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岡本依子 / Okamoto Yoriko   元テコンドー選手|現在:

誰もがかけがえのない存在であることを知る シドニーオリンピック・テコンドー銅メダリスト 岡本依子(後編)

Profile

 

岡本依子(おかもと・よりこ)
1971年大阪府門真市生まれ。テコンドー元日本代表。シドニー、アテネ、北京と三大会連続でオリンピックに出場。2000年シドニーオリンピック銅メダリスト。世界テコンドー連盟公認四段。日本テコンドー界のパイオニア的存在であり、1993年テコンドー全日本選手権での初出場・初優勝以来、2009年の引退まで国内大会では無敗。現在は全日本テコンドー協会副会長を務めながら大阪で“ドリームテコンドースクール”の代表とNPO法人アスリートヘルスマネージメントの理事長を務めるなど様々な活動に従事。2006年キリスト教(プロテスタント)に入信し、現在、牧師としても活動している。

東:
テコンドー・シドニーオリンピック銅メダリストである岡本依子さんへのインタビューもいよいよ後編となります。

小松:
最終回となる今回は、競技団体の軋轢や対立の影響で人生最大の苦境に追い込まれながらも、見事に出場権を獲得なさったシドニーオリンピックでのご活躍からお話を伺ってまいります。

 日本人初のテコンドー・オリンピックメダリストに

東:
1993年の全日本テコンドー選手権大会に初出場して初優勝を飾った後、1994年のアジア選手権で銀メダルを獲得したことを皮切りに数々の国際大会で活躍。1999年 に開催されたアジア予選を通過し、テコンドーが初めてオリンピックの正式種目となったシドニー大会への出場を決めたわけですが、やっと掴んだ夢の舞台での試合はさぞかし緊張なさったのではないですか?

岡本:
全然です(笑)注目もされていなかったですし、オリンピックでの銅メダルがすごいこととは、知らなかったので。オープン大会も世界選手権も「試合は試合」と思っていたので、オリンピックも1つの海外での試合として捉えていました。ですので、オリンピックだからといって特別に緊張することはなかったですし、いつもの試合のように、しっかり食事を摂って、十分な睡眠をして、十分なコンディションで試合に臨みました。

小松:
たった一人、公園で先が見えない中で練習なさっていた頃を考えれば、どんな試合でも出場出来ること自体が幸せなことだと考えられていたのですね。

東:
平常心で試合に臨んだ岡本さんは見事に銅メダルを獲得。テコンドーで日本人初となるオリンピックメダリストとなり、日本中にテコンドーという競技を知らしめる立役者となりました。
これまでの苦労が報われたわけですが、どのような思いだったのでしょうか?

岡本:
そうですね、個人の喜びというよりも、これまでに私のことを応援してくださった方々への感謝の気持ちとして“メダル”という形のあるものを残せたことは素直に嬉しかったですが、あくまで目標は世界一でしたので、金メダルを獲得出来なかったという悔しさもありました。

小松:
シドニーオリンピックでの銅メダル獲得は、岡本さんを破門なさった先生にも喜んでいただけたそうですね。

岡本:
メダルを獲って、ちゃんと謝って、お世話になったお礼を言おうと、神奈川の道場まで行ったら、お伺いする時間に地元の新聞記者さんに声をかけてらっしゃって、ちゃんと謝る暇もなかったくらい、歓迎していただきました。もう亡くなられましたが、先生のことは、ほんとに、今でも、感謝しています。

東:
心残りというか、わだかまりが一つ消えたわけですね。

岡本:
私を応援し、喜んでくれている先生の姿を見て、本当にこんな日が来たのだなと。「許されるわけがない」と思うことにエネルギーを取られるよりも「きっと、先生に、恩返しができる」と思って頑張ったので、嬉しいし、不思議な気持ちでした。

小松:
一時は自分が勝利しても誰にも喜んでもらえないと思いこんでいたわけですものね。

岡本:
それまで、先生には二度と普通にお会い出来ないかも知れないと思っていましたから、会って、喜んでもらえたことは本当に嬉しくて、その後の励みになりました。もし、あの時に道場の仲間との関係が悪くなることを恐れて全日本選手権への出場を取りやめていたら、その後の私はどうなっていたか・・・
競技者としては、目の前の人間関係よりも自らの思いや目標を最優先に判断したことは結果的に良かったなと思います。ただ、一方で、先生の道場に所属しながらでも周囲の人間関係をマネジメントして、状況を変えてみんなが納得のいく形で出場が出来るくらいの人間力があったなら、もっと成績も良かったかも知れないとも思ったりしますが、今でもできるかわからないし、自分には無理だったと思います。

東:
今、そんな風に考えることが出来るのは、シドニーオリンピックの次、アテネオリンピックを目指す過程で経験した様々な出来事の影響もあるのではないですか?

