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上原大祐 / Uehara Daisuke   元パラアイスホッケー選手|現在:

「できない」ではなく「どうやればできるか」 元パラアイスホッケー日本代表・上原大祐(中編)

Profile

 

上原大祐(うえはら・だいすけ)
1981年長野県生まれの元日本代表パラアイスホッケープレーヤー。トリノ、バンクーバー、平昌の3大会パラリンピックに出場し、2010年バンクーバーパラリンピックでは、準決勝のカナダ戦で決勝ゴールを決め、銀メダル獲得に貢献。
引退後はNPO法人D-SHiPS32を立ち上げ、大好きな子供達にスポーツを届けたり、自分が嫌だと思った事を次世代に残さないように商品開発などのアドバイザーとしても活動をしている。また、選手として支えられてた側から支える側として活動したく、HEROsアンバサダーや各地で新しい取り組みに力を入れている。

 「ちょっと待っててね」が原点

東:
上原さんには「思い立ったらすぐ行動」という非常にアクティブなイメージがあります。好奇心にあふれていて、様々なことにチャレンジしているように見えますが、その旺盛な好奇心や前向きな姿勢の原点はどこにあるのでしょうか?

上原:
幼い頃からとてもアクティブでしたね。私は事故などではなく、生まれながらに二分脊椎という障害を持っており、脚が動かないのですが、小学生の頃は学校から帰るとすぐに友達と集まって、川で魚や蟹を獲ったり、木に登ってカブトムシを捕まえたりと、恵まれた自然環境の中で毎日泥だらけになるまで遊び回って、家に帰ると玄関で全裸にされてお風呂場に直行、という生活でした(笑)。

東:
脚が動かないのに泥だらけになるまで外で遊ぶとはすごいですね・・・
危ないから、とお母様から止められたりはしなかったのでしょうか?

上原:
一度もないですね。ずっと金魚のフンのように後をついてきていた弟の存在もあったのかも知れませんが、どれだけ泥だらけになって帰っても、毎日「いってらっしゃい」と笑顔で送り出してくれました。私はパラアスリートの中でもフィジカルが強いほうですが、幼い頃の遊びの中で体幹が鍛えられたのだと思います。バランスよく放任してくれた母のおかげですね(笑)。

小松:
お母様、もちろん心配なさっていたでしょうが、素晴らしいですね。
ところで、上原さんが初めて車椅子に乗られたのはいつだったのでしょうか?

上原:
3歳の時、病院で乗ったのが初めてです。それまでは抱っことベビーカーでしたから、初めて自分の意思で動くことが出来るようになり、とても喜んでいたそうです。
ところで、少し話は逸れてしまいますが、私は車椅子で生活しているお子さんをお持ちの親御さんには「移動手段を車椅子だけにするのはやめてください」と伝えるようにしています。というのも、車椅子に乗っているだけだと同じ筋肉しか使わないので、車椅子がないと移動出来なくなってしまう可能性があるんですね。私は自宅では車椅子を使わず、這って移動するようにしていますが、そうすることで、車椅子に乗っているだけでは使わない全身の様々な筋肉が鍛えられるんです。

東:
なるほど、面白いですね。

小松:
幼い頃から「歩けない」ということが当然だった上原さんですが、自分は他の子どもと違う、ということに、成長する段階で気づきますよね。それはどんな経験でしたか。

上原:
私は「歩けない」ということにあまりネガティブな印象を持った記憶がないんですが、それは母のおかげなんです。例えば小学生の頃、周りの友達が自転車に乗っているのに自分は乗れないということがありました。その時に「私も乗りたい!」と無邪気に母に伝えたところ、普通であれば「大祐は脚が動かないから、車椅子には乗れても、自転車は乗れないんだよ」と言われてしまうと思うのですが、私の母は「できない」とは言わずに「ちょっと待っててね」と言うんです。

東:
「ちょっと待っててね」から、どのような行動をなさったのでしょうか。

上原:
まずは、どうすれば私が自転車に乗れるのか徹底的に情報収集してくれたんです。今から30年前の長野県でのお話ですから、当然インターネットなんてありません。周囲の知り合いに片っ端から電話をしてありとあらゆる場所を探し回って、ついに隣の群馬県でハンドバイク(手で漕げる自転車)を見つけて、買ってきてくれたんです。「はい、これなら乗れるよ」って。
母は、どんなことでも最初から「出来ない」と決めつけるのではなく、どうすれば出来るのかを調べて、出来るようになるために行動する人で、その姿に私は大きな影響を受けました。

