Career shift

岡田友梨 / Okada Yuri   元女子レスリング選手|現在:

“好き”と“やりたい”を突き詰める 元女子レスリング日本代表・岡田友梨(旧姓甲斐)

Profile

 

岡田友梨(おかだ・ゆり)
1984年生まれ。滋賀県出身。元レスリング日本代表。人生の20年間を格闘技(柔道・レスリング)に没頭。鍛えた肉体を美しく見せる服をつくるために選手時代から素材や着こなしを研究し、引退後起業。筋肉のボリューム対策と着痩せに特化した女性用アパレルブランド「KINGLILY(キングリリー)」を取り扱うKINGLILY株式会社の代表兼デザイナー。企画からデザイン、訴求、販売までを自社で行う。着痩せテクを得意とし、専用インスタグラムはフォロワー7万人を突破。着痩せの情報交換と交流に特化したオンラインサロンは立ち上げから1年半、毎月約150名が所属し運営中。着痩せ監修の企業オファーも個人で受けている。座右の銘は「強く、美しく」「YES I CAN」。死ぬまでの目標は、アスリートのセカンドキャリアのロールモデルの一人になることと、自分の意思や価値観で自分の生きがいややりがいを決められる大人を一人でも多く増やすこと。

東:
様々なアスリートの現役を終えた“その後の人生”に迫るインタビュー連載“表彰台の降り方。〜その後のメダリスト100〜”。今回は元女子レスリング日本代表・岡田友梨(旧姓甲斐)さんにお話を伺います。

小松:
岡田さんは2007年に開催されたワールドカップ個人48kg級や、2009年のオーストラリアオープンで優勝。同年の全日本選手権では伊調千春選手をやぶって初優勝するなど数々の国内・国際大会でご活躍なさってきたトップアスリートです。

東:
現役引退後、現在はアスリートとしての経験を活かして、筋肉のボリューム対策と着痩せに特化したアパレルブランドを展開する“KINGLILY(キングリリー)株式会社”を立ち上げ、同社の代表取締役兼デザイナーとしてご活躍なさっています。

小松:
現在の岡田さんの活動を“その後のメダリスト100キャリアシフト図”に当てはめますと、“KINGLILY”の経営者兼デザイナーということで「C」の領域でご活躍なさっているということですね。

東:
また、不定期で実施なさっている地域の小学生に向けたレスリングの体験教室の講師が「A」の領域、講演の講師が「D」の領域と、活動の柱を経営者におきながらも幅広い活動をなさっていることが分かりますね。

注1)親会社勤務とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業で一般従業員として勤務していること
注2)親会社指導者とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業の指導者を務めていること
注3)プロパフォーマーとはフィギュアスケート選手がアイスダンスパフォーマーになったり、体操選手がシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして活動していること
注4)親会社以外勤務とは自らが所属していた実業団チームを所有している企業以外で一般従業員として勤務していること

小松:
ご自身が取り組んでこられた“レスリング”とは全く異なる領域でもご活躍なさっている岡田さんの“表彰台の降り方”、どのようなお話が伺えるのか非常に楽しみです。

 好きなだけではいられない“本物”の領域

小松:
東さんと岡田さんとはご面識があるそうですが、初めてお会いしたのはいつだったのでしょうか?

東:
2018年に日本スポーツ振興センターが主催したアスリートのキャリア課題の解決に役立つ国内外情報、公的機関・民間企業の取り組み、研究成果などを一元的に集約した総合コンベンション「アスリート・キャリア・トーク・ジャパン2018」というイベントにお互い登壇者として参加した際にご挨拶させていただいたのが最初ですよね?

岡田:
そうですね。ただ、私はとても人見知りなので、その時には名刺交換出来ませんでした。私はオリンピックに出場していないことにコンプレックスがあって、他のアスリートと上手く交流出来ない部分があるんです。

小松:
いえいえ、ワールドカップを始め国際大会や、世界一のレベルを誇る国内大会でも優勝なさっていますし、素晴らしいご実績でコンプレックスを持つ必要なんて全く無いと思います!

岡田:
私の周りには吉田沙保里さんや伊調馨さんをはじめ金メダリストがゴロゴロいまして、そういう選手たちと比べると周囲の人たちの見る目も違いますし、私はオリンピックにチャレンジしたけれども負けてしまった選手なのだという思いが強くて・・・

東:
レベルは違うのですが、岡田さんのお気持ち、僕も分かる気がします。ハンドボールは男子に関しては1988年に開催されたソウル大会以降ずっとオリンピックに出場出来ておらず、僕自身についてはオリンピックはもちろん世界大会にも一度も出場した経験が無いので、オリンピアンに対しては、憧れとある種の引け目を感じる部分があります。オリンピアンになれるかどうかは、アスリートのその後の人生を分かつ分岐点の一つにはなりますよね。

小松:
応援している側とすれば全然そんな風には思わないのですが、アスリートの中ではオリンピアンであるかどうかで違いを感じる選手もいらっしゃるのかも知れませんね。

岡田:
レスリング以外の世界の方々には“すごい!”とも言われますが、私は本当にすごい人たちを一番間近に見て来たので、みなさんが思っている”すごい”と、”本物のすごい”は違うと思ってしまって、素直には受け入れることが出来なくて。

小松:
やはり、オリンピックへの思いは強かったのでしょうか?

岡田:
オリンピックへの思いというか、私はレスリングそのものが大好きで競技を続けてきたんですね。多くの選手は試合で結果を出すために練習に取り組むのだと思うのですが、私の場合はとにかくレスリングが大好きで、どんなにきつくても毎日練習出来ること自体が幸せだったんです。

東:
なるほど。試合に勝利して、オリンピックに出場するためではなく、ただただレスリングが大好きで練習をしていたのだと。

岡田:
そうなんです。ただ、レスリングそのものが好きすぎて、人よりも多く練習することが全く苦ではないので、続けていくとある程度の成績を残せるようになってきます。すると、周りは更に上の領域である“オリンピック”や“メダル”を求めるようになっていきますし、私自身も「オリンピックを目指しています」と言わざるを得ない状況になっていったんです。

小松:
確かに周りの方々としてみれば、こんなに強い選手なのだから、当然オリンピックでの活躍を目指しているのだろうと思い、期待してしまうのも仕方ないのかも知れません。

岡田:
国内大会で優勝したり国際大会でメダルを獲ることが続くと、必然的に次に目指す舞台は“オリンピック”しかないですから、そこを目指すのが当然ですし、それしか答えはないのですが、私にしてみれば、大好きなレスリングに“勝たなければいけない”、“期待に応えなくてはならない ”という要素が入ると、それらを背負ってしまい、期待の“重さ”を感じたり、試合に臨む“怖さ”を感じるようになってしまって・・・

東:
周囲の期待に応え続けるのが、トップアスリートの宿命で、結果を残せば残すほど、単に“好きなだけ”では続けられない領域に入っていくわけですが、日本のトップ=世界のトップという女子レスリングの世界ではその期待の重さや負けることに対する“怖さ”も想像を絶するものだったでしょうね。

小松:
現在でもレスリングの練習はなさっているのでしょうか?