 支えられて生きている

小松:
岡本さんは2004年2月に行われたアジア予選で二位となり、アテネオリンピックへの出場権を獲得したにも関わらず、国内競技団体が全日本テコンドー協会と日本テコンドー連合に分裂していた影響で、一時は日本オリンピック委員会からアテネ大会への出場を認められないという状況に追い込まれました。

東:
結果的には、出場を嘆願する署名が10万人近く集まるなど、国内世論の後押しもあって日本オリンピック委員会の救済措置で個人資格を適用して出場することになるわけですが、目標の金メダルの獲得には至りませんでした。平常心で臨んだシドニー大会とはやはり違いがあったのでしょうか?

岡本:
オリンピック前のアジア大会にも、競技団体が認められず、出場することが出来なかったので、正直、アテネオリンピックには出場出来ないことを覚悟していたのですが、私の家族と会社を中心に応援してくれている方々が署名活動をしていることを新聞やテレビなどのメディアが大きく取り上げてくださって。一週間で10万人もの署名が集まり、当時の総理大臣である小泉純一郎さんまでが「出してあげたらいいじゃないか」と言ってくださったり、たくさんの人が働きかけてくださったおかげで特別に出場出来ることになりました。

小松:
当時、国民的な話題になったのをおぼえています。

東:
ただ、本来であればオリンピックへ向けた調整にあてられたはずの時間をメディアへの出演などに奪われてしまった影響もあって、アテネ大会は一回戦で敗退。最終的には七位という不本意な成績で終えることになってしまいましたが。

岡本:
アテネオリンピックの時には自分ではどうすることも出来ない状況に巻き込まれてしまったのですが、周りの方々にサポートしていただけたおかげで出場することが出来ました。決して満足のいく結果は残せませんでしたが、改めて応援してくれた方々への感謝の気持ちと一人の力の小ささを感じました。シドニーやアテネ大会に至るまでの経験を通じて、諦めずに夢を持ち続けることの大切さを、本来、アスリートである私が周りの人たちに伝える立場だったと思うのですが、会社や家族が代わりに一生懸命やってくれて、そのことを教えてくれたと思っています。私は出来なかったけど、みんなが応援してくれて何とか頑張れたので、今度は私が誰かのために頑張りたいな、と思います。

小松:
誰かのために頑張ること、とても尊いですね。

 神様との出会い

小松:
アテネオリンピックを終えた岡本さんは、一時は現役を引退することも考えられたとのことですが、世界一の夢を諦めることが出来ず、四年後の北京オリンピックを目指して競技を続けることを選択なさいます。そして、2006年に韓国でキリスト教(プロテスタント)への改宗をなさいましたね。改宗をなさったことでどのような変化があったのでしょうか?

岡本:
全てが大きく変わりました。キリスト教といいますか、イエス・キリストという存在に出会ったことによって、今まで自分がいかに幸せだったのかということに気づくことが出来たんです。

東:
もう少し、詳しくお教えいただけますか?

岡本:
それまでの私は、オリンピックで銅メダルを獲得出来たことが人生の中で最も幸せなことだと思っていたんです。でも、クリスチャンになってから、最も幸せだったのは私の両親のもとに生まれたことなのだと気づいたんです。

小松:
岡本さんのご両親もクリスチャンなのでしょうか?

岡本:
いえ、両親はクリスチャンではありませんが、キリスト教に出会い、神様の愛を知った時にこれまで両親から受けてきた愛に改めて気がついたんです。それまでの私は、勝っている自分にしか価値がないと思いこんでいました。周りの活躍している人たちと自分を比べて、世界一になっていない、世界一を目指していない自分には何の価値もないと思っていたのですが、私の両親にとって、私は生きているだけ、存在しているだけで価値があり尊い存在なのだとわかったんです。そして、自分が尊いように、相手の人も、尊い存在なのだとわかるようになり、人生が180度変わりました。

東:
神様の愛ですね・・・
そのような考え方に変わってから、競技に対する姿勢などにも変化があったのでしょうか?

