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永島英明 / Nagashima Hideaki   元ハンドボール日本代表キャプテン|現在:

ただ、オリンピックの舞台を目指して 元ハンドボール日本代表キャプテン・永島英明(中編)

Profile

 

1977年大阪府生まれ。此花学院高校(現・大阪偕星学園高校)でハンドボールに出会い、三年時には全国大会でベスト8に進出するなど活躍。大阪体育大学では二年&四年生時に全日本学生選手権で優勝。日本ハンドボールリーグの三陽商会に入団後、チームの休部に伴いプロ契約選手として大崎電気オーソルに移籍。攻守の要としてチームに大きく貢献。日本代表としても三度のオリンピック予選、二度の世界選手権を始め数々の国際試合で活躍。2008年北京オリンピック世界最終予選に向けてはキャプテンとしてチームをまとめた。2013年に現役を引退後、2014年に株式会社HIHを設立。西麻布の飲食店などでの三年間の修業の後、2019年1月に東京の三軒茶屋に「広島焼き とこしえ」をオープン。広島県内および東京都内で数ある広島風お好み焼きを食べ歩き、日夜研究した自慢の逸品を振る舞っている。

東:
元ハンドボール日本代表キャプテン・永島英明さんへのインタビュー、今回は中編になります。

小松:
前回は“美味しいお好み焼きとお酒を楽しみながらハンドボールが見られる”をコンセプトにした「広島焼き とこしえ」のオーナー兼店長としてのお話を中心に伺ってまいりましたが、今回は永島さんのハンドボール選手・トップアスリートとしてのご経験について聞かせていただきたいと思います。

 プロハンドボール選手になる

小松:
まずはハンドボールとの出会いについてから聞かせていただけますか?
競技を始められたのは此花学院高校(現・大阪偕星学園高校)へ入学なさった後ですよね。

永島:
はい、中学生の頃は野球をやっていて、進学時に大阪市内の野球の名門高校のスポーツ推薦を四校受験するも、全て失敗してしまって。野球はもちろんスポーツはもう諦めようと思っていたところで、ハンドボール部の顧問を務めていた北川雄士先生に声をかけられたのをきっかけに始めました。

東:
北川雄士先生、名将ですよね。その後、長身と身体能力を活かしてぐんぐんと頭角を現した永島さんは、高校三年時には激戦区・大阪を制して全国大会に出場。全国大会でもベスト8の成績を残して、名門・大阪体育大学に進みました。

小松:
大阪体育大学では二年生と四年生の時に全日本学生選手権で優勝。二十三歳以下の日本代表にも選ばれ、文字通り学生界を代表する選手となり、卒業後には日本ハンドボールリーグ(以下、JHL)に所属する三陽商会に入団。若くして日本代表候補に選ばれるなど順調にご活躍なさっていましたが、入団三年目の2001年に転機が訪れましたね。

永島:
そうですね。景気の悪化による影響で、三陽商会がハンドボール部を休部させることになったので、プロ契約選手として大崎電気オーソル(以下、大崎電気)に移籍することを決めました。

東:
ここから僕は同じチームで過ごさせていただいたのですが、永島さんや同じく三陽商会からプロ契約選手として移籍してきた岩本真典さん(JHL通算最多得点記録(1079点)を保持する名選手であり、監督としても大崎電気を何度も日本一に導いた)、中川善雄さん(元日本代表キャプテン。現在はJHL・トヨタ自動車東日本レガロッソ監督)によってチームのレベルが一気に引き上げられたのを覚えています。

小松:
永島さんたちはどのようにチームのレベルを引き上げたのでしょうか?

東:
永島さんを始め、三陽商会から移籍してきた三名のプロ選手は、競技面ではもちろん、意識の面で変革を起こしてくれました。当時の大崎電気は新旧交代の狭間で、一部リーグの最下位を争うような弱小チームだったのですが、ウォーミングアップに行うサッカーからでも徹底的に勝負にこだわるプロフェッショナルな姿勢を見せられ、僕たちにもそれを求められたことで、チームとしても個人としても一つ上のステージに引き上げてもらったように思います。

永島:
三陽商会では選手を引退した後、正社員としての立場が保証されていましたが、プロ契約選手になったからには何の保証もありませんし、結果が全ての世界ですから意識は変わりますよね。

東:
永島さん自身の意識の変化については、プロ契約選手になったこともそうですが、その頃に出会い、かつてパートナーだった山本聖子さん(元レスリング世界チャンピオン)の影響も大きかったのではないですか?

