭さんは総合格闘技のペースを落として、プロレスをメインに活動なさっていると思うのですが、総合格闘技の世界から久しぶりにプロレスの世界に戻られてみて、どのような感想をお持ちになりましたか?

桜庭:

プロレスはプロレスの面白さがありますね。

1対1もいいですけど、特に2対2とか3対4のタッグマッチは、プロレスならではのコンビネーションやタッチワークなど展開が増えて面白くなるんですよね。

東:

プロレスは勝ち負けや強いことだけが全ての世界ではないですものね。

試合前後のストーリーや、リングを立体的に使った見栄えのよい技、マイクパフォーマンスなど含めた総合エンターテイメントだと思います。

小松:

プロレスは勝ち負けを競うのではなく、観客を喜ばせることが大切なんですね。ショーマンシップを重視しているというか。

東:

あと、だいたい幸せな気分で帰ることが出来るんですよね、プロレスは。

小松:

どういうことですか?

東:

プロレスは自らが勝利するために相手の良さを消すのではなく、お互いの良さをより輝かせるように戦うので、たとえ応援している選手が負けてしまったとしても、しっかりと見せ場があるので満足感があるというか。

桜庭:

たしかに。必殺技が出ればそれで満足してくれたりしますよね。長州力のラリアットを見られたからそれでいいんです、みたいな。

東:

そうそう、そうなんです!

勝負論とエンターテイメント性の両立を目指す

小松:

2018年に立ち上げた“QUINTET(クインテット)”は1年という短期間で、飛躍的に知名度と人気を高められていますが、今後はどのような展開をお考えなのでしょうか?

桜庭:

まだまだこれからですよ。海外でウケているので、さらに海外でやっていきたいなとは思っています。

先日ラスベガスでやったのですが、みんな面白がっていましたね。

東:

ラスベガスと言えば、世界最大の格闘技団体・UFCの本拠地ですが、桜庭さんは日本人として初めてUFCで殿堂入りしましたよね

“QUINTET”はUFCファイターのセカンドキャリアにも結びつくようにも思うのですが。

桜庭:

そうですね。打撃がない分、少し長くできるので。

小松:

チームで総体重を設定するルールも興味深いですね。
※1チーム5名で総体重430kgと定められてい

桜庭:

昔、もっと重い人とやれって言われていたんですよね。そうしたらお客さんが沸くからと。

東:

日本人は“柔よく剛を制す”など、小さい選手が大きな選手に向かっていくのが好きですものね。

当時はヘビー級のミルコ・クロコップなどとも試合なさっていましたが、今考えるとあまりに危険ですが…。

桜庭:

打撃ありでヘビー級の選手とやると一発でやられちゃいますからね(笑)でも、この間ふと思ったんですけど、階級分けをするのは格闘技だけなんですよ。

野球やバスケ、バレー、陸上、ハンドボールでは階級分けなんてないですよね。

小松:

確かに。

桜庭:

同じように格闘技を無差別級にしてしまうと、打撃ありで40kgと100kgの選手が試合をするのは危ないですし、結局ヘビー級の選手しか勝てない舞台になって、つまらないですよね。

ただ、寝技のみであれば、小さくても勝てますし、一人ひとりの体重を合わせるのではなく、チーム全体の体重を合わせれば、でかいのが出た後は小さいのを出さなきゃいけなくなったりするので面白くなるだろうと。

小松:

様々な組み合わせが生まれますし、戦略性も高まりますね!

東:

面白い試合をしてくださいと指示するのではなく、面白くなるようにルールを設定したわけですね。

桜庭:

はい。あとはポイントですね。ポイントを見ても絶対分からないので使わないようにしていますし、最後まで一本を狙ってほしいので判定勝ちも無しにしました。

小松:

オリンピックでもポイント制を難しく感じたり、判定に納得できない場合もありますものね。

東:

関節技や絞め技で一瞬で勝負が決まる緊張感もあるし、打撃がない分積極的に技を仕掛けられるので、目まぐるしく色々な展開が見られて、一つひとつの試合ではなく、団体戦としての戦略やストーリーも楽しめる。

真剣勝負でありながらエンターテイメント性もある、桜庭さんが思い描いた世界を結集した舞台ですね。

小松:

エンターテイメントの本場・ラスベガスでウケるということは格闘技の神髄なのだと思います。

やらされるのではなく、考えて楽しむ

東:

これまでの人生でたくさんの人に出会ってこられたと思うのですが、桜庭さんにとって一番大きな出会いは何だったのでしょうか?