小松:
お母様、素晴らしいですね。人間は子どもでも大人でも「失敗したらどうしよう」という恐れや「出来なかったら恥ずかしい」というプライドがあるものですが、上原さんのお母様は、出来ない理由を見つけて諦めるのではなく、どうすれば出来るのかを考えて行動に移す人だったのですね。

上原:
はい、この時の経験が現在の私のパーソナリティーを形成した原点だと思います。

 パラアイスホッケーとの出会い

小松:
お母様の影響でとてもアクティブに過ごされていた上原さん、パラアイスホッケーを始めたきっかけは何だったのでしょう。

上原:
2001年、大学2年生の時に、エムウェーブ(長野市オリンピック記念アリーナ)で行われていたパラアイスホッケー日本代表の強化合宿を見学しにいったのがきっかけです。関係者の方に勧められて初めてソリに乗ってみた時に、「あ、これ自分にメチャメチャ向いてる!」って感じたんです。過去に車椅子バスケをやってみた時には、今ひとつピンと来なかったのですが、ソリに乗ってみたらすごくスムーズに滑れて。これだ!と思いましたね。

東:
運命の瞬間ですね! 

上原:
はい。実は高校時代にも1998年の長野パラリンピックに向けて、ホッケーをやらないかと誘われていたので、気にはなっていたんです。

小松:
どなたに誘われていたのでしょうか?

上原:
私の使用している車椅子の販売代理店の社長がパラアイスホッケー選手で、その方に誘われていました。当時も興味はあったのですが、練習会場が自宅から片道1時間半の場所にあるスケートリンクで、朝4時に練習がスタートするため、夜中の2時には自宅を出なければならず、家族に迷惑をかけないよう車の免許を取得してから始めようと考えていました。

小松:
初めて車を運転出来るようになって、いかがでしたか。

上原:
世界が変わりましたよね。初めてみんなと同じ行動範囲になれたので。母が買って来てくれたハンドサイクルも結局は行った先に車椅子がないと降りられないので行動範囲は狭いままでしたし、高校になると周りがバイクに乗りだしたりもしたので。

小松:
そこからホッケーの世界にのめり込むのですね。代表入りしたのはいつですか。

 「地面が揺れた」夢の舞台

上原:
2001年、19歳で競技を始め、2003年、21歳の時に初めて代表チームに選ばれました。

東:
競技を始めて2年で代表に選ばれるなんてすごいですね!

上原:
はい、当時はとても生意気で、2002年のソルトレイクシティーパラリンピックに出場する先輩たちを成田空港まで見送りに行った時に、「今度は僕が見送られる側になりますから!」と言って送り出したのを覚えています(笑)。

東:
上原さんっぽいですね(笑)その言葉どおりに次のトリノパラリンピックに出場されたわけですが、世界一のスポーツの祭典を実際に体験してみていかがでしたか?

上原:
すごく楽しかったです。特に開会式が凄まじくて・・・。会場の外で待機している時から歓声で地面が揺れているのがわかるんですが、会場に入った瞬間、大歓声で会場全体が揺れるんです。その空気感が最高に気持ちよくて、「もう一度これを味わいたい!」と思いました。

東:
オリンピアン・パラリンピアンの方は皆さん口を揃えて開会式の素晴らしさを伝えてくれます。同じアスリートとしてその経験が出来なかったことを悔しく思うとともに羨ましく感じますね。

 世界最強チームでの経験

小松:
トリノパラリンピックを目指す中でアメリカでもプレーなさいましたね。

上原:
はい、2004年から2006年の間にNHLチーム同名の「シカゴ・ブラックホークス」という世界最強のパラアイスホッケーチームに所属して、試合のたびに日本から移動、一週間ほどの合宿を経て、大会に出場していました。

東:
世界最強のチーム、所属するきっかけは何だったのでしょうか?