岡田:
いえ、たまに地域の小学生に体験指導をするくらいで、全然です。

東:
本業のほうがお忙しいですものね。

 強く美しい女性のために

小松:
続いて、現在のお仕事について聞かせてください。

岡田:
アスリートなど鍛えた肉体を始め体型に悩みを持つ女性に特化した洋服ブランド「KINGLILY」を取り扱うKINGLILY株式会社を経営しています。

東:
“KINGLILY”というブランド名の由来を教えてくださいますか?

岡田:
“LILY”は英語で花の“百合(ゆり)”で、私の名前の“友梨(ゆり)”が由来です。また、女性向けブランドなのになぜ“QUEEN(クイーン・女王)”ではなく、“KING(キング・王様)”なのかとも聞かれるのですが、私は戦っている時の自分がとても男性的で、そこが美しいと思っていたので、“QUEEN”というよりも“KING”のほうがブランド名としてしっくり来るなと。“KING”を目指す女性たちのために、強く美しくなれる洋服をつくりたいという思いを込めた社名であり、ブランド名が“KINGLILY”なんです。

小松:
とても素敵な思いが込められたお名前なんですね。会社を立ち上げられたのはいつ頃なのでしょうか?

岡田:
2015年の10月に会社を立ち上げ、服を作りはじめて、販売をスタートしたのが2016年の4月です。

東:
“KINGLILY”の洋服と他の洋服では、どのような違いがあるのでしょうか?

岡田:
アスリートは二の腕や太ももがすごく太かったりしますので、一般的なスリーサイズの意味がなくて、普通の人のサイズに合わせると洋服がまったく合わないんです。

東:
わかります!私も現役時代は太ももとお尻に合わせたかなり太めのパンツを選ばざるを得なかったので、全体的にルーズなファッションしか出来ませんでしたし、気に入った洋服を着られずに残念な思いをすることも多かったです。結局ジャージが一番似合うというか、楽だという結論になってしまいますよね。

岡田:
アスリートの鍛え上げられた肉体はとても美しいものですが、通常の洋服では一番太い部分に合わせるとルーズなファッションをしなければいけないので、美しいボディラインが消えてしまうんですよね。現役時代、それが私はすごく嫌だったんです。自分のウエストのくびれだったり、ぐっと張り出た肩の筋肉とか大好きだったんですけど(笑)

小松:
鍛え上げられたアスリートの肉体にはギリシャ彫刻のような美しさがありますものね。そういったご自身の経験を踏まえて、女性アスリートの美しいボディラインを生かせるような洋服を作って販売する事業を立ち上げられたのですね。

東:
落ち着いたら、男性アスリート向けのブランドも是非立ち上げていただきたいです!

 アスリートだって、オシャレしたい!

東:
岡田さんは2011年8月に現役を引退なさったわけですが、2015年の10月にKINGLILYを立ち上げられるまでのお話を聞かせていただけますか?

岡田:
引退後、自分にしか出来ない仕事をしたいと考えて、現役時代に所属していたアイシン・エィ・ダブリュを退職し、アルバイトをしながらファッションデザインの専門学校に通いました。

小松:
レスリングとファッションデザインは全く異なる業界だと思いますが、どうして専門学校で学ぼうと考えられたのでしょうか?

岡田:
高校生の頃から洋服が大好きでずっとオシャレをしたいと思っていたのですが、一般の女性に比べると肩や腰に筋肉がモリモリ付いているので、似合うデザインやサイズがないというか、普通の洋服が着られないという悩みがずっとあって。レスリングを引退して、この先の人生で、自分が何をやりたいのかを考えた時に、女子アスリートはみんな同じような悩みを抱えているのではないかと思い「女子アスリートのためのファッションブランドを立ち上げよう!」とひらめいたんです。昔から絵を描くのが好きで模写も得意だったので、勉強すればデザイン画も描けるようになるはずだと思い、専門学校に行くことにしたんです。

東:
安定した大企業での立場を捨てて、アルバイトをしながら全く別のジャンルを一から学ぶとは、ずいぶんと思い切ったチャレンジですよね・・・周囲の方から反対されなかったのでしょうか?

岡田:
事前に相談すれば反対されると思ったので、誰にも言わずに決めました。

小松:
ものすごい勇気と意志の強さですね!
専門学校でファッションデザインについて学んだ日々はいかがでしたか?

岡田:
結果的にはあまり意味がありませんでした(笑)

東:
ええ?! 意味がなかったとは、どういうことでしょうか?

岡田:
私はなりたかったのは“ファッションデザイナー”だったのですが、私の入学した専門学校は洋服を“デザイン”するのではなく、洋服を“つくる”ための勉強をするところだったんです。私はこういう洋服をつくってくださいと指示を出す人になりたかったのですが、学校は実際につくる人になるための場所なので、当時二十七歳の私が二十歳位の子達に混ざって、ゼロから縫製の勉強をするんですが、めちゃめちゃ下手で心が折れまくってしまって(笑)全然楽しくないんですけど、基本的な知識と技術は身につける必要があると思って、渋々通っていました。

小松:
なるほど、岡田さんの目的に沿った学校ではなかったのですね。楽しいことはなかったのですか?