桜庭:

悩みますが…高校のレスリングの先生ですかね。

小松:

1976年のモントリオール五輪にも出場なさった茂木優さんですね。

桜庭:

はい。高校(秋田市立秋田商業高等学校)のレスリング部のメンバーは、中学校の時から注目されていたエリートばかり。

僕は中学ではバスケットボール部でしたから期待されていなくて、最初は先生やコーチにあまり相手にされなかったのですが、そこで自分でどうすれば強くなれるのかを考えて、工夫しながら練習したのがよかったですね。

東:

なるほど。単にやらされるのではなく、自ら考えて練習なさっていたのですね。

小松:

高校時代の創意工夫の日々が、桜庭さんの独創的なファイトスタイルの源泉となったのかも知れませんね。

桜庭:

もちろん厳しい練習もやらされましたけどね。週3回の朝練に加えて、2年生になってからは月に1回、1週間の合宿がありましたし。

ただ、そういった厳しい環境で過ごしてきた経験は大きいですね。あの経験があったから怪我をして練習出来ない中でも何とか試合に出てこられたんだと思います。

東:

アスリートに共通する“あれに比べれば”という経験を持っている強みですよね。

桜庭:

そうですね。

自然体で

小松:

桜庭さんは現在株式会社39及び株式会社ラバーランドの代表取締役を務めていらっしゃいますが、ご自身のマネジメントはそちらの会社でなさっているのでしょうか?

桜庭:

はい、今は僕個人の会社みたいなものですね。

東:

桜庭さんブランドのTシャツなどアパレルも人気だと思うのですが、そちらは今後どのように展開していく予定なのでしょうか?

桜庭:

アパレル方面はおまけでやっていくつもりです。

自分が好きなものだけを置くようにしています。自分が着たくないものは着ないですし、僕が着なかったら宣伝にもならないし。

小松:

本当に自然体でいらっしゃいますね。

現在の知識や経験、ビジネスの戦略なんかを踏まえた上で、過去の自分に何か伝えられるとしたら何を伝えますか?

桜庭:

そうですね…あんまり考えたことはなかったけど、現在のテクニックを10年前に持っていきたいです。そうしたら絶対もっと強くなれると思います。

東:

寝技の技術の進化は凄まじいですものね。

桜庭:

昔、柔術が出てきたばかりの頃はみんなガードポジションを取るようになって。

ガードポジションは相手の足を超えないと技をかけられなかったのに、今では足をパスしなくても足に技をかけちゃえばいいですからね。

足技がめちゃくちゃ発展しているんですよ。

小松:

私は素人ですが、それでも寝技の攻防が格段に緻密になっていることを感じます。

地味な攻防をエンターテイメントとして楽しめるカルチャーが日本でも育ったのだなあと感動しました。

桜庭:

現在は柔術の人口が増えていることもあって、寝技でポジションがちょっと動くだけでも分かる人には分かるようです

誰もが目指す夢の舞台に

小松:

桜庭さんの今後の夢や目標についてもお聞きしてよろしいですか?

桜庭:

出来ればもう少し現役で頑張りたいなと思っています。ただ、もう今年で50歳なので練習すると疲れが取れなかったりしますが(苦笑)

東:

ファンとしては選手人生のやり残しとして、ヒクソン・グレイシーとの試合をQUINTETで見たいとも期待してしまいますが。

桜庭:

おそらくヒクソンも練習してないと思いますけどね。ただ、ヒクソンのマウントは経験してみたかったです。

東:

桜庭さんとヒクソンの寝技の攻防、世界中の格闘技ファンが泣いて喜びます!

