Career shift

横田真人 / Yokota Masato   元陸上競技選手|現在:

“走る“を仕事にすることで、自らの意識が変わった 元ロンドンオリンピック陸上競技日本代表・横田真人氏(中編)

Profile

 

横田真人(よこた・まさと)
立教池袋中学校三年次に陸上部の顧問に誘われ陸上競技部に入部。立教池袋高校進学後も競技を続け三年次にインターハイ、国体と800mで優勝し全国制覇を果たす。高校卒業後は、慶應義塾大学総合政策学部に入学。在学中に日本選手権800mで初優勝(以後日本選手権を5度制覇)、当時の日本記録も更新。大学卒業後は、富士通に入社、2012年、日本人として44年ぶりに800mでオリンピック出場を果たし、同年、渡米。カール・ルイスも在籍したサンタモニカトラッククラブで二年間競技生活を送る。アメリカでの競技生活の傍、米国公認会計士試験に合格(カリフォルニア州)。2016年、現役を引退し、中長距離のクラブチームを立ち上げ後進の指導にあたる。2019年4月に行われたアジア選手権では3名の日本代表選手を輩出している。

小松:
陸上800mの元日本記録保持者で、2012年ロンドンオリンピックに出場なさった横田真人さんへのインタビューは今回が中編になります。前回は現在のお仕事についてのお話が中心でしたが、今回は陸上競技との出会いから伺ってまいります。

 「手伝ってくれないか」ではじめた陸上競技

東:
日本人として44年ぶりに800mでオリンピック出場を果たした横田さんですが、本格的に陸上競技に取り組まれたのはいつ頃からなのでしょうか?

横田:
小中学生の頃は野球やサッカーなどのチームスポーツをやっていて、陸上部に入部したのは中学三年生なