Career shift

桧野真奈美 / Hino Manami   元ボブスレー選手|現在:

元オリンピアンとしてできること 元ボブスレー日本代表・桧野真奈美(前編)

Profile

 

桧野真奈美(ひの・まなみ)
1980年北海道帯広市生まれ。小中学校時代はスピードスケート選手。高校からは陸上に取り組んでいた。スピードスケートと陸上競技人生では何度も怪我をし入院と手術を繰り返す生活を送る。19歳の時にボブスレーに出会い、アジア人の女子として初めてのオリンピック出場を果たす。2006年トリノオリンピック、2010年バンクーバーオリンピック日本代表。全日本選手権8連覇。オランダチームにも加わり競技生活を送った。現在は北海道帯広市の社会医療法人北斗北斗病院に所属。

東:
今回は、2006年のトリノ、2010年のバンクーバーと二度のオリンピックに出場した元ボブスレー日本代表の桧野真奈美さんにお話を伺います。

小松:
桧野さんはバンクーバーオリンピックを終えて現役を引退された後、日本オリンピック委員会のナショナルコーチアカデミー(2012年)と国際人養成アカデミー(2013年)を修了。2015年には東さんと同じ早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程でトップスポーツにおけるマネジメントを学び、2017年にはサンフランシスコに本部を構えるWABN(The EY Women Athletes Business Network)が実施しているメンタリングプログラムの第3期生として、世界のエリートアスリート25人のうちの1人にアジアから唯一選出されるなど様々な分野でたゆまぬ自己研鑽を続けてこられました。

東:
青年版国民栄誉賞である日本人間力大賞や、日本人間力開発協会理事長賞特別賞など輝かしい受賞歴もありますね。 

小松:
現在は故郷・帯広の「社会医療法人北斗 北斗病院」に在籍しながら、若手の育成、講演活動、スポーツ教室の開催に力を入れていらっしゃいますが、桧野さんの現在の活動を“その後のメダリスト100 キャリアシフト図”に当てはめると、現役時代からサポートを受けていた北斗病院での仕事は “B”の領域、ボブスレーの指導者としての活動は“A”、講演活動は“C”の領域ということになるでしょうか。

注1)親会社勤務とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業で一般従業員として勤務していること
注2)親会社指導者とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業の指導者を務めていること
注3)プロパフォーマーとはフィギュアスケート選手がアイスダンスパフォーマーになったり、体操選手がシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして活動していること
注4)親会社以外勤務とは自らが所属していた実業団チームを所有している企業以外で一般従業員として勤務していること

東:
元々はスピードスケートの選手としてキャリアをスタートした桧野さんですが、どのような経緯でボブスレーのオリンピアンとなり、どのように“その後”のキャリアを築いてこられたのかについて、多角的に伺っていきたいと思います。

 現役時代の繋がりが、引退後に役立っている

小松:
早速ですが、現在の桧野さんの主な活動をお教えくださいますか?

桧野:
はい、現在は全国各地での講演やアスリートに対する教育のサポート、競技団体の合宿への参加や、所属先がなく、困っている選手に所属先を探すお手伝いをするといった活動に主に携わっています。

小松:
北斗病院ではどのような業務をなさっているのでしょうか?

桧野:
総務課に所属しているのですが、いわゆる“総務”の仕事ではなく、帯広市の社会福祉協議会と連携して、これまでの経験や体験を市民の皆様に話したりする“サロン”を運営しています。サロンでは私が今までスポーツを通じて学んだ経験をお話ししたり、栄養で気をつけていた事例や、海外の生活で知った日本との違いなど紹介しています。一方的に話すだけではなく、参加している皆様の様々な心身の悩みなどをお聴きしたり、病院の先生と一緒にアドバイスをしたり、みんなで体操をしたりしています。

小松:
病院の患者さんではなく、市民の皆様に、なんですね。

桧野:
はい、北斗病院の患者さんだけではなく、市民の方々が対象です。全国各地の市町村同様、帯広市でも高齢化が進んでいますので、市全体の健康寿命を伸ばすことを狙いに活動をしています。

東:
病院としてはCSRの一環として位置づけられているのでしょうね。具体的にはどのようなことをなさっているのでしょうか?