小松:

寝技のみの格闘技ならではの対戦になりますね。

今後、QUINTETを見た子どもたちがQUINTETを目指し、そこから新たなスターが生まれてくるのも楽しみですね。

桜庭:

そうですね。QUINTETは柔道やレスリングなど様々な格闘家にとっての中間の舞台でいいと思っているんです。

総合をやるには打撃がちょっときついなと思ったらこっちに来ればいいし、打撃格闘技の選手がここで関節技を覚えて総合格闘技に挑戦してもいいし。

小松:

どこへでもつながる場所になっているんですね。これまではこのような様々な格闘技を繋ぐ“ハブ”のような舞台はなかったですよね。

東:

先日、こちらの企画でレスリングのシドニー五輪銀メダリストで総合格闘技にも挑戦なさった永田克彦選手に話を伺ったんですが、最後まで打撃に慣れることが出来なかったと仰っていました。

打撃に慣れることが出来なければ、レスラーが得意なタックルや組み技を活かすことが難しいですよね。

寝技の得意な選手の長所を存分に活かせる場所だと言えますね。

桜庭:

僕はアマレスをやってからプロレスに入りましたが、その時にキックや張り手を経験してから総合格闘技に入ったので、流れが少し違うと思うんですよね。

これまで組技だけでやってきて、いきなり総合をはやるのは難しいかもしれないですね。半年ぐらいは打撃を練習をしたほうがいいです。

楽しく感じるうちは続けていたい

小松:

競技を問わず今のアスリートたちはどんどん選手寿命が延びていると思うんです。

肉体を駆使する格闘技でも桜庭さんはできるまでやりたいと仰っていますが、何歳ぐらいまで現役を続けようと考えているのでしょうか。

桜庭:

年齢で線は引いていないです。

練習がまだまだ楽しいので、それが楽しくなくなったら引退だと思います。

今も新たな技を発見したり、出来ない技が出来るようになったりすると嬉しいんです。

でもまあ60代になったらさすがに出来なくなると思うんですけど(笑)

東:

桜庭さんなら達人のようになって、続けているようにも思います(笑)

桜庭:

さすがに60は無理ですよ(苦笑)
45から50歳くらいでがくんと体力が落ちますからね。

小松:

まだまだ先のお話ですが、60歳になった頃に何をしていらっしゃると思いますか?

桜庭:

僕は生きてないんじゃないですか?60歳ぐらいで死ぬ予定なんですけどね。

東:

そんなこと言わないでくださいよ。ファンは桜庭さんが入場してきてくれるだけで嬉しいんですから。

小松:

桜庭さんは今後もまだまだリングに上がってくださると期待しています。

桜庭:

はい、あと2、3回ぐらいは。

小松:

もっと見たいです!

東:

年齢別のマスターズリーグを作ってほしいですね。

桜庭:

アマチュアではカテゴリーを分けてやっていますが、確かにそれはありかもしれないですね。

女性にもおすすめ出来る安全な格闘技・柔術

東:

QUINTETのルールであればかなり安全に対戦出来ますものね。

桜庭:

そうですね。打撃があると脳みそを揺らしたりして、体がおかしくなるんですが、関節技なら痛ければタップすればいいから心配いりません。

小松:

選手によっては早めにタップする人もいますよね。

桜庭:

ミーティングでも伝えているんですが、レフェリーにも観客にもしっかりと見えるように大きくタップしてくれと言っています。

東:

以前に打撃でのノックアウトはラッキーパンチがあったり、相手の意思とは関係なく試合が終わってしまいますが、関節技や絞め技は自らの意思で降参させるから、それこそが本当の勝ちなんだとおっしゃっていましたね。

小松:

寝技の攻防は人体を深く理解したもの同士のスキルを見る面白さがありますね。

詰将棋の駆け引きのような。私も関節技とか習いたくなっちゃいます。女性でもできますか?