上原:
日本代表とシカゴのクラブチームが親善試合をした際に、一緒にプレーしないかと誘われたのがきっかけです。

東:
一緒にプレーしないかと誘われただけで海外に挑戦するとは凄いですね!

小松:
アスリートが国境というボーダーを超えて、別の国でプレーするのは、ものすごく覚悟が必要かと思いますが、上原さんはそんなボーダーを軽く超えていきますよね。

上原:
いや、ただ面白そうだから行っただけなんですよ(笑)。私以外にも4,5名の日本代表選手が同じようにシカゴでプレーしていましたし。

東:
そうだったんですね。ブラックホークスではサラリーを得ていたのでしょうか?

上原:
いえ、プロ選手としての契約ではないので、サラリーは出ませんでした。パラのカテゴリーのブラックホークス自体もプロのクラブチームではなく、当時も現在もパラアイスホッケーのプロリーグやプロチームは存在していないのが現状です。

東:
パラスポーツのプロリーグやプロチームを成り立たせるのは相当ハードルが高いでしょうね。

上原:
そうですね。ただ、金銭面はともかく、世界最強のチームで世界最高の選手たちと一緒にプレーする日々はホッケーを始めたばかりの私を飛躍的に成長させてくれましたし、同じくシカゴでプレーしていた他の日本代表選手たちの実力も大きく向上していたので、トリノでは絶対にメダルを獲れる!という自信と期待感にあふれていました。

小松:
迎えたトリノパラリンピック、結果は5位とメダルには届きませんでした。この大会、上原さんはどのような印象をお持ちですか?

上原:
個人的には初戦でハットトリック(3得点)を達成したりとまずまずの出来でしたが、チームとしては何もかもが初めてだったこともあり、パラリンピックの空気に飲まれ、思うようにいかない状況を立て直せないまま本来の実力を出せずに終わってしまったように感じます。苦しい中で何とか結果を出そうと、集中を切らさないためにオフをなくしたり、他競技や他国の選手のとのコミュニケーションを制限されたりすることで、監督と選手の間がぎくしゃくしてしまったり、という悪循環にも陥ってしまいました。

東:
「絶対に勝たなければいけない」という思いが強すぎたのかもしれませんね。「全力を尽くす」=「オフをなくす」や、「集中する」=「他者とコミュニケーションを取らない」に行き着いてしまったのでしょうか。個人的はどんなことでも四六時中集中し続けることは不可能なので、オンオフをしっかりと切り替えることが良いパフォーマンスにつながるように思いますが。

上原:
私もそう思います。

東:
何かを我慢したり、厳しいこと、辛いことをすれば結果につながる、結果につながらなくとも言い訳になる、といった考えを改めることが、スポーツ界のみならず日本の社会全体の課題としてあるように感じます。

小松:
その後、上原さんは2010年にバンクーバーパラリンピックに出場。準決勝のカナダ戦で伝説の決勝ゴールを決め、チームを銀メダルに導いた後、2013年に引退を決断されますね。現役に線を引こうというきっかけはあったのですか?

上原:
そうですね、パラアイスホッケー協会との関係悪化が最大の原因ですね。バンクーバーの後、2012年にアメリカへ留学したのですが、「やる気がない」と見なされて除外選手になり、協会のホームページに「引退選手」として発表されたんです。これまで引退した選手を発表したことなど一度もなかったでしょうと問い詰めたところ「これからは発表していく」と説明されたのですが、結局、私以外には誰も発表されていません。

東:
なぜそのような理不尽なことをするのでしょうか?より上達するためにアメリカへ留学することは上原さん個人のみならず、日本代表強化のためにも素晴らしいことだと思うのですが。

上原:
私もそう思うのですが、日本では自分たちのテリトリーの中で練習しないヤツはダメだ、みたいな文化というか風潮があるじゃないですか。言うことを聞かないヤツ、コントロール出来ないヤツは外せ、みたいな。当時はそういう文化だったんでしょうね。今ではずいぶんと変わりましたけれど。

小松:
パラリンピックという華やかな舞台を通じて、栄光や挫折など様々な経験を重ねてきた上原さんですが、パラアイスホッケー以外のステージでもご自身のパーソナリティーを活かして幅広く活躍なさっています。次回はそのあたりのお話もお聞かせください。
(つづく)

 

編集協力/設楽幸生

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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