Career shift

成田童夢 / Narita Doumu   元スノーボードハーフパイプ選手|現在:

人を喜ばせなきゃ、プロじゃない 元スノーボードハーフパイプ日本代表・成田童夢(前編)

Profile

 

成田童夢(なりた・どうむ)
元スノーボード選手、サブカルチャータレント。
大阪市住之江区出身。血液型AB型。2006年トリノオリンピック・スノーボードハーフパイプ日本代表。アニメ、漫画、ゲーム、アイドル等の情報発信やMC、オタ芸師を主な活動範囲としている。また、舞台やショートムービーの俳優業も務め、マルチタレントとしても手広く活動中。父はスノーボードコーチの成田隆史、妹は元スノーボード選手の今井メロ、弟はフリースタイルスキー選手・パラアスリート、平昌パラリンピック金メダリストの成田緑夢(ぐりむ)。

 はじまりは父親に連れられたスキーだった

小松:
今回、お話を伺うのはスノーボーダーの成田童夢さんです。現在はアニメ、漫画、ゲーム、アイドルなどの秋葉原カルチャーを中心に情報を発信するサブカルチャータレントとしての活動をしながら合同会社夢組のCEO、JIBA(日本痛板協会)名誉会長を務め、2018年10月には東京・浅草に「成田童夢の店 和馬’s Cafe」をオープンなさるなど多岐にわたってご活躍です。

東:
それぞれの活動については後ほど改めて伺うとして、成田さんの現在の活動を“その後のメダリスト100 キャリアシフト図”に当てはめると、夢組CEOやJIBA名誉会長、サブカルチャータレントなどスノーボードとは最も関連が少ない「C」の領域でご活躍なさっていることが分かります。

注1)親会社勤務とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業で一般従業員として勤務していること
注2)親会社指導者とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業の指導者を務めていること
注3)プロパフォーマーとはフィギュアスケート選手がアイスダンスパフォーマーになったり、体操選手がシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして活動していること
注4)親会社以外勤務とは自らが所属していた実業団チームを所有している企業以外で一般従業員として勤務していること

小松:
成田さんは2006年の冬季オリンピックに出場しました。当時はメディアの取り上げ方がすごかったですね。

成田:
はい、おかげさまでたくさんのメディアに出させていただきました。

東:
スノーボードブームの立役者になりましたよね。そんな成田さんは、お父さんの教育が熱心で、小さい頃から英才教育を受けていたんですよね。

成田:
そうですね。家族が一丸となってスポーツに取り組んでいました。
歳の近い妹が一番のライバルだったのですが、男の私と同じだけの練習をしていた妹は女子の中でずば抜けて成績が良く、私はそれが羨ましかったんですよね。だから妹より好成績を収められるよう一層練習に励みましたし、逆に妹は私の技術を盗もうとしていました。お互いに切磋琢磨して成長していましたね。

小松:
お父さんはウェイクボードやトランポリンで子どもたちの身体性を高めていったそうですね。一流アスリートになるための英才教育だったのでしょうか。

成田:
多分ですが、父親は僕たち兄妹をトップアスリートに育てる気は最初はなかったと思います。では何がきっかけだったのかという話ですが、そもそも私はスキーからはじめたんです。モーグルスキーをやっていました。

東:
そうなんですか、スノーボードの前にはモーグルを。

成田:
父親は趣味でスキーをやっていまして、当時父親が経営していた会社の部下と私をよく雪山に連れて行ってくれました。最初はみんなで行っていたのですが、結局最後まで父親と同行していたのは私だけになっていました。

小松:
それはどうしてですか?

成田:
やらせる事が無理難題だったんですよ(笑)

東:
どういう要求をなさっていたんですか?

成田:
子どもの頃の話なので詳しくは覚えていないんですけど、すごく急斜面のコースで「ここを直滑降で降りてみろ」みたいなことを部下に言うんです。当時の部下の方たちは血の気が多くてみんな挑戦するんですけど、必ずどこかしらを骨折してしまって…。そうして最終的に残ったのが私だけになっていたんです(笑)

小松:
成田さんは、そんなお父さんの後をスキーでついて行ったんですか?

成田:
「ついて行った」というより「行くしかなかった」んですよね。当時はそれが普通だと思っていました。

 6歳でスポンサー契約

小松:
お父さんとの経験を通して、競技者としてのメンタリティーが芽生えていくのですか。

成田:
いえ、当時はあくまでもエンターテインメント感覚でした。

小松:
競技ではなくエンターテイメント。もしかしてオリンピックもそうでしたか?

成田:
はい、オリンピックも私にとってはエンターテインメントでした。

小松:
その感覚って、成田さんの種目がエクストリームスポーツと呼ばれるスノーボードだったからでしょうか?

成田:
はい、そうかもしれません。レース系の競技だったら違ったかもしれませんね。

東:
確かに、ハーフパイプはエンターテイメント性が強いですよね。

成田:
陸上競技とかだったらもう少しアスリート感があったかと思いますが、私のやっていたスノーボードは「自分をどの様に表現するか」という部分が強いので。

小松:
誰かと競い合い、それに勝ったら表彰台に昇れる、という競争の部分には、あまり魅力を感じなかったのですか。

成田:
もちろん、勝つことを目指していました。
表彰台に昇れれば最高に嬉しいですよ。でも、自分のパフォーマンスを認められる方がもっと嬉しいですね。だから観客のみなさんを楽しませたいと常に思っていましたし、楽しませた方が勝ちだとも私は思っています。これはオリンピックに限らず、ワールドカップとか全日本選手権とかでも同じ考えでした。

東:
成田さんは、そういうプロ意識をいつから持っていたんですか?

成田:
私の場合、6歳の時にスポンサーさんについて頂いていたんですよ。

東:
6歳で!?

成田:
はい。父親はカメラマンだったんですが、カメラメーカーから機材を提供されてギャラを頂き、撮影した写真をその会社に納品するということをやっていました。だから「スポンサーがつくとは、どういうことか」ということをよくわかっていたんです。なので「お金を頂いているスポンサーのメリットを考えて動かないといけない」、「スポンサーを裏切ってはいけない」ということを幼少期から叩き込まれていました。

小松:
お父さんはそうした教育を子どもたちに。プロフェッショナルの意識を教えたんですね。

成田:
はい、そうです。それで最初にスポンサーさんに貢献できることを考えた結果、それがメディアに露出することだったんです。

東:
成田さんがメディアに出演すると必然的にメーカーさんの名前が露出しますもんね。それは自分で意識していたんですか?

成田:
いえ、父親です。「どうしてテレビに出る必要があるのか。それはスポンサーがいるからだ」という教育を徹底的に教え込まれました。

小松:
お父さんは、どうして子供たちが幼い頃からそうした考え方を教え込んだのか。そのことを聞いたことはありますか。

成田:
いいえ、ないです。それに聞いても答えないと思います。

 サービス精神の大切さ

東:
だから勝つことだけにこだわってはいないんですね。僕はハンドボールのマーケティングを担当していたことがあるのですが、なかなか費用対効果を見出してもらえず、スポンサー集めにとても苦労しました。

成田:
はい、スノーボードはサッカーや野球などのメジャースポーツに比べてマイナーですからね。

東:
たしかにそうですね。スポンサー獲得のために、具体的にはどのような活動をなさっていたんですか?

成田:
主にメディア露出をして、話題作りに専念していました。

小松:
成田さんは16歳で日本代表に選出されましたが、その時もスポンサーに対しては同じマインドでしたか。

成田:
はい、もちろんそうです。

東:
僕は現役引退後にスポーツマネジメントを学ぶため大学院に進んだのですが、そこでスポーツの価値を世の中でどう認めてもらうかを研究し、アスリート自身がその価値に気づき、行動することが本当に大切だと感じました。

小松:
アスリートでも人間です。色々なミスをしますし、人は反省し、そこからやり直すことができて当然です。しかし、トップアスリートとなり日本代表のユニフォームを着たり、オリンピックに出場したりすれば、許されないことがあるという現実を引き受けなければなりません。問題を起こせば競技生活を支えてくれる家族や仲間、企業やスポンサーの思いや好意を無にすることになる。そして、社会的な責任を問われ、経済的な基盤も失うわけですよね。アスリートだからこそ社会の厳しい目に晒される。そのことは、アスリート自身が自らの価値を認識するとともに、忘れてはならない事実だと思います。

東:
本当にそう思います。成田さんも競技を背負う、という意識があったでしょうね。

成田:
はい。スノーボードを普及させたいという気持ちが大きかったです。私が出場した2006年のトリノオリンピックから13年が経過しました。今のスノーボード人口が当時に比べてどれくらいになっているか、分かりますか?

小松:
減少していますよね。

東:
30%減、くらいですか。

成田:
実は、現時点でスノーボード人口は半分以下になっているんです。競技者を含めるともう少し多いですけどね。なぜ当時は流行っていたのかというと、これは少し自慢のように聞こえてしまうかもしれませんが、私がメディアにガンガン露出していたからというのはあると思うんです。私が現役の頃はテレビなどのメディアに出まくって、スノーボードをすごくプッシュしてました。ただオリンピックが終わって、スノーボード自体のメディア露出の機会が減っていくと伴に人気も下がっていったように感じます。

東:
確かに競技を超えて世間に伝わるスターがいなくなったのかも知れません。

成田:
2018年の平昌オリンピック、男子スノーボード・ハーフパイプで平野歩夢選手が、2014年のバンクーバーオリンピックに続いて銀メダルを獲得しました。2大会連続で日本人がメダルを獲っている状況ですが、それにも関わらず実はスノーボーダーが減っているんです。

小松:
それはなぜだと思いますか。

成田:
メディア露出が少ないからだと思います。この横乗り系のスポーツって、メディアに出ない方がかっこいい、みたいな風潮があるんです。本当はこのスポーツのためにも、どんどん露出して競技の知名度が高まっていければと思うんですけどね。

東:
ハンドボールでも宮﨑大輔選手というスターが唯一無二の存在で、競技を超えて自らの存在で世間にハンドボールを伝えた彼の功績は本当に素晴らしいと思います。みなさん、“ハンドボールの宮﨑大輔”を見に来るのではなく、“宮﨑大輔がやっているハンドボール”を見に来ていましたから。

成田:
だから、テレビに出ている頃に考えていたのは、メディアをいかに楽しませるか、だったんですよね。当時はメディアが食いつくような返答や受け答えしか考えていませんでした。ある意味、成績なんてどうでもよかったのかもしれません。

小松:
成績なんてどうでもよかったは言葉の綾でしょうが、プロとしての考えを貫いていたからの行動ですよね。メディアに出て、それでスポンサーが喜んでくれて、自らが対価を得る、という環境を、成田さんは目指していた。

成田:
おかげさまで今でもメディア露出をさせて頂いています。

 アスリートは何をするべきか?

小松:
スポンサーさんのことを第一に考えるという思考は、成田さんのお父さんの考え方、そのままですね。

成田:
はい、そうですね。皆さんはアスリートが世の中に対して何をするべきか、アスリートとして大切なことはなんだと思いますか?

東:
そうですね・・・ 現役当時の僕は、結果を残すことや、来場してくれた人に喜んでもらうこと、ブログを書いたり、試合後にサインを書いたりするぐらいしか考えられなかったですね。

小松:
トップアスリートというのは、自身の努力や研鑽も含めて種選ばれた人々なので、その身体性を見せたり、それを作り上げているメンタルを伝えたりすることではないですか?

成田:
確かに、お二人のおっしゃる通りですよね。加えて、「こういうスポーツがあるんですよ」ということを多くの人に認知してもらうために尽力することだと私は思います。
多くのアスリートは「結果を出す」って言うんですが、それは大前提なんです。その上で「記録よりも記憶」って大切だと思うんです。私の場合は「成田童夢」という存在を脳裏に焼きつけることが仕事だと思っています。

小松:
競技に集中し、良いパフォーマンスを実現すれば、選手の存在は人々の脳裏に焼き付けられるのでしょうか。

成田:
はい、確かに競技なんですけど、それよりも、競技を知ってもらうことなんです。それをするために、私はメディア露出をたくさんしていました。今だったら、Youtubeなんかもあるわけで、アスリート達はそういうのにもっと出ていってもいいと思うんです。

小松:
成田さんはそうした思いで現役の時にメディアに露出していたんですね。でも、その反動もありましたね。ビックマウスと言われたり、人気とは裏腹にバッシングも受けたり。

成田:
すごくありました。でも一番怖いのは無関心だと思っています。叩かれる=知られているってことですよね。だから、無反応とか無関心が一番怖いんですよ。知られていなければ、バッシングすらされないわけですから。

小松:
無関心はメディアや観客側の問題でもあると思います。特にオリンピックは4年に1度。競技によってはオリンピックの時だけ取り上げられて、それ以外は勝っても報道されないという現状もあります。そうしたことを実感していた成田さんは、スノーボードという競技自体に興味をもたせるためにメディアに出ていたんですね。

成田:
それをやらないと、競技が注目されなくなり、廃れてしまうと危惧したんです。

東:
叩かれる、といえば、僕も去年の夏に、ハンドボールのインターハイ大阪予選決勝で高校生が肘打ちをした事件で、高校生をかばうようなコメントをしたことによって、SNSでバッシングを受けたんですね。
これまで、友人がバッシングされた時には、気にする必要がないよ、とかアドバイスをしていたのですが、自分がその立場になってみると、やっぱり気になりますし、見なければいいのにネガティブなコメントをわざわざ確認したりして、すごく落ち込みました。当時、僕は42歳だったんですが、成田さんがバッシングを受けたのは、もっと若い頃ですよね。辛くなかったですか?

成田:
トリノオリンピックの頃なので、私が二十歳の時ですね。バッシングでちょっとふさぎ込んだ時期はありましたよ。でも、今振り返るとスノーボードという歴史の中で爪痕は残せたと思います。

東:
ものすごく深く残ってますよね、人々のイメージの中に。

成田:
今では、それでいいと思っています。

小松:
プロのスノーボーダーとして、スポンサーやお客さんが喜ぶこと第一で考える。次回は、そんな成田さんが、オリンピアンを目指すきっかけを教えていただきたいと思います。
(つづく)

 

編集協力/設楽幸生

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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