桜庭:

全然できます。柔術とかおすすめですよ。Tシャツじゃなくてちゃんと道着を着てやるのが面白いと思います。

柔術って帯を利用したりするので力もあまりいらないですし、今まで何度も柔術家と試合をしてきましたけど、本当に力が強いなと思った人はいませんでした。

レスラーや柔道家はめちゃくちゃ力が強いんですけどね。女性でも入り込みやすいし、実際に最近は増えていますね。

踏み出す勇気と観客を盛り上げる視点

東:

桜庭さんが次の時代をつくってほしいと思えるような、見どころのある選手はいますか?

桜庭:

あまり考えたことはなかったですが、日本人なら柔道出身の出花崇太郎君ですかね。

20代でどんどん技を身につけていってスターになってくれたらいいなと思いますね。

東:

ただ強いだけの選手ではなく、桜庭さんのように周りにつくられるのではなく、自らをプロデュースしてジャンルを超えるような本物のスターになってくれたらいいですね。

アスリートのみならずビジネスパーソンにも共通して言えることですが、商品やサービスを売る人ではなく、自分自身を売れる人にならなければ。

小松:

桜庭さんは自分自身を通じて、自らが関わるジャンルを広く知らしめ、大きなマーケットを創り出したわけですから、さらに上のレベルにいらっしゃいます。

その根底にあるのがチケットを購入してくれたお客様をいかに楽しませるかという理念に基づいていらっしゃるのが素晴らしいです。

東:

今回お話を伺っている中で、踏み出す勇気の大切さも痛感しました。格闘技って怖いじゃないですか。

パンツ一丁でリングに立って、屈強な相手に立ち向かう。もうリングに立つだけでどちらも勝ちだと思うんですよね。そんな勇気のある姿に励まされてきた方はとても多いと思います。

僕もその一人で、今回、こうして初めて桜庭さんにお会いする機会をいただけた際に、必ずお伝えしたいと思っていたことがありまして。

桜庭:

はい。

東:

僕がハンドボールの日本代表だった頃、世界選手権の直前に落選してしまい、高校生の頃からの夢がやぶれてしまった時に、桜庭さんが3度目のヴァンダレイ・シウバ戦にやぶれた後の大会のオープニング映像で桜庭さんがKOされる映像とともに映し出された“LIFE IS NOT EASY BUT LIFE IS NOT BAD”いうメッセージに救われたことがあって。

小松:

人生は簡単じゃないけれど、人生は悪くない。桜庭さんの言葉ですか?

東:

桜庭さんの言葉ではないのですが、桜庭さんの姿を見て、映像プロデューサーの佐藤大輔さんが作成したものですね。

桜庭:

佐藤映像の。

東:

はい。佐藤さんがつくるエモーショナルな煽り映像はPRIDEの大きな魅力の一つだったと思うのですが、オープニングだけでも心を掴まれていたのに、その大会で桜庭さんはケビン・ランデルマンに一本勝ちして。

桜庭:

ランデルマンはタックルを切るスピードがめちゃめちゃ早いんですよ(笑)

アメリカのレスリングエリートでパンチも強いし。これはタックル取れないなと思ったので、相手にタックルさせてから勝つ方法を考えました。

東:

何度やぶれても、勇気を持って一歩踏み出し、とても勝てないような強豪選手を相手に真っ向勝負で面白い試合をして勝つ桜庭さんの姿を見て、僕ももう一度頑張ろうと思えたんです。

本当に救われました。いつかお会い出来たら必ず御礼をお伝えしたいと思っていたので、今日は僕の夢が一つ叶いました。

小松:

東さん、よかったですね。

東:

すみません、少し感傷的になってしまいまして…。

それでは最後の質問になりますが、「格闘技」という言葉を使わないで桜庭さんの自己紹介をしていただけますか。

桜庭:

自己紹介させていただきます。秋田県出身、まだ49歳の桜庭です。
これでいいですか?(笑)

小松:

シンプルでかっこいいです(笑)

桜庭:

大学の時に、「自己紹介ではどこ出身かと何歳かを言え」と言われたんですよ。
大声で。

東:

桜庭さんのお話、すごく面白かったです。幸せな時間をありがとうございました。

小松:

まるでテレビを見ているみたいでした。

桜庭:

ありがとうございました。


編集/佐藤 愛美(ライター)

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。現在は株式会社アーシャルデザインに所属。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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