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河合純一 / Kawai Junnichi   元競泳選手|現在:

結局人は、一人では何もできない 元パラリンピック競泳日本代表・河合純一 (後編)

Profile

 

河合純一(かわい・じゅんいち)
1975年生まれの(43歳)の元競泳選手。バルセロナから6大会連続でパラリンピックに出場し、金メダル5個を含む計21個のメダルを獲得。日本パラリンピアンズ協会会長、スポーツ庁スポーツ審議会委員、独立行政法人日本スポーツ振興センターハイパフォーマンス戦略部開発課主任専門職、早稲田大学非常勤講師など様々な役職に従事している。2016年、IPC(国際パラリンピック委員会)パラリンピック殿堂入り。

 パラリンピアンの「お金」という現実

小松:
スイマーとしてトップポジションにいながら、大学受験をして1994年に早稲田大学教育学部に入り、教育者になるという夢も実現されました。水泳と学業、並行してやるのは大変でしたか?

河合:
僕が現役の頃には、パラ水泳のプロフェッショナル選手は日本に存在しておらず、大学を卒業したら引退するというのが普通だったんですよ。パラリンピックに出たから、その先も続けようなんて正直思っていませんでしたし、金メダルを獲ってもそれだけで食べていけるとは思っていませんでした。

小松:
そうでしたか。

東:
金メダルを獲ったこと自体が、経済的な豊かさに繋がるわけではないですもんね。

河合:
そうなんです。当時、報奨金なんてものはパラリンピックにはありませんでしたから。2008年の北京大会から、オリンピック選手の3分の1程度の報奨金が出るようになり、2018年の平昌大会からはオリンピック選手とほぼ同じ額の報奨金が支払われるようになりました。

東:
本当に最近ですね。

小松:
練習するための費用は支援してもらえたのでしょうか?

河合:
いえ、全て自己負担です。私の場合は学生でしたので、親が負担していました。年間に50~100万円程度かかっていたと思います。

小松:
教師という仕事に就いて、いかがでしたか。

河合:
はい、10歳頃からの夢だったんです。当時の担任の先生に憧れていただけなのですが(笑)、教師になってみて、先生って大変な仕事なんだと気づきました。

東:
全盲の方が中学校の先生をやるのは、日本で初めてだと伺いました。

河合:
でも僕からすると、全盲だから大変だ、というよりは、教師という仕事そのものが大変だなと思っていました。

 教育でも「効率」を考える

小松:
その後、休職されて早稲田大学の大学院に行かれますよね。

河合:
はい。中学1年生から3年生までを担任させていただく経験を経て、教師としてもっとスキルアップするために勉強しなければと感じたのが大学院に入った理由です。あと、目が見えなかったり、車椅子に乗っていたりの障害を持っている先生がもっと学校にいてもいいよなと常々考えていたので、障害をもつ教員志望者のロールモデルになるために、というのも理由の一つです。

東:
全盲の河合さんが出来るのだから、と勇気をもらった方も多かったのではないでしょうか。

河合:
また、僕の体は1つしかなく、複数の学校で同時には教えられないため、僕の考えを理解してくれる先生を育てていくことが重要だと考え、将来大学で志を同じくする教員を養成していくためにも、修士を取得しておいたほうが良いだろうと。

東:
河合さんは何の教科の先生なのでしょうか?

河合:
社会科です。

小松:
大学院ではどのような勉強を?

河合:
ざっくり言うと、世の中の方々にどうしたら障害を理解してもらえるのかについて学んでいました。

小松:
河合さんは、目的意識が明確で、ブレていません。

東:
先生の立場で直接生徒を教えるよりも、教員人生を通じて多くの生徒を教える立場である先生を育てたほうが効率がよいという考えも本質を捉えているように感じます。

河合:
はい、そうなんですが、本心を言うと、現場で子どもたちと直接ふれあっている方が楽しいんですよ(笑)。でも、僕が現場に立っているだけではダメなんだって大学院の頃には思っていました。

小松:
点字は高校に行ってから学んだんですか?