岡田:
デザイン画の授業はとても楽しかったです。普通、専門学校で習うデザイン画は八頭身や九頭身の細い女性が着る洋服を描くのですが、私はこういう人たちのための洋服をつくりたいわけではないので、最初はそういうデザインをやっていても全くモチベーションが上がらなくて。なので、「私は肩にも二の腕にも背中にも筋肉がムキムキついていて、お尻がボーンと出ている人でも体のラインが美しく見える服のデザインがしたい」と先生に直談判したんです。

東:
目的に沿わず、やりたくないことを我慢してやり続けるのではなく、目的に沿ったことをやるために交渉なさったわけですね。結果はいかがでしたか?

岡田:
あっさり「いいよ」と言ってくれました(笑)
その授業だけは楽しくて、課題に対して三倍くらいのデザイン画を提出していましたね(笑)

小松:
好きなこと、やりたいことに対しての努力の量がすごいですね。
デザイン画から、次はパターンをつくっていくのですよね?

岡田:
そうなのですが、パターンの授業は面白くないのでサボっていました(笑)私はデザインだけして、他の工程はプロに依頼すればいいと考えていたので。それからしばらくして、ある出来事をきっかけに学校に行くのをやめました。

東:
どんな出来事があったのでしょう?

岡田:
繊維や布について学ぶ授業があったのですが、全く興味が持てなくて。私は細かいことは専門家に聞けばいいし、自分が学校でゼロから習う必要はないと思っていて、授業中に携帯をいじっていたら、先生にメチャメチャ怒られて。「あなた失礼だからもう出て行きなさい!楽しくないならやらなくていい!」と言われたんです。

小松:
先生の立場にしてみれば、当然の反応ですよね。

岡田:
おそらく、先生は私の将来のことを考えて「ちゃんと勉強しなさい!」という意味で叱ってくれたのだと思うのですが、私はその時「確かに!楽しくないことに時間を費やして、一体何をしてるんだろう?」と気づいて、それから学校に行くのをやめたんです(笑)

東:
最高ですね(笑)やりたいことをやるために大企業を退職して、アルバイトをしながら学校に通っているはずなのに、やりたくないことを勉強していたら時間がもったいないですものね。

小松:
自らのやりたいことに正直に、好きなことには全力で取り組むことの出来る岡田さんは、この後紆余曲折を経て、自らの夢を叶えるためのブランド“KINGLILY”を立ち上げられるわけですが、少し時計の針を巻き戻して、レスリングとの出会いから現役時代のお話について伺ってまいりたいと思います。

東:
岡田さんがレスリングを通じて、どのような出会いや経験をして、現在のパーソナリティーを形成なさってきたのか。とても楽しみです!

岡田:
宜しくお願いします。

小松:
現在代表取締役兼デザイナーを務められている筋肉のボリューム対策と着痩せに特化した女性用アパレルブランドを展開する“KINGLILY(キングリリー)株式会社”のお話が中心でしたが、岡田さんとレスリングとの出会いから現役時代のお話を伺ってまいります。

 人生が変わった、二人との出会い

東:
岡田さんがレスリングを始めたのは高校生からだそうですが、きっかけは何だったのでしょうか?

岡田:
元々は柔道をやっていたんです。小学一年生の頃に警察官の父親の影響で始めて、とにかく大好きだったので猛烈な量の練習をしていたら、中学一年で初めて全国大会に出場。最終的には全国で三本の指に入るくらい強くなったのですが、周りの期待がどんどん大きくなるにつれて、それを重荷に感じるようになってしまったので、中学で辞めてしまったんです。

小松:
柔道を辞めて、高校からはレスリングを始めようと考えられたのでしょうか?

岡田:
いえ、格闘技やスポーツからは離れて、普通の女の子になりたいなと思って、ギャルになりました(笑)

東:
ギャルですか?! それはまた極端に生活が変わりましたね(笑)

岡田:
それまでは柔道ばかりやっていたので、その反動からか、丈の短いスカートに髪を染めて、毎日友達とカラオケをして遊び回っていました。

小松:
楽しかったですか?

岡田:
最初は楽しかったんですけど、一週間で飽きちゃいましたね(笑)
柔道は練習で積み重ねたことが結果として出ますが、ギャルをやっていても何も残らないし、つまらないなと思ってしまったんです。

東:
確かにギャルとしての生活は“楽しいだけ”なのかも知れませんね。

小松:
それで、改めて柔道に戻ろうと?

岡田:
高校に柔道部はあったのですが、そんなに強くはなかったので、柔道をやるのであればここではないなと思っていたある日、入学前から監督に誘われてはいたものの、話半分に聞いていたレスリングをちょっとやってみようかなと思って。同じ格闘技だし、何も目指すものがなく高校生活を送るのも嫌だなと思って、練習に参加するようになったんです。

東:
元々柔道を続けるつもりでは無かったわけですから、特に強豪校でもないですものね。そこでレスリングにのめり込んだのですか?

岡田:
最初は柔道ほどハマりませんでした。女子が少ない工業高校だったこともあり、女子のレスリング部員は私一人。毎日男子と練習していたのですが、初心者ばかりだったので今ひとつ燃えることが出来なくて。男子と女子とはいえ、私は小学一年から中学三年まで九年間の柔道経験があって、実力も全国トップクラスでしたので体力的にも勝っていますし、組み負けないですからポイントも取れて、競技としては面白いなと思いましたが、正直、暇つぶし程度にしか考えていませんでした。そんなある日、監督からちょっと至学館大学(旧・中京女子大学)へ練習に行って来いと言われまして。

東:
至学館大学!元レスリング全日本女子ヘッドコーチの栄和人さんが監督を務め、吉田沙保里選手や伊調馨選手を始め世界一の選手がズラリと揃った至学館大学へですか?
いくら柔道の実績があるとは言え、特に強豪というわけでもない高校の、レスリング初心者の一年生部員である岡田さんがどうして至学館大学の練習に参加させてもらえることになったのでしょうか?

岡田:
レスリング部の顧問の先生がたまたま栄監督の先輩で「女子の指導法がわからないので、ちょっと面倒を見てもらえないか?」と頼んでくれたんです。それが栄監督との出会いでした。

小松:
あまりに運命的な出会いに、ぞくぞくしてしまいます。

岡田:
私が高校一年生の時に週休二日制が導入されたこともあって、それから土日は至学館高校(旧・中京女子大学付属高校)へ出稽古をさせていただけることになり、練習に明け暮れる日々を過ごすことになるのですが、そこで、私の人生に大きな影響を与えることになる選手と出会ったんです。

 世界最強の“強さ”と“弱さ”

東:
岡田さんの人生に大きな影響を与えることになった選手とは、どなたなのでしょうか?