岡本:
それまでは殺伐と練習していたんです。世界一になるために何としてでも強くならなければと思い、一切の甘えや妥協を排除していましたし、他人のことなんて考えていられないと思っていました。ペアを組む時にも自分より実力がない人と組むと全然練習にならないので断ったり。

小松:
世界の頂点を目指しているわけですから、己にも周りにも厳しくなってしまいますよね。

岡本:
でも、神様に出会ってからは困っている人や自分より実力がない人が目につきはじめたんです。それまでは自分が強くなることだけを目指し、なるべく強い選手と組むことしか考えていなかったのですが、ペアを組めなくて余っている人たちも、自分と同じ大切な存在なんだということが理解出来たんです。それまでの私は人を人とも思っていなかったのかもしれません。人間性ではなく、強いか弱いかでしかその人を見ていなかったんです。

東:
スポーツにおいて、人間性ではなく競技の実力のみで評価されてしまうケースはまま見られますが、改めるべき悪しき習慣だと思います。

岡本:
どんな人にもお父さんとお母さんがいて、試合に勝とうが負けようが、本当に可愛くて仕方ない、かけがえのない尊い存在なのだということが見えてきたんです。

小松:
お互いをかけがえのない大切な存在として尊重する考え方は、スポーツのみならずビジネスの世界でも非常に重要ですね。

東:
ブラック企業などの問題の根源にも、お互いを大切な存在として尊重していないことがあるように感じます。岡本さんはクリスチャンになることでこのような価値観を知り、それを広めるために牧師になられたわけですね。

小松:
現役引退後の2012年にはJTJ宣教神学校の牧師志願科を卒業、牧師の資格も取得なさっていますね。

岡本:
そうですね。アスリートについては、キリストに出会う前の私のように、何のために生きているのかわからないのに、結果を出さないと自分の存在価値がないと思って、しんどい思いをしている人が居ると思うので、なんとか、本当の希望である福音を伝えたいと思っています。アスリートじゃなくても、苦しい人生を生きている人はたくさん居るし、福音が本当の救いだと信じているので、その人たちにもお伝えしたいです。

 常に充実していて幸せ

東:
2008年、岡本さんは自身三度目の出場となる北京オリンピックに日本人で唯一のテコンドー選手として出場。三十六歳での出場は、北京オリンピックに参加したテコンドー選手の中で最年長でした。結果は一回戦敗退となりましたが、「金メダルを目指して16年間やってきて、結果取れませんでしたが、ここまでやらせてもらえたことに感謝しています」との言葉を残し、2009年2月8日に国内無敗のまま引退なさいました。

小松:
様々なご経験をなさってきた波乱万丈の選手生活だったと思いますが、振り返ってみていかがですか?

岡本:
競技団体の対立など様々なことに翻弄されてはきましたが、選手個人としては最後までやり切ることが出来ましたし、テコンドーと出会って多くの人に支えられてきた本当に幸せな、最高の競技人生を送ることが出来たと思っています。

東:
少し意地悪な質問になってしまうかも知れませんが、現役時代と引退後の現在とではどちらのほうが充実していますか?

岡本:
それは、生活のお話ですか?確かにお金に恵まれているわけではありませんが、お金があってもなくても、どちらにしても、私はいつでも充実していて幸せなんですよ(笑)

小松:
そのような価値観を持ち得る人生を歩んでこられたわけですものね。

岡本:
はい、どういう状況でも、私は幸せなんです(笑)

東:
本当に、岡本さんと話していると自らの器の小ささを感じてしまいます。
僕や周りの人たちのほうがやきもきしてしまいますもの(笑)

岡本:
これからも引き続き助けてください(笑)

小松:
さて、改めて現在の岡本さんの活動を“その後のメダリスト100キャリアシフト図”に当てはめてみますと、全日本テコンドー協会副会長のお仕事が「B」の領域、自らが代表を務めるドリームテコンドースクールの運営やNPO法人アスリートヘルスマネージメントの理事長のお仕事が「C」の領域、キリスト教の牧師としてのお仕事は分類が難しいのですが、「D」の領域とさせていただきます。

注1)親会社勤務とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業で一般従業員として勤務していること
注2)親会社指導者とはいわゆる企業スポーツである実業団チームで自らが所属していた企業の指導者を務めていること
注3)プロパフォーマーとはフィギュアスケート選手がアイスダンスパフォーマーになったり、体操選手がシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして活動していること
注4)親会社以外勤務とは自らが所属していた実業団チームを所有している企業以外で一般従業員として勤務していること

東:
今回のインタビューでは、改めてアスリートやスポーツにとどまらない価値観を岡本さんに教えていただいたような気がします。

小松:
どのような価値観でしょう?

東:
お互いを尊重することについてです。競技の実力や仕事の能力以外の人間がそもそも持つ価値をお互いに尊重しながら接することの大切さを改めて学んだように思います。

小松:
素晴らしい時間になりましたね。

東:
それでは最後に、テコンドーという競技名を使わないで自己紹介していただけますか?
岡本さんはどんな人でしょう?

岡本:
めっちゃフレンドリーな人です(笑)

東:
確かに(笑)

小松:
本日はありがとうございました。

岡本:
ありがとうございました。
(おわり)

 

編集協力/設楽幸生

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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