河合:
そうですね、僕は習得するのに時間がかかりました。今はテクノロジーが進化したおかげで色々と便利なツールもあり、必ずしも点字が必要なわけではありませんが、多くの視覚障害者が点字の恩恵を受けていますね。

 選挙活動で気づいた、自分がやるべきこと

小松:
現在は早稲田大学で非常勤講師として、講義をしているんですか。

河合:
はい、東さんの恩師である平田竹男先生とパラリンピックに関する授業を行っています。合計15回の講義を担当しているのですが、今年も6月と7月に授業をする予定です。オンデマンドシステムを導入し、好きな時間にインターネットで講義を聴講した後に、授業で深掘りするスタイルを取っています。

小松:
そして河合さんは、政治の世界にも過去に出馬を何度かされましたね。政治でないと変えられないことがある、という思いもお持ちですか。

河合:
そうですね。3度出馬して、全て残念な結果に終わったので、もう選挙はいいかなと思いますけどね(笑)。選挙を経験して感じたことは、政治でしか変えられないことはたくさんあるけれど、政治家になると自らのやりたい事だけではなく、より幅広い活動をしなくてはならなくなるということに気づきました。僕の「社会を変えていきたい」という思いのベースにあるのはあくまでも「スポーツを通じて」あるいは「教育を通じて」であり、それを考えると、もちろん米中問題や消費税の問題、韓国との問題について僕なりに考えていくことも大切なのかもしれませんが、それよりも自分は2020年に向けての準備や、スポーツや教育を通じて社会を改革するための活動を優先することをやっていきたいし、それこそが己の使命かなとは思っています。

東:
少々失礼な質問かもしれませんが、河合さんはパラリンピックに何度も出場し、数々のメダルを獲り、輝かしい記録を残されてきたわけですが、選挙では3度出馬し、3度とも落選という結果に終わりました。河合さんにしてみれば、大きな挫折だったのではないかと思うのですが、この経験から学ばれたことがあればお教えください。

河合:
そうですね。一人では何もできないんだな、ということを改めて実感させられましたね。選挙というのは本当に幅広い人たちに出会い、関わり合うんですね。地域の市民や自治体、企業、政治家、本当に多種多様の方々と接してきました。良くも悪くも色々な人がいる中で、偉い人に従うだけの人もいたり、貴賎問わずに信念をもって活動している人もいる。様々な人間模様を目の当たりにして、自分が後悔なく生きるためにはどうすべきなのか? 改めてそんなことを考え、学ぶいい機会にはなりました。

東:
凄まじいご経験をなさったのだろうなという事が伝わります。

 世の中の人に「目が見えなくても『できる』こと」を伝えたい

小松:
そして、2016年にはIPC(国際パラリンピック委員会)からパラリンピックの殿堂入りを果たしますね。これは日本人初です。今後はスポーツ庁の活動などでも、もっと活躍されることを期待しています。

河合:
今の仕事も似たような活動をしているんですよ。国の仕組みを作るとか、システムを変えていくという意味では、今僕がやっていることは割とそういう改革に近いんですよね。

小松:
河合さんは、バリアフリーに関する啓蒙活動もされていますが、河合さんの発言で、とても心に残ったことがありました。それは、目の見える生徒にアイマスクをつけて、目の見えない人の感覚を学ばせるという体験を否定されていたことでした。

河合:
アイマスクをして体験させることで、「できない」とか「怖さ」ばかりを植え付けてしまうと思うんですよ。もちろん、それを経験することで、目の不自由な人へのサポートを教える機会にはなると思うのですが…。でも本質ではないんじゃないかなと。だって、東さんがスカートをはいたからと言って、女性の気持ちがわかるのか? という話と同じだと思うんですよね(笑)。

東:
なるほど(笑)河合さんも親しくされている、「世界ゆるスポーツ協会」の澤田智洋代表が普及につとめている「ゾンビサッカー」はご存知ですか? ゾンビのマスクを被り、視界を塞いだ中でサッカーをプレーするブラインドサッカーをゆるく、ポップにしたスポーツなんですけれども。
(※ゾンビサッカーについてhttps://yurusports.com/sports/zombiesoccer)
先程の河合さんの質問ですが、もちろん僕が単にスカートをはいたからといって、女性の気持ちがわかるようにはならないでしょう。ただ、全てはわからなくとも、経験してみることで初めて気づくこともあるのではないかと思います。たとえば、妊娠した女性の気持ちを理解するために身体中に重りを着用するシミュレーションを経験すれば、電車の車内で妊婦を見かけた際にすっと座席を譲れるようになるのではないか、とか。そういう体験の仕方として、ゾンビサッカーは目が見えない状況とはどういうことか? という経験をエンターテインメントとして伝えているとてもいい活動だと思うんですよね。