岡田:
小原日登美(旧姓・坂本)先輩です。

小松:
2012年ロンドンオリンピック女子レスリング48kg級の金メダリストで、数々の国際大会でも優勝なさっている女子レスリング界のレジェンドですね。

岡田:
はい、私が出会った1999年は、日登美先輩が高校三年生にして全日本女子学生選手権51kg級と全日本選手権で優勝。翌2000年にはアジア選手権と世界選手権で優勝して、2001年には世界選手権で連覇を達成するまさに全盛期の頃で、その存在に大きな衝撃を受けました。

東:
どういった部分に衝撃を受けられたのでしょうか?

岡田:
とても同じ人間だとは思えなくて。誰にも倒せない崇高な存在というか、何といいますか、人類ではなく、ゴリラのような(笑)

東:
こらこら(笑)

岡田:
とにかく同じ人間、同じ女性でこんな人がいるんだ、ここまで人間は強くなれるんだと思って、人生観が変わったんです。実際に組んだこともあるのですが、三十秒、いや、十秒と立っていられなくて。戦って、生きて帰れたことが不思議なくらいに強いんです。

小松:
世界の頂点に実際に触れて、その強さに衝撃を受けたわけですね。

岡田:
その時に思ったんです。「この人を倒す最初の人間になれたら、めちゃめちゃかっこいい!」って(笑)そこから本格的にレスリングの練習にハマったんです。

東:
世界の頂点に触れ、全く歯が立たなかった時に、心が折れてしまうのではなく逆に奮い立ったわけですね。

岡田:
それからは必死で練習に取り組んでいたのですが、平日は自分の高校で練習をしているので、至学館高校の選手とはどんどん差が開いていってしまって。出稽古に行く度に至学館の選手たちが強くなっているのを実感していたので、早く至学館大学(旧・中京女子大学)に進学して、毎日強い相手と練習をしたいと考えていました。

小松:
高校時代は怪我の影響もあり、目立った成績を残せなかったにも関わらず、栄監督にレスリングに対する真摯な姿勢を評価された岡田さんは、念願叶い至学館大学へ入学なさったわけですが、その頃、目標としていた小原選手は心身のバランスを崩してしまっていたそうですね。

岡田:
はい、私を選んでくれた栄監督に恩返しをするためにも、「私が絶対、日登美先輩を倒す最初の人間になるんだ!」と思っていたのですが、私が入学した時、先輩は“うつ”になっていたんです。

小松:
小原選手が長いトンネルに入られていた時期ですね・・・
女子レスリングが初めてオリンピックの正式種目になったのは2004年のアテネ大会からですが、小原選手が主戦場としている51kg級はオリンピック種目では無く、妹である坂本真喜子選手がエントリーしている48kg級か、その上の階級である55kgで予選に出場しなければならないことが決まりました。ご両親に「姉妹が争う姿は見たくない」と言われた小原選手は55kg級にエントリーすることになるのですが、その階級には後に“霊長類最強女子”と呼ばれ、オリンピック三連覇の偉業を達成する吉田沙保里選手という大きな壁が立ちはだかっていました。

東:
55kg級は、吉田選手以外にも56kg級の世界王者である山本聖子選手もエントリーしていて、まさに世界一の超激戦区でしたよね。私は山本選手と交流があったので、当時は何とか階級を増やせないものなのかと本当にやるせない気持ちでした。

小松:
そのような中、小原選手は、2001年の世界選手権で連覇を達成した後に痛めた左膝を回復させるために選手生命をかけてメスを入れたものの、思うような結果が出ず、怪我を押して出場した2002年の全日本選手権で、吉田沙保里選手に開始わずか二十五秒でフォール負けしてしまったことで心が折れてしまい、深い“うつ”状態になってしまっていたそうですね。

岡田:
私が至学館大学に入学したのはその頃(2002年)で、日登美先輩はまだ練習には参加なさっていたのですが、ものすごく痩せてしまっていて。そんな状態でも、私は日登美先輩を選手として尊敬していましたし、人間としても大好きだったのでいつも一緒にいて、全てを学ぼうとしていました。日登美先輩は“うつ”にも関わらず、相変わらずものすごく強くて、練習でも勝ちまくるし、筋力トレーニングをすれば凄まじい重量を挙げるのですが、自分は弱いのに、周りがわざと負けてくれているのだと思いこんでしまっていて。

東:
オリンピック出場へのプレッシャーや妹や家族への思いに加えて、怪我と敗戦のショックによってものすごいマイナス思考に陥ってしまっていたのでしょうか・・・

小松:
その後、医師に“うつ病”と診断された小原選手は療養のため青森県八戸市の実家に戻ることになりましたね。

岡田:
はい。私は日登美先輩のことが大好きだったので、療養なさるために青森の実家に帰ることになった時にはレスリングのことは忘れてとにかくゆっくりと休んでほしいと伝えたのですが、先輩がいなくなってしまってからは私も心に穴が空いてしまったのか病気になってしまって、半年ぐらい実家に戻っていた時期があったんです。

東:
そんなことがあったのですね・・・どのような病気だったのでしょうか?

岡田:
きっかけは皮膚の疾患です。頭部に雑菌が入ってしまって髪が半分以上抜けてしまったのですが、外見上のコンプレックスにもなりましたし、栄監督がせっかく期待して入学させてくれたのに、一年生のうちにこんなことになってしまったのが情けなくて。授業料を支払ってくれている両親にも申し訳ないと落ち込み、悩んでいるうちにどんどん“うつ”が進んでしまって。

小松:
新たな環境での慣れない生活と、憧れであり目標であった小原選手の“うつ病”でショックを受けていたところに皮膚の疾患が重なってしまったわけですから、心が疲弊してしまったのかも知れませんね。

 オリンピックをあきらめた瞬間

小松:
実家に戻られている状態からは、どのように立ち直ったのでしょうか?

