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高森勇旗 / Takamori Yuki   元プロ野球選手|現在:

言葉と行動が変われば、成果が変わる 元プロ野球選手・高森勇旗(中編)

Profile

 

高森勇旗(たかもり・ゆうき)
1988年5月18日生。富山県高岡市出身で、高校は岐阜県の中京高校に進む。2006年高校生ドラフト4位指名を受け横浜ベイスターズに入団(現横浜DeNAベイスターズ)。2008年にイースタンリーグ史上最年少サイクル安打達成(20歳3ヶ月)。2009年にイースタンリーグ最多安打、一軍にて初ヒットを記録。2012年に戦力外通告を受け引退。翌年より、データアナリスト、ライター、イベントディレクターを経て、現在は企業のエグゼクティブコーチングを行う株式会社HERO MAKERS.の代表取締役を務め、一部上場企業を含む30社以上の企業変革に関わる。2016年より、新幹線のグリーン車に備え付けられている雑誌wedgeにて2年半連載したシリーズは、2018年に書籍「俺たちの戦力外通告」となって販売されている。

東:
元プロ野球選手で現在は株式会社HERO MAKERS.の代表取締役を務める高森勇旗さんへのインタビュー、今回は中編となります。

小松:
前編では、プロ野球選手を引退なさってからのお仕事についてのお話を中心に伺ってまいりました。現役時代から取り組んでおられたプログラミングのスキルを活かして、自らが野球チーム向けにカスタマイズしたソフトを使用して、データ分析とオペレーションを担当するデータアナリストをなさりながら、ライターやイベントディレクター、大学の講師などそれぞれに異なる様々な領域で幅広いご活躍をなさっていた高森さんですが、あまりに仕事にのめり込み過ぎたことで体調を崩してしまい、データアナリストをやめることを決断します。

東:
今回は、その後に出会い、現在も取り組まれている「すごい会議」のコーチというお仕事についてのお話から伺ってまいります。

 “会議”によって、圧倒的な“成果”を出す

東:
まずは「すごい会議」との出会いについてからお教えいただけますか?

高森:
データアナリストの仕事をやめた後、ライターとしてもっと成長したいと思い、コピーライターを養成するための学校へ通って勉強していたんです。そこで、著名なコピーライターに専門的にコピーライティングを教えていただくことで、“言葉”や“コミュニケーション”の持つ力に深い興味を抱くようになっていた時に「すごい会議」という会議を通してコミュニケーション、考え方に違いをつくり、業績を上げる手法に出会ったんです。

小松:
会議でのコミュニケーションや考え方に違いをつくるということは、すなわち“使う言葉”を変えるということですから、当時の高森さんが興味を持っていたことに合致したわけですね。

高森:
そうですね。「この手法を自分にインストールすれば人生が大きく変わる!」と直感して、翌日には入門しました。

東:
まさに即断即決ですね。僕もわずかな期間ではありますが「すごい会議」に関わったことがありますが、ざっくりと紹介するなら、会議を通じて“出来ない理由を探す”のではなく、“どうすれば出来るのか”に言葉と行動を変容させていくイメージでしょうか?

高森:
“言葉”を変えることで“成果”を変えるというのが、私達の基本理念になっています。

小松:
“会議”で使用する“言葉”や“考え方”を変えることによって、“行動”が変わった方々を増やしていくことで“組織”を変え、“成果”を変える手法が「すごい会議」なのですね。
元々はどなたが考えられた手法なのでしょうか?

高森:
「すごい会議」の手法は、1975年にアメリカ・マネジメントアソシエーツ社のハワードゴールドマンらによって開発されました。その後若干の変更はあったものの、現在でも当初と同じ手順で「すごい会議」は行われています。

東:
そんなに昔から同じ手法・手順が使われ続けているんですね。具体的にはどのようなことをなさるのでしょうか?

高森:
まずは企業のトップである経営者と五、六名のメンバーで戦略的アプローチを作成し、それを実際に全社で実行していきます。その後、司会者である「すごい会議」のマネジメントコーチが、目標を実現するためのタフな意思決定や問題解決におけるサポートを会議の場でおこなっていきます。

小松:
こちらのマネジメントコーチが、高森さんのお仕事なんですね。もう少し詳しく、会議の内容についてお教えいただけますか?

高森:
私は会議を経営すなわちマネジメントそのものだと考えていますが、多くの企業ではこの重要な場での発言のほとんどが単なるコメントの交換に使われています。

東:
最近では“会議”の時間は無駄だと考える企業も増えてきているように感じます。単なる会議ではなく、「すごい会議」を実施することによって生み出される価値とは一体何なのでしょうか?

高森:
短期的で明確で共有共感された目標が立つこと、目標を実現するための最適な役割と責任分担が明らかになること、なにを誰がいつまでに実行し成果を出すかが明らかになること、解決策のわからない問題に出会った時にシステマティックにアプローチし解決できるようになることなどです。また、これらを実行する上で「約束を尊重する」、「問題の指摘だけをせずに提案をする」といった経営者が部下に期待しながらもなかなか実行されにくい企業文化を手に入れることが出来るんです。

小松:
ビジネスの世界はもちろん、スポーツの世界にも展開が出来そうですね。

高森:
おっしゃる通りで、「すごい会議」のメソッドは、スポーツチームやトップアスリートにも導入されています。

東:
ただ、いくらメソッドやロジックが明確だとしても、人は変化を嫌う生き物ですから、なかなか行動を変容させるために「すごい会議」を導入なさるのは難しいのではないでしょうか?