桧野:
そうですね、病院に通わず元気で過ごせるようにすることが一番大切だと思うので、日常生活の中で膝や腰を痛めないようにするためには何に気をつければ良いのかとか、雪道で転ばないようにするためのコツとか、怪我なく健康に過ごすための方法を伝える活動をしています。

東:
病院が患者さんを増やさないようにするための活動をしているなんて、素敵ですよね!

小松:
とても素晴らしい理念をお持ちだと思います。
次に、北斗病院に所属することになったきっかけを教えてくださいますか。

桧野:
現役時代に私がお世話になっている方に鎌田一理事長をご紹介いただいたのがきっかけで、競技資金のスポンサードも含めて、所属させていただきました。現在も所属をしながらスポーツに関わる様々な活動をさせていただいています。

小松:
北海道女子大学短期大学部をご卒業後、すぐに北斗病院へ?

桧野:
いいえ、新卒の頃は何の実績もなかったですから、契約社員として帯広市役所で働かせてもらいました。

東:
初めは市役所で勤務なさっていたんですね。どのような部署で、何の仕事を?

桧野:
最初は、土木課に所属して勤務していたのですが、いただいたお給料を貯めては海外遠征に行って、戻ってきたらまた働いて遠征費用を貯めて、という生活を3年間続けました。年上の男性ばかりの職場で若い女性が珍しかったこともあり、とても可愛がっていただきました(笑)。

小松:
後に詳しく伺いますが、その間には2002年のソルトレイクシティオリンピックにボブスレー競技の日本人女子としては初めての出場が決まっていたにも関わらず、大会直前に選手団の人数調整のため白紙になったという事件もありましたね。

桧野:
はい、当時は本当に辛くてかなり落ち込みましたが、あの経験があったからこそ応援していただいている方々の存在により感謝することが出来るようになったと思います。

東:
以前、帯広に伺った際に桧野さんの後援会の皆様とご一緒させていただく機会があったのですが、財界、政界などそれぞれの分野でご活躍なさっている錚々たる方々で、桧野さんのことを心から大好きなのがひしひしと伝わりました。ああいった方々とはどうやって知り合ったのでしょうか?

桧野:
帯広市役所とその後に働いた道立十勝エコロジーパークでの経験は大きいです。出身高校の同窓会の会長が帯広市の商工会議所の会頭をされていたこともあり帯広の企業の皆様にも応援していただきました。また、今現在所属している北斗病院は帯広でも最も大きな病院の一つで、鎌田理事長はグローバルにも活躍されており、多岐にわたるご人脈をお持ちです。帯広の皆様には本当に多くの方にご縁をいただきました。

東:
なるほど。鎌田理事長には「病院の仕事をしなさい」と言われているわけではなく、今やっている活動を応援してくださっているそうですが。

桧野:
はい、おかげさまで本当にありがたい環境をいただいておりますので、この環境に甘えること無く、鎌田理事長、上司、同僚の皆さんに感謝の気持ちを忘れずに、今は自分にしか出来ないことに精一杯取り組みたいと考えています。そして、いつか恩返しがしたいです。

小松:
桧野さんは様々な角度で地元の方々と密着した活動をなさっている印象を受けますが、これもアスリートとしてのキャリアのつくりかたの一つですよね。

東:
そうですね。現役時代から競技以外の方々と関わりを持ち、競技を応援してもらう中で自分自身のファンになってもらい、引退後にも応援してもらうという桧野さんのキャリアは成功例の一つだと思います。

桧野:
まだまだ成功なんてしていませんが、恵まれた今の環境とご縁には本当に感謝しています。

小松:
ボブスレーとは、現在どのように関わっているのでしょうか?

桧野:
昨年までは現場で選手に指導をしていました。昨年2月で閉鎖になった長野のボブスレーコースへ毎年選手を連れて行っていましたが、今シーズンは長野に行っていません。
また、お金がかかると言われている冬季オリンピック種目の中でもボブスレーは特にお金のかかる競技で活動資金を捻出するのが非常に大変なので、海外遠征のためのスポンサー集めも少しお手伝いしていました。

東:
ボブスレー、国内での練習で滑走するのにもお金がかかると伺いました。

桧野:
はい、コースによって違いますが、1本滑るのに4〜6千円、場所によっては1万円くらいかかることもあります。

小松:
ソリを運ぶのにもお金がかかりますよね。

桧野:
そうですね、例えばヨーロッパでW杯に出場した後、1週間空けてアメリカで試合というスケジュールだと、ソリの運搬費用だけでも片道100万円ぐらいかかりますし、チームで動く場合には当然チーム分の渡航費なども加わってきます。

東:
桧野さんはその活動資金の大部分を一人で集めていたそうですが、一体どのようにしてそれだけ多額のお金を集められたのでしょうか?