岡田:
日登美先輩が、私を“うつ”から救ってくれたんです。

東:
ご自身の“うつ病”の療養のために八戸に戻られていた小原選手に救われたとは、一体どういうことでしょうか?

岡田:
“うつ”が治りきらず、髪も生え揃わない状態ながら、このままではダメだと意を決して大学に戻ったものの、しばらくはまともに練習にも参加出来ず、心が折れそうになっていた時に、日登美先輩が妹である坂本真喜子選手の専属コーチとして大学に戻ってこられたんです。

小松:
2003年の全日本選手権で初めてやぶれた坂本真喜子選手が、オリンピックに出場するために、お姉さんである小原選手に「私一人では勝てない。また戻ってきて一緒に練習してほしい」とお願いしたことで、選手としてではなくコーチとして大学に戻られることになったそうですね。

岡田:
そうなんです。日登美先輩が戻ってきて、坂本真喜子選手のパートナーとして一緒に練習することになったのをきっかけに、少しずつ“うつ”から快復していくことが出来ました。

小松:
坂本真喜子選手のコーチに就任することは小原選手を救うことになったと伺っていましたが、岡田さんも救われていたのですね。

岡田:
私はとにかく日登美先輩と一緒にいられることが嬉しくて。その後、日登美先輩は再び現役に復帰して、55kg級で北京オリンピックを目指したのですが、またも吉田沙保里選手に敗れて引退。ただ、選手は引退なさったのですが、日本代表のコーチとして海外遠征などに帯同なさっていて、私も指導していただいていました。私は日登美先輩がコーチだった時期の成績が最も良くて、伊調千春選手をやぶって全日本選手権で優勝したのもこの頃です。

東:
岡田さんが小原さんを慕う気持ち、とても伝わります。

小松:
その後、小原選手は妹である坂本真喜子選手の引退を受けて、2009年に岡田さんと同じ48Kg級で現役に復帰なさいましたよね。

東:
いよいよレスリングに本格的に取り組んだきっかけである小原選手とロンドンオリンピックの出場権を懸け、同じ階級で争う立場になれたわけですが、どのようなお気持ちだったのでしょうか?

岡田:
日登美先輩が現役に復帰してくれたことは本当に嬉しくて、最初は「いよいよ日登美先輩と戦える!私も負けないように頑張ろう!」と興奮していたのですが、オリンピックを目指す日登美先輩の姿勢を見ていたら「オリンピックにはこの人が行くべきなのかもしれない」と思うようになってしまって。

小松:
岡田さん自身ではなく、小原選手が行くべきだと。なぜ、そのように思われたのでしょうか?

岡田:
日登美先輩は、人生でたった一つの夢である“オリンピック金メダル”に対して、言葉には出来ないくらいの苦労を味わってこられました。世界最強の立場でありながらも自らの階級がオリンピック種目になく、妹である坂本真喜子選手に譲りながら、吉田沙保里選手の壁にぶつかり、精神的にも肉体的にもボロボロになりながら、一度は故郷へ戻り、レスリングから離れたもののやっぱり諦めきれなくて、病気を乗り越えて、戻ってこられたわけです。それに比べたら、自分の人生がとても薄っぺらく感じてしまって。

東:
岡田さんの人生が薄っぺらいなんてことは決してありません。

岡田:
いえ、もちろん私も頑張ってはきましたし、絶対にロンドンオリンピックに出場してメダルを獲るんだという気持ちで練習をしていたのですが、ある日、「これだけの苦労を乗り越えてきた日登美先輩がオリンピックの金メダリストとして世間に取り上げられて欲しい」と思ってしまって。その瞬間、闘志が全く無くなってしまったんです。

小松:
小原選手を倒して自らが出場するのではなく、小原選手に金メダリストになってほしいと。

岡田:
はい。そうすると、練習をする理由が自分の中から消えてしまったんです。私は会社からお金をいただいて“仕事”としてレスリングをやっていたのですが、同じ階級のライバルに勝とうとしていない自分に拒否反応が生まれて、レスリングとは違う道を探さなくてはと考えて、引退することを決意したんです。

東:
それはいつ頃だったのでしょうか?

岡田:
2010年〜11年頃だと思います。2012年のロンドンオリンピックの最終選考まで残っていたので、周りからは「なぜ今辞めるの?」と言われましたけど。

小松:
突然の引退は、小原選手の存在が理由だったのですね・・・

岡田:
そうなんです。日登美先輩がオリンピックで活躍すれば、それまで歩んできた人生にもスポットライトが当たります。そうすれば、その生き様がきっと多くの方々に勇気を与えると思いましたし、それは日登美先輩にしか出来ないことだと思っていました。

東:
むかえたロンドンオリンピックでは、小原選手は見事に48kgで金メダルを獲得。オリンピックの前後には多くのメディアに小原選手の生き様が取り上げられることになりました。

岡田:
私は日登美先輩なら絶対に金メダルを獲れると確信していました。圧倒的なオーラを身にまとっていましたから。実際にオリンピック出場を決め、金メダルを獲得して、多くの人たちに感動と勇気を与えている姿を目の当たりにして、私も先輩のように自分にしか出来ないことを見つけて、それに人生を懸けて取り組んで、その結果として誰かに勇気を与えられるような生き方がしたいと思ったんです。

小松:
それが、岡田さんがセカンドキャリアを考えるヒントになったのですね。

東:
岡田さんのレスリング人生は、小原日登美選手という最強の存在との出会いで本格的に始まり、小原日登美選手に最高の存在になってほしいと思うことで終わりを告げたとも言えるのかも知れませんね。

小松:
岡田さんの考えるアスリートのセカンドキャリアや、現在のお仕事について更に深掘りして伺ってまいりたいと思います。

岡田:
宜しくお願い致します。

東:
小原日登美選手という世界最強の存在と過ごした現役時代、レスリング選手としての岡田さんにフォーカスしてお話を伺ってまいりましたが、アスリートのセカンドキャリアや現在のお仕事について深掘りさせていただきたいと思います。

 レスリングを仕事にする

小松:
岡田さんは、至学館大学(旧・中京女子大学)をご卒業後、実業団選手としてレスリングを続けられましたが、どちらに所属なさっていたのでしょうか?