高森:
確かにロジックだけでは決して人は動きません。「すごい会議」のコーチングは会話をベースにおこないますが、基本的にはまず事業構造を徹底的に分解することで問題の棚卸しをして、問題の本質を見極めます。次にそれを解決するためには何にどれくらい投資したらどのように変わるかといったことを細かく分析して、目標を設定します。その後、目標達成のためにはどのくらいのエネルギーの行動力と時間が必要で、そのためには具体的に誰がどれくらい行動に起こすのかといったことまで理解した上で、この人とこの人をこういうテーマで会話させると、こういうエネルギーが生まれるだろうというところまで考えて接して、初めて信頼を得ることが出来るんです。

小松:
そこまでやるからこそ信頼され、多くの方々の行動を変えられるのですね。

高森:
私の仕事は「企業が普通ではない成果をつくるサポートをする」ことですから。予定調和的な成長ではなく、私がいなければ決して起こらない圧倒的な成長を実現するためには、一人ひとりが自発的に行動を変容してもらう必要があります。あと二週間でこういった問題が起きそうだから先回りして外堀を埋めておこうとか、この人はテコでも動かないだろうからこの角度からサポートしてみようというところまで考えてコーチングしています。

東:
この徹底的な分析力と圧倒的な仕事量は、データアナリストをなさっていた経験が活きているように感じますね。

高森:
利益についても同じように分析して、このペースなら三年もあれば利益率が三倍くらいにはなるから、私への投資額は簡単に回収出来るので、みんなに喜んでもらえるなということを考えていると楽しいですよね(笑)

小松:
変わることが出来る“企業”や“チーム”、“人”に共通している点はありますか?

高森:
素直であることと、同じことをコツコツとやり続けられる文化があることは強みになりますね。プロ野球選手の頃、トレーニングコーチに「コーチの仕事は同じことを言い続けることだ」と言われたことがあって、当時は「そんなことはないでしょう!」と思っていたのですが、今は本当にその通りだなと。

東:
同じことしか言ってくれないコーチは、勉強や成長をしていないようにも感じてしまいますが、違うということですか?

高森:
結局、成功するための方法なんて、昔からそんなに変わらないんです。「すごい会議」のメソッドも1975年からほとんど変わっていませんし。要は“やる”か“やらない”かですから、現在はクライアントに対して同じことを言い続けています。もちろん、細かな部分でのカスタマイズはしていますが、あいつは同じことしか言わないという評判になったとしても、それが結果を出すための最善の方法なので。それを素直に聞いて、コツコツやるのが一番結果が出ますね。

小松:
細かい部分で様々な違いがあるにせよ、結局は“やる”か“やらない”か。行動することが成功するためには最も大切なのだということですよね。

高森:
幸いにも私が担当しているのは、私がいなくても成果が出ただろうなという素晴らしいクライアントばかりなので、本当に良いお付き合いをさせていただいています(笑)

 向いていないのに、野球をやめられなかったプロ野球選手

東:
とても楽しそうに現在の仕事についてお話なさる高森さんですが、現役時代と引退後ではどちらが充実していますか?

高森:
間違いなく今です。プロ野球選手時代には極度のストレスの中で生活していましたから。引退後、明らかに表情が変わったと自分でも思います。

小松:
即答ですね。今のほうが良い表情になられたと?

高森:
はい。私は家族の影響で小学生の頃に野球を始めたのですが、引退するまで白髪だらけだったのが、引退した途端に全てなくなったんです。その時、「やっぱり自分は野球に向いていなかったし、好きでもなかったんだな」と思いました。

東:
プロ野球選手にまでなる人はみんな野球が大好きなのかと思っていましたが、高森さんは野球が好きではなかったのですか?

高森:
それほど好きではなかったです。小学校四年生の頃からやめられるものならやめたいなという思いはありました。

小松:
それほど好きではない野球を続けたのは何故なのでしょうか?

高森:
やめられなかったんです。兄も野球をやっていましたし、叔父が小学校の監督で、父が中学校のコーチを務めていたので続けざるを得なかったんです。

東:
なるほど、野球は好きではなくとも、突出した実力があったので、やめるにやめられなかったわけですね。

小松:
高森さんは、地元富山県の高岡シニアからスカウトされて岐阜県の名門・中京高校に進学し、一年生の夏から正捕手として活躍。甲子園出場はならなかったものの、高校通算三十本塁打を達成するなどの実績が認められ、2006年の高校生ドラフト四巡目で横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)に指名され、プロ野球選手になられたわけですが、それもあまり嬉しくはなかったのですか?

高森:
突出した実力なんてありません。二十一歳までのアスリートは技術が無くとも出力(パワー)があれば活躍出来るんです。野球でも150km/hのボールが投げられれば、技術が無くとも勝てますよね。当時の私も十五歳で成長期が来たことで身体が一気に大きくなって、バットに当たればホームランという感じでプレーしていたので、上手そうに見えたのだと思います。ただ、二十一歳からは技術が求められるのですが、私はプロで活躍出来るほどの技術を身につけられる才能が無いにも関わらず指名されてしまったんです。勉強が好きだったので、本当は大学に進学したかったのですが。

小松:
学業も非常に優秀だったそうですね。

高森:
成績はよかったですね。中学、高校はほとんどオール5でしたし、授業も本当に楽しくて。

東:
まさに文武両道だったわけですね。

小松:
さて、そんな文武両道の高森さんですが、プロ野球の世界に飛び込んだものの思うような結果を残すことが出来ず、入団六年目の2012年10月2日に戦力外通告を受け、現役を引退なさることになります。

東:
次回、最終回となる後編では、プロ野球という日本スポーツ界の頂点とも言える世界でのご経験が現在のお仕事にどのように活きているのかについてお話を伺っていきたいと思います。

高森:
宜しくお願いします。
(つづく)

次回「自分が今、何を得ているのかを考える」(後編)は、7月12日公開!

 

編集協力/設楽幸生

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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