桧野:
普通に企画書を持って営業に回ったのですが、大変でした。面と向かって「ボブスレーで五輪に出たいだなんて、お前のわがままのためにお金を出すヤツなんていない。馬鹿じゃないか?」と言われたり、目の前で企画書を破り捨てられたこともあります(笑)。

小松:
そんなひどい言葉をかけられたんですね・・・

桧野:
その頃は、自分がボブスレーをやりたいと考えることはわがままなのかな、とか、応援してもらうこと、お金を出してもらうことって一体何だろう?って、日々葛藤しながら過ごしていました。それでも、会社の同僚やこれまでに出会ってきた人たち、市民の皆様に「頑張って!」と応援していただき、沢山の方々のご協力とご支援のお陰で何とか活動資金を集めることが出来ました。

東:
合計で年間に約1500万円もの活動資金を集められたと伺っています。メディアへの露出も少なく、国際的な競技レベルも高くないボブスレーという競技にこれだけの資金を集めたのは桧野さんの“人間力”あってのことだと思います。

桧野:
いえいえ。辛いこともありましたが、本当に良い経験になりましたし、一番は周りの方々との出会いに恵まれました。ひとりでは出来なかったです。最後まで競技をすることが出来たのは、皆さんのお陰です。

小松:
現在はボブスレーだけではなく、様々なスポーツとの関わりがあるとの事ですが、どのような活動をなさっているのか教えていただけますか?

桧野:
はい、先日はウェイトリフティングのジュニア世代の選手たちにお話させていただいたのですが、JOCが実施している有望選手に対する研修会などで講師を務めたり、JFAこころのプロジェクトの夢先生として、全国の小中学生に夢をもつことの大切さを伝える活動などをしています。

小松:
オリンピックを目指す後輩たちに自らの経験を踏まえたお話をなさっているのですね。どのような内容のお話を?

桧野:
例えば、先日は目標の設定とそれを達成するための手順について話してきました。私は小さな頃からメモを取る習慣があり、現役時代から現在に至るまで目標達成のために活用していますので、その方法を伝えました。

東:
目標達成の方法、具体的な内容を教えていただけますか?

桧野:
まずは目標を設定し、それを達成するためには何が出来るようにならなければいけないか、どうすれば出来るようになるのか、そして、どのような準備をして本番を迎えるべきなのか。また、日々の練習の中で、調子がいい時はなぜ調子がいいのか、悪い時はどうして悪いのか?などについて書き留め、定期的に読み返すという方法です。
自らの考えを文字にして形に残すことは、やらなくてはいけないことを整理出来ますし、迷った時やスランプの時、落ち込んだ時やモチベーションが下がった時などに、客観的に自分を振り返り、基本に立ち戻ることが出来るようになりますから。

小松:
素晴らしいメソッドですね。このメソッドを身につけた後輩たちの活躍が楽しみです。

 競技も仕事も地元に支えられている

小松:
先程もお話に出ましたが、東さんは桧野さんの地元である帯広市を訪れた際に、桧野さんが地元の方々に愛されている姿を垣間見られたそうですね。東さんはどうして桧野さんがこれだけ多くの方々を惹きつけられるのだと思いますか?

東:
そうですね、桧野さんに初めてお会いしたのは早稲田大学大学院・平田竹男研究室の集まりだったのですが、第一印象は“純朴”でした。こんなに純朴で、アスリートとは思えないくらい穏やかな雰囲気の人が、あの厳しいカリキュラムについていけるのかと少し心配になるくらいでした(笑)。

桧野:
当時は全然ついていけていませんでした(笑)。

東:
しかしその後、ゆっくりとお話を伺っていく中で、穏やかな雰囲気の中に秘められている様々な困難を乗り越えてきたからこその“強さ”や“温かさ”に気づき、“純朴”という印象は“誠実”や“聡明”に変化していきました。いつでも明るく、常に周りを気遣いながら行動し、学び続ける姿勢を忘れずに様々な活動に取り組んでいる姿は本当に素敵だと思いますし、何か力になれることがあれば、という気持ちにさせられます。皆さん、桧野さんのそういった人間性に惹かれて、様々な面でサポートをなさっているのではないでしょうか。

桧野:
本当にたくさんの方々に様々な面でサポートしていただき、感謝しかありません。

小松:
大学院にはどういった経緯で進まれたのでしょうか?