岡田:
アイシン・エィ・ダブリュという自動車のオートマチックトランスミッションやカーナビゲーションシステムの製造で世界トップシェアの会社のレスリング部に所属していました。

東:
アイシン・エィ・ダブリュはバスケットボールをはじめ様々なスポーツに力を入れていますよね。

岡田:
そうですね。私はアイシン・エィ・ダブリュレスリング部の一期生ですが、現在でも毎年一名ずつ採用してくださっています。

小松:
現役時代はどのようなスタイルでお仕事に取り組んでいらしたのですか?

岡田:
入社時に「レスリングだけではなく、お仕事もさせてください」とお願いして、週に三日は通常の業務に従事し、それ以外の時間は寝ても覚めてもレスリングという生活を送っていました。

東:
レスリングが大好きで、凄まじい練習量をおこなう岡田さんであれば、通常の業務はおこなわず、レスリングのみに集中するスタイルを選ぶようなイメージがあるのですが、意外ですね。

岡田:
いずれレスリングを辞める日が来ますから。その時に何も出来ない人間にはなりたくなかったので、仕事もしなければいけないと考えていました。

小松:
大学を卒業した頃にはすでにセカンドキャリアを意識なさっていたのですね。

東:
とはいえ、仕事と練習を両立するのは相当きつかったのではないですか?

岡田:
想像以上にきつかったです(笑)通常の全体練習もかなり厳しいのですが、私は全体練習以外にも筋力トレーニングなどの自主的な練習をしていましたから。本当に自分でも気持ち悪いぐらい練習していました(笑)そんな生活を送りながら、仕事もしなくてはいけないと思い、業務に向き合ってはいたのですが、やっぱり心から「仕事がしたい、学びたい」と思っているわけではなく、「そうしなくてはいけない気がする」という気持ちで仕事をしていたので頑張りきることが出来なくて。

東:
慣れない仕事に取り組みながら、他の選手以上に練習していたわけですから、無理もないですよね・・・

岡田:
レスリングのほうでも怪我が続いてしまったので、悩んだ結果、今はレスリングに集中することが大切だと思って、上司に直談判に行きまして「ごめんなさい、やっぱり仕事をせずにレスリングだけやらせてください」とお願いしたんです。

小松:
まずは仕事との両立に挑戦した後、難しければきっぱりと決断して、自らにとって今、最も大切にすべきものを見極めた上で最善の環境をつくるために交渉なさったわけですね。素晴らしい判断力と行動力です。

岡田:
結果、徐々に勤務時間を減らしていただき、最終的には月に一度挨拶にいく程度で、それ以外の時間はレスリングに集中していいと言っていただけまして。

東:
そこからはレスリングに集中する日々が始まったわけですね。

小松:
実業団選手としてはどのような目標をお持ちだったのでしょうか?

岡田:
もちろん、オリンピックを目指していました。実業団選手としてレスリングをするということは、会社の看板を掲げ、お給料をいただいて、仕事としてレスリングをやっているわけですから、それに見合った結果を出さなければいけません。

東:
見合った結果とは、実業団として日本一になることではなく、オリンピックでの活躍だったのですね。

岡田:
それまではただただレスリングが大好きで、試合や練習自体を楽しんでいたのですが、お金をもらうようになったことで、会社の期待に応えなければいけないという思いが芽生えてきて。
そこからはプレッシャーとの戦いが始まりました。「負けられない。負けたら辞めなければいけない」という思いが強くなって、結果を残さなければといけないというプレッシャーを自らにかけるようになり、試合をするのが怖くなりました。

小松:
会社からそんなにプレッシャーをかけられていたのでしょうか?

岡田:
いえ、私が勝手にプレッシャーに感じてしまっていただけなんです。アイシン・エィ・ダブリュは「夢を持っていることはいいことだ。挑戦している人を応援しよう」という企業文化のある会社で、とにかく素晴らしい環境で競技に取り組ませていただきました。だからこそ恩返しをしないといけないとプレッシャーに感じてしまっていたんです。

東:
岡田さんの意識が、いただいているフィーに対して最高のアウトプットを出さなければならないという本物の“プロフェッショナル”だったからこそのプレッシャーだったのだと思います。

小松:
最高のアウトプットにこだわることは、ビジネスにおいても大切ですよね。

 洋服を売りまくる

小松:
その後、岡田さんは全日本選手権での優勝や世界選手権での表彰台など数々の輝かしい実績を残された後、自らのオリンピックへの想いを小原選手に託して、現役を引退なさいました。

東:
引退後に、自分にしか出来ないことで多くの人に勇気を与えたいとの想いで、女子アスリートのためのファッションブランドを立ち上げるべく、ファッションデザインの専門学校に入学したものの、やりたいこととのギャップを感じて退学なさったところまでは前編でお話を伺いましたが、その後、どのような経緯で現在に至られたのでしょうか?

岡田:
専門学校を辞めてから、一旦ゼロに戻って「私は何がしたいんだろう?」と考えてみたのですが、やっぱり洋服をつくりたいとの思いは変わらなくて。ただ、デザイナーとしてはもちろん、アスリートとしても全く無名な私が「アスリートのための洋服をつくりました!」と言っても、誰も買ってはくれないだろうなと。

小松:
岡田さんが無名だなんて、とんでもないです。

岡田:
いえ、私のことなんて世間の人は誰も知らないです。オリンピアンであれば、ある程度の知名度があるかもしれませんが、レスリングで世界選手権三位の選手のことは世間では全然知られていないんです。

東:
悲しいですが、それが現実ですよね。僕もハンドボールの日本代表キャプテンだったといっても、街なかで気づかれたり声をかけられたりすることはほとんどありません。

岡田:
そんな私が洋服をデザインして、つくって、売らなくてはいけない。お客様にお金を出してでも「欲しい」と思ってもらわなければいけない。そうなるために、自分は何が出来るようにならなければいけないのだろう?と考えた時に、まずは世の中の“女子アスリート”ではなく“普通の女の子”たちに、私がコーディネートした洋服を「かわいい!」と思ってもらえるようになろうと思って。それで、洋服屋さんで販売員のアルバイトを始めることにしたんです。