 世界を広げてくれた存在

永島:
確かに彼女の影響はとても大きかったです。競技に取り組む姿勢、考え方、努力の質と量、全てが凄まじくて、アスリートとして次元が違う存在でしたから。また、ここまでやってもオリンピックには行けないのかという厳しさも間近で感じましたし。

小松:
当時、山本聖子さんが戦っていた女子レスリング55kg級は、吉田沙保里選手や小原日登美選手など世界最高峰のレベルの選手が揃っていた最激戦区でしたからね・・・

東:
当時は山本聖子さん本人はもちろん、山本さんの周りにいらっしゃる方々との出会いや交流が永島さんを磨いたのかなと感じることがしばしばありました。決して上から言うわけではありませんが、プレーやフィジカル面はもちろん、発言の内容から立ち居振る舞いに至るまでものすごいスピードで成長していたので、驚くとともに自分も負けてはいられないと発奮しました。

永島:
その頃はハンドボールのコミュニティだけで過ごしていると自らの進歩がないと感じていたんです。一緒に食事をしていても、あの時はああだったとか、こうしていればよかったのにとか、過去の話題になることが多くて。反省するのはもちろん大切だと思いますが、そうではなくて、単に過去を振り返って思い出話をしたり、愚痴をこぼしている時間は勿体無いし、楽しくないなと。

小松:
もっと未来志向で、前向きな話がしたいと。

永島:
そうですね。過ぎ去った時間の話よりもこれからの話をしていたほうが楽しいですし、有意義なので、可能な限りハンドボール以外の世界の人たちとコミュニケーションを図るようにしていました。選手としての立場や実績は関係なく、永島英明という一人の人間として見てくれる方々とハンドボールやスポーツの枠組みを超えて付き合えたことで、思考の幅が広がりましたし、そこでの繋がりが現在の財産にもなっています。

東:
ハンドボール“ムラ”のメンバーとだけ過ごしていれば、リスペクトもされますし、自分の知らない話題も出ないので気楽ではあるでしょうが、なかなか成長は出来ないですものね。当時は永島さんに大崎電気や日本代表のチームメイトもハンドボール“ムラ”以外のコミュニティによく誘っていただいて、そのおかげで僕も世界を広げることが出来ました。

小松:
永島さんがつくったコミュニティのおかげで、東さんやチームメイトも世界を広げられていたのですね。永島さんが山本聖子さんと一緒に過ごしていたのはいつ頃だったのでしょうか?

永島:
出会ったのは二十四、五歳で、ともにアテネオリンピックを目指していた頃ですね。
二十九歳で結婚して、三十七歳で離婚しました。

小松:
人生においては様々な出会いと別れがありますけれど、間近で素晴らしい影響を与えてくれる方と過ごせたのはとても幸せなことですよね。

永島:
素晴らしい時間を共有出来たことに感謝しています。

 ただ、オリンピックに出場するために

東:
少し角度を変えた質問をさせていただきますが、ハンドボールに取り組んで来た日々は、今振り返ってみて、自分の人生にとってどのような意味があったと思いますか?

永島:
なかなか難しい質問ですね・・・
ひとことで言えば“オリンピックへ挑戦した経験を持てた”という意味がありました。

小松:
ハンドボールに取り組んできたことで、オリンピックに挑戦出来たと。

永島:
そうですね。ただただオリンピックへ行きたいという思いでした。選ばれた人間しか見られない風景をどうしても見てみたい。僕にとってハンドボールはそのための手段でした。

東:
上手くなりたいとか勝ちたいではなく、オリンピックに出るためにハンドボールのトレーニングに取り組んでいたということですね。いつ頃からそのように考えられていたのでしょうか?