河合:
エンターテイメントとしての視点、とても大切だと思います。目が見えないという状態に対して「怖い」、「難しい」という印象を先に抱いてしまい、視覚障害者について何も出来ない可哀想な人だ、というイメージを持たれてしまうことが問題なんですね。
先日も授業で実施したのですが、目が見えなくても、できることはたくさんあります。たとえば、5円玉と10円玉は、目をつぶっていても触り分けられますよね。靴も右と左を間違えずに履けますし、折り紙で飛行機を折るのもなんとかできそうです。こういう風に、視覚障害者が「できないこと」よりも「できること」を見せていかなければいけないと思うんです。視覚障害者のみならず、障害者の「できないこと」ばかりがフォーカスされることについて、私は問題意識を持ち、批判しているんです。

東:
障害を持っていても「できること」を経験し、それを人に伝えていく。その部分でも人っていうリソースは大切ですね。

河合:
やっぱり「人」なんですよね。たとえば有名進学校が何にお金を投資するかというと、教師なんです。いい教師を引っ張ってこられれば、いい学校になるのだというお話を聞きました。カリキュラムありきではないんですよね。

小松:
金メダリストであり、教育者である河合さんは他者よりも注目を集め、ご苦労は多いかもしれませんが、発信を続けていただきたいです。

東:
この企画は、将来のキャリアに不安を抱えているアスリートやビジネスパーソンに、世界の舞台で活躍したトップアスリートでも、それぞれに悩みや不安を抱えながら、それらを必死で解決して生きている姿を伝えることで、改めて己のキャリアを振り返り、考えてもらうためのお役に立ちたいという気持ちで始めたのですが、同時に、オリンピアンやパラリンピアンの社会的な意義を感じてもらいたいとも考えています。河合さんを始め、パラリンピアンの方々は、特にエンパワーメントする力が強いなと、この企画を通して感じています。

小松:
私もそう思います。
河合さん、最後に、競泳選手という名前を使わずにご自身の紹介をしてくださいますか。

河合:
そうですね、今は日本スポーツ振興センターの職員なんですけれど、あとはなんでしょう。組織委員会のアスリート委員とか、肩書きだけはたくさんあります(笑)。

小松:
それだけ様々なフィールドでご活躍されているということですね。今日は強化選手たちに厳しい話をしたなどの、リアルなお話も伺えてよかったです。

河合:
冒頭に少しの挨拶で大丈夫だと言われたのですが、珍しくスライドの資料まで作って臨んだのに、彼らは全然わかってないなと思って腹が立ってしまいました(笑)。

東:
河合さん、普段はニコニコしているんですけど、怒った時の顔はめちゃめちゃ怖いんですよね。きっと今日もそんな顔をしていたんだろうなと想像がつきます(笑)。

河合:
楽しくやろうと思って、しっかりとスライドを作ってきたんですけどね。全然積極性がなかったもので、つい(笑)。

東:
河合さんは、足音でどういう人かを判別出来るくらい、その場の空気から色々なことを感じ取れる人ですので、真面目に聞いているフリをしていても、実際には聞いてないことがわかってしまったのだと思います。(笑)

小松:
でも未来を担う選手たちですから、頑張って欲しいと伝えてください!

河合:
よく言っておきます。

小松:
さて、最後に改めて河合さんのキャリアを“その後のメダリスト100 キャリアシフト図”に当てはめるとすると、日本人最多である21個のメダル獲得という実績がありながらも、現役時代の競技スキルと最も関わりの深い“A”の領域ではなく、“B”の日本身体障がい者水泳連盟会長、“C”の日本パラリンピアンズ協会会長やスポーツ庁スポーツ審議会委員、独立行政法人日本スポーツ振興センターハイパフォーマンス戦略部開発課主任専門職、早稲田大学非常勤講師など様々な分野で幅広く活躍なさっていることがわかります。

注1)親会社勤務とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業で一般従業員として勤務していること
注2)親会社指導者とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業の指導者を務めていること
注3)プロパフォーマーとはフィギュアスケート選手がアイスダンスパフォーマーになったり、体操選手がシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして活動していること
注4)親会社以外勤務とは自らが所属していた実業団チームを所有している企業以外で一般従業員として勤務していること

東:
今後、東京オリパラが終了して、時間に余裕が出来れば、後進を育てるために“A”の領域で指導者を務めたり、政治家として“C”の領域での活躍、または日本における障害者に関する様々な事案における提言をしていく仕事という意味では“D”の領域でもご活躍出来るのではないでしょうか。

小松:
河合さんの、今後ますますのご活躍が楽しみです。
本日はありがとうございました。

河合:
僕もいい機会をいただきました。ありがとうございます。
(おわり)

次回は、元パラアイスホッケー・バンクーバーパラリンピック銀メダリスト・上原大祐さんです。3月18日公開!

 

編集協力/設楽幸生

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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