小松:
思い立ったら即行動なさるところが素晴らしいですね。

岡田:
多くの洋服屋さんは、その人に似合っている洋服ではなく、店側が売りたいと思っている洋服や、在庫を持ちたくない流行りものの洋服を勧めますよね。本当は似合っていないと思っているのに「とっても良くお似合いです〜」とか言いながら(笑)

東:
確かにウソつけ!と思うような場合もありますね(笑)

岡田:
私はそういう売り方ではなく、体型に少々難がある人に徹底的に「こちらの方が絶対似合いますよ。こちらの方が絶対痩せて見えますよ」とお声がけをすることで、ものすごい数のお客様についていただくことが出来たんです。

小松:
すごいですね。なかなかそういう店員さんはいらっしゃらないです。

岡田:
私は十五歳で洋服が好きになったのですが、柔道で鍛え上げた筋肉モリモリの体型だったので、着たいと思うかわいい洋服が全然着られなくて、たまに着られたとしても全部太って見えてしまうことに長い間悩んできました。そのおかげで私には自分自身の身体で十年以上、どんな素材や形の洋服を選べば痩せて見えるのかを試行錯誤してきた経験と知識があるんです。販売員をやってみて、この感覚は私ならではの“大きな強み”になるのではないかなと思いました。

東:
なるほど、“かわいい洋服を着たいアスリート”はまだ潜在的なマーケットだったのかも知れませんが、“着痩せしたい女性”というマーケットはすでにあったわけですからね。

岡田:
そうなんです。着痩せ出来る洋服をご紹介することで「あなたから買いたい」というお客様がどんどん増えて、売上が上がることで上司にも評価していただき、私が働きたいと思った色々なブランドのお店で販売員の経験を積むことが出来ました。

小松:
自らの強みを存分に活かして、大活躍なさったわけですね。

 リスクを背負い、経営者になる

東:
販売員から経営者へは、どのようにシフトしていかれたのでしょうか?

岡田:
販売員のお仕事はトータルで三年間くらいやらせていただいて、自分の経験や知識で多くのお客様や上司、仲間たちにも喜んでもらえていたので、とても楽しかったのですが、自分のやりたいこととのギャップも感じていました。

小松:
どのような点にギャップを感じられていたのでしょうか?

岡田:
とても楽しいし、幸せな仕事だけれど、私じゃなくても出来るなと。どれだけ多く売り上げたとしても、客観的に見れば三十路の単なる洋服屋さんのアルバイトですから。やりたいことをやると偉そうなことを言って学校を辞めたくせに何も成し遂げていない上に、やりたいことをやるための道も拓けていない状況にモヤモヤしていました。どうしたらいいのかわからない中、facebookとブログで自分のつくりたい洋服のデザインをアップし続けていたら、ある日、とある企業で働いているパタンナー(ファッションデザイナーのイメージしたデザイン画を元に型紙(パターン)をつくることを専門とする人)の方から「僕の知識でよければお教えしますので、一度お会いしませんか?」と連絡が来て。

東:
SNSで自らのつくりたい洋服を発信していたら、興味を持ってくれる方が現れたと。その方とは実際にお会いしたのですか?

岡田:
はい、お会いして、とても丁寧に色々と教えていただきました。お話を伺ってみると、洋服をつくるにはデザインだけではなく色々な手順が必要だということが分かりました。そこから私のデザインを型に起こしてくれるパタンナーを探していたら「過去にバトミントンとキックボクシングをやっていたので、体型の問題で好きな洋服が着られない気持ち、すごくわかります」という元アスリートのパタンナーの方から連絡があって、その方と一緒にお仕事をすることになりました。

小松:
一気に人生が加速して、いよいよ事業が現実になりそうな流れですね。

岡田:
本格的に事業を進めていくにあたっては、私一人では出来ないことも多かったのですが、夫が仕事を辞めて本格的に参画してくれることになって、ここから二人三脚で歩みを進めていくことになったんです。

東:
旦那さんとしても勇気の必要な大きな決断だったでしょうね。

岡田:
どんなに苦しい時も「絶対に出来るよ!」と励まし、応援し続けてくれた夫には、本当に助けられてきました。

小松:
素敵な旦那様ですね。

岡田:
また、私の事業は洋服をデザインして、つくって、売ることなので、会社を設立するためにはまとまった資金が必要になります。当時の私はお金を集める方法なんて知りませんでしたから、色々な方にお話を聞いて、“創業融資”という制度を活用してお金を借りることにしました。

東:
創業融資、主に「日本政策金融公庫の融資制度」と「自治体の融資制度」を利用するようですが、かなり狭き門ですよね?

岡田:
そうなんです。しかも、私はこれまでに事業をしてきた実績もなく、事業計画書さえ書いたことがありませんでした。おまけに自己資金もゼロだったんです。自己資金の金額もどのぐらい本気なのかの評価に繋がると聞いたので、親や兄に自分がやりたいことを一生懸命説明して150万円を借りて、それを元手に必死で創業計画書を書いて、融資審査を受けたところ600万円を借りることが出来たんです。それで、親族から借りた150万円と創業融資の600万円を合わせた750万円で事業を始めることになりました。

小松:
多額の借金というリスクを背負って、いよいよ経営者になられたわけですね。まずは何をなさったのでしょう?

岡田:
どんな洋服をつくるのかというのは頭にあったので、その中から厳選して十種類をつくることに決めて、出来上がってくるまでの間に、知名度をあげるべくインスタグラムを始めました。
洋服の良し悪しは文章より写真の方が伝わりますし、「うちの洋服を着れば、こういった体型の方が、こんな風に見えますよ!」という他のブランドでは出せないインパクトのある写真を見せていこうと思って。そして、いよいよ洋服が完成したのですが、大きな問題が生まれてしまいまして。

東:
順調に進んでいたように思いますが、いったいどんな問題が生まれたのですか?

岡田:
国内で少数生産、ゼロからパターンを起こした結果、一着の価格が平均一万五千円とかなり高額になってしまって。

小松:
確かに誰もが気軽に買える価格ではないかも知れませんね。

東:
岡田さんのブランドのメインターゲットである“着痩せしたい女性”は、様々な要因で体型が崩れてしまった方々だと思いますが、その中でも子育て世代の女性は洋服にそんなにお金をかけられない場合も多いでしょうし、アスリートは洋服よりも自らの筋肉を鍛えるためにお金を遣いますものね。

岡田:
すでに価値を認識していただいているブランドでもないのにこれは高すぎる。どうしようと考えた結果、納得してもらえるように三つの付加価値を打ち出していくことにしました。一つはスタイルがよく見えること、二つ目に動きやすいこと、三つ目は一枚持っていれば何通りも着回せること。この三つの付加価値が伝わるように、インスタグラムでハッシュタグをつけて、私のデザインした洋服を着る前と着た後の写真をアップし続けたんです。それで、だんだん注目してもらえるようになって、「着痩せ出来るコーディネートを教えて欲しい」という連絡が来るようになったんです。

 マーケットを創り出す

小松:
着痩せ出来るコーディネートの指導は、お仕事としてなさっていたのでしょうか?

岡田:
はい、最初はそんなに高額ではありませんでしたが、お金を支払っていただいて、直接会いに行っていました。同じ洋服でも着こなし方で全然雰囲気が変わりますので、お客様の持っている洋服を見せていただいて、それを見ながらアドバイスをしたら、本業の洋服が完成する前に口コミで広がって仕事になり始めたんです。

東:
販売員をなさっていたご経験も活きていますよね。

岡田:
そうですね。並行してコストダウンにも取り組んで、少々高いけれどこのぐらいの値段だったら絶対に欲しい!と思ってもらえるものをつくるよう心がけました。この思いが広く伝わって、欲しいと思ってくれる人が増えれば、大量生産出来るようになって利益を生み出せるようになる。その時まで頑張ろうと思っていました。

東:
洋服を着るという行為には、体を布で隠すためや寒さを防ぐためなどの目的があるのだと思いますが、“自分を変える”ことも出来ますよね。KINGLILYブランドの洋服は単に商品としてではなく“着痩せ”という変身体験をお客様に提供出来るという思いですよね。

岡田:
はい、そういった思いと実際のビフォー・アフターの写真を世の中に発信し始めたら、少々高価でも、KINGLILYの洋服を買ってくださる方が世の中にたくさんいらしたんです。

小松:
とうとう潜在的だったマーケットを創り出したんですね。現在、年商はどの位なのでしょうか?

岡田:
2018年は売上が1000万円を超えました。今年は2000万円台に乗りそうです。

東:
順調に拡大なさっているのですね。最近では、モノを購入する際の決め手になるのは“機能よりもストーリー”と言われていますが、KINGLILYは経営者である岡田さんの生き様を含め、圧倒的に説得力のあるストーリーをお持ちですから、唯一無二のブランド価値ですよね。

岡田:
ありがとうございます。

 そのままでいいんだよ

小松:
自らが現役時代に悩んできた鍛え上げた肉体に似合う洋服がないという悩みを解決する洋服をつくるという夢を叶えられたわけですが、今後についてはどのようなビジョンをお持ちなのでしょうか?

岡田:
事業を始めてみて、私のお客様は鍛え上げた肉体を持つアスリートだけではなく、様々な理由でぽっちゃりしていたり、体型が崩れてしまった全ての女性なのだと気づきました。女性にとって体型はすごくナイーブな問題で、体型にコンプレックスがある人は、時として自分という人間を否定してしまいます。実際に痩せられるのなら誰でも痩せたいと思うのですが、なかなかそうもいかないですよね。でも、それが洋服を着ることで解決出来れば、たくさんの方々が笑顔になれると思うんです。今後は自社製品だけではなく、“着痩せ”のための様々な情報を提供し続けていくこともやっていきたいと考えています。

東:
全ての女性の体型の悩みを解決するお仕事をしていきたいということですね。

岡田:
そうですね。私は今、オンラインサロンを主宰していて、150名ぐらいのメンバーがいらっしゃるのですが、そこで“最強の着痩せ軍団”をつくりたいと思っているんです(笑)

小松:
最強の着痩せ軍団!どのようなお仕事をなさるのでしょうか?

岡田:
私は体型で悩んでいる世の中の全ての女性のお役に立ちたいと思っているのですが、私のブランドの洋服を着てもらうだけではなく、お客様がお持ちの洋服の中で着痩せが出来る着こなしをコーディネートすることもしていきたいと考えていて、私以外にもこのお仕事が出来る人を育てているんです。

東:
着痩せスタイリストや、着痩せコンサルタントのようなイメージでしょうか? 

岡田:
はい、オンラインサロンのメンバーはほとんどが主婦の方々なのですが、中には縫製の得意な方もいらっしゃいますので、着痩せに特化したリメイクが出来る方を育てていくのも楽しいかなと考えています。女性の体型をとことん美しく見せるために、本当の意味で「そのままでいいんだよ」と言ってあげられるチームをつくって、チームのメンバーを世に出していくのも現在の目標です。

小松:
幸せな女性が増える素晴らしい事業だと思います。

東:
さて、それでは改めて現在の岡田さんの活動を“その後のメダリスト100キャリアシフト図”に当てはめてみますと、“KINGLILY”の経営者兼デザイナーである「C」の領域を中心に地域の小学生に向けたレスリングの体験教室の講師が「A」の領域、講演の講師が「D」の領域と、経営者を中心に活動なさっているということですね。

注1)親会社勤務とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業で一般従業員として勤務していること
注2)親会社指導者とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業の指導者を務めていること
注3)プロパフォーマーとはフィギュアスケート選手がアイスダンスパフォーマーになったり、体操選手がシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして活動していること
注4)親会社以外勤務とは自らが所属していた実業団チームを所有している企業以外で一般従業員として勤務していること

小松:
KINGLILYの洋服や理念は世界中の女性に受け入れられると思いますので、今後がますます楽しみですね。

東:
それでは、最後になりますが、レスリングという競技名を使わずに自己紹介をしていただけますか?

岡田:
人生のその時その瞬間の“自分の好き”に嘘をつかずとことん追求して、いつも今を一番楽しめる人間だと思います。

小松:
自分の好きに嘘をつかず、今を一番楽しむこと、とても素敵です!
これからも頑張ってください、応援しています。

東:
本日はありがとうございました。

岡田:
ありがとうございました。
(おわり)

次回は、元プロ野球選手・高森勇旗さんです。7月8日公開!

 

編集協力/設楽幸生

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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