永島:
初めて日本代表の候補に選ばれた頃からですね。オリンピックに出場した経験を持つ選手やオリンピックを目指している選手たちと接している中で、こんなにも凄い選手達が必死で目指している“オリンピック”とは、どんなに素晴らしいものなのかと思い、興味を持ち始めたのがきっかけです。

小松:
その後、永島さんは、アテネ、北京、ロンドンと三度に渡りオリンピック予選に挑戦なさいましたね。

永島:
二十六歳で最初に挑戦したアテネオリンピック予選は、最大のライバルだった韓国と引き分け。得失点差で出場権を獲得することが出来ませんでした。次こそが自分の全盛期だと切り替えて臨んだ四年後の北京オリンピック予選では“中東の笛”と呼ばれるアンフェアなジャッジに苦しめられるとともに、前代未聞のオリンピック予選のやり直しとなり、大きな話題となった代々木第一体育館での韓国との大一番にも敗れてしまいました。
※北京オリンピックアジア予選についてはこちらをご確認ください。

東:
代々木第一体育館に一万人を集めた韓国戦、僕はスタンドから応援していましたが、ものすごい雰囲気でした。あの試合のコートに立てたことも大きな経験ですよね。

永島:
確かにあの試合は人生の中でも貴重な経験でした。

小松:
その後、アジア予選二位として臨んだ北京オリンピック世界最終予選では、永島さんがキャプテンを務められましたが、欧州の強豪に惜しくも敗れてしまい出場権を獲得することは出来ませんでした。次のロンドン大会に向けて、気持ちは切り替えられたのでしょうか?

永島:
正直、アテネから北京を目指そうと思った時の気持ちとは違いますよね。ロンドンオリンピックの時には三十四歳。おそらく最後のチャンスになるでしょうし、アテネから北京を目指した四年間で身体もボロボロになっていましたから。

東:
足首を中心に色々な場所に故障を抱えながらも、何とかごまかしながらプレーしていましたよね。

永島:
次第に蓄積したものが隠しきれなくなってしまい、走り方までおかしくなってしまって。心身ともに本当に厳しい状況で、モチベーションを維持出来なくなって、一年間は日本代表の活動を辞退しました。

小松:
日本代表で無くなるということは、永島さんにとってハンドボールを続ける意味を失うことにも繋がりかねないわけですよね。

永島:
そうですね。辞退している間も、次に日本代表の招集を断ったら二度と呼ばれないんじゃないかとかも考えていて。本気でロンドンを目指すのであれば、早く一歩目を踏み出さなければいけないことは理解しながらも、なかなかその一歩目を踏み出せない状況が続いて。

東:
それでも、どうしてもオリンピックを諦められなかったのですね。

永島:
最終的には考えることすらやめて、己の運命に任せてみようと思ったんです。自分の力を必要とされれば呼ばれるだろうし、そうでなければ仕方ないという気持ちでいたら、声がかかって。その時に初めて「よし、やろう!」という心境になれたんです。

小松:
色々な迷いが吹っ切れたわけですね。

永島:
もし、あの充電期間がなかったらロンドンは目指せなかったかも知れません。四年間は短いようで長いですし、予選までの間に引退する可能性もありましたから。結局、ロンドン大会の予選にはチャレンジしたのですが、三度出場権を逃してしまって。もう次は目指せないなと思って、引退を意識し始めた時に2020年に東京でオリンピックが開催されることが決まって・・・当時はどうしてこのタイミングなのかと悔しい思いをしましたよね。

東:
時代の巡り合わせではありますが、残酷ですよね。

永島:
世界選手権には二度出場したので、世界の舞台を経験することは出来ましたが、結局オリンピックには行けませんでしたし、最大の夢を叶えることは出来ませんでした。ただ、後悔の残らないように燃え尽きることは出来ましたし、オリンピックの舞台を目指して、自分との約束をやぶらずに努力を積み重ねてきた日々は自信になりました。この経験は次の夢に絶対つながると思っていますし、それこそが僕がハンドボールに取り組んできた日々の意味だと感じています。

小松:
ロンドン大会への出場が叶わず、オリンピックへの道を諦めた永島さんは、プロハンドボール選手としてのキャリアにピリオドを打つことを決意なさいます。

東:
次回、最終回となる後編では、現役引退後に永島さんがとった意外な行動から、「広島焼き とこしえ」のオーナー兼店長になるまでのお話を伺ってまいります。

永島:
宜しくお願いします。
(つづく)

次回、「“ワクワク”と“違和感”を大切に生きる」(後編)は、9月6日公開!

 

編集協力/設楽幸生

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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