桧野:
当時お世話になっていた方に「選手や指導者など現場を強化する方策だけを考えていても、それを実現するための資金がなければボブスレーを発展させることは出来ない。あなたはコーチングだけではなく、スポーツマネジメントを学ぶべきだ」と言われ、大学院の存在を教えていただいたんです。確かに私は選手やコーチとして競技成績をあげるための方策は学んできましたが、今後、競技を支える立場になった時に、お金を集めることはもちろん、メディアを活用するなどの競技自体を発展させるための知識を学ぶ必要があると感じ、受験することを決意しました。

東:
僕も同じ動機です。ハンドボール選手として現役生活を続けていく中で、競技成績の良し悪しに関わらず、多くの企業チームが活動を休止していく姿を目の当たりにして、“強いだけ”のチームをつくることではなく、多くの人に愛され、人とお金が集まるチームであり、競技であることが必要だと感じ、恩師である平田先生の提唱する“勝利”と“普及”と“資金”のトリプルミッションを“理念”のもとに好循環させる方策を学びたくて大学院に進みました。

小松:
早稲田大学院の平田教授のもとには、桧野さんや東さんをはじめ、様々な競技のアスリートが理想と信念をもち、それを実現させるために集まっているのですね。

東:
はい、この3月にも元プロテニスプレーヤーの伊達公子さんや元バレーボール日本代表監督の植田辰哉さんが修了なさいました。素晴らしい同窓生の方々に恥ずかしくないよう精進しなければならないといつも身が引き締まります。

小松:
それぞれに自らの関わってきた競技の現状を憂い、学び、実際に行動に移している高い意識をもった皆さんのようなアスリートが、日本のスポーツの未来を背負っていくのだと思います。

東:
さて、桧野さんのお話に戻りますが、帯広という街には桧野さんはもちろん、アスリートを応援するという文化が根付いているように感じましたが、何か理由はあるのでしょうか?

桧野:
そうですね、帯広には明治北海道十勝オーバル(帯広の森屋内スピードスケート場)というスケート競技におけるナショナルトレーニングセンターがあり、長野オリンピックのスピードスケートで金メダルを獲得した清水宏保さんを始め多くのオリンピアンを輩出しています。市民の多くはそこで小さな頃からオリンピアンの姿を見て練習してきているので、オリンピアンやオリンピックを特別な人や場所ではなく、近所の仲間が出場する大会で、みんなで応援するのが当然という意識があるのかもしれません。

小松:
まさに環境が人をつくる、ですね。

桧野:
はい、また、市民の皆様に活動を知っていただく上で、地元新聞社にも多大なご協力をいただいていました。幼い頃、私がスケート選手だった時から取りあげて下さっていた記者の方々が、ボブスレーに転向してからもたくさん記事にしてくださって。ボブスレーは海外での試合が多く、なかなか会場に応援に来ていただくことは難しいのですが、シーズンが始まる前からことあるごとに取材に来て下さったおかげで、全国的にはなかなかメディアに取りあげられない私の活動を多くの市民の方々に知っていただく機会をつくっていただいたことが、活動資金を集める上で大きな助けになりました。

東:
市民の皆様や地元メディアがこぞって“おらが街のアスリート”を応援するという文化、とても素敵ですね。北海道十勝地方が、全国でも有数の裕福な地域で、比較的娯楽が少ないということもお金のかかる冬季オリンピック種目を支援していただくうえでプラスに働いているように感じます。

小松:
ボブスレー選手を引退後、大学院でスポーツマネジメントについて学び、現在は病院に所属しながら様々な活動をされている桧野さんですが、競技人生の始まりはボブスレーではなくスピードスケートでした。次回は、度重なる怪我や日本代表選考を巡る悲劇などに苦しめられながらも、諦めずにオリンピックの舞台を目指したお話についてお聞かせいただければと思っております。

桧野:
宜しくお願いします。
(つづく)

 

編集協力/設楽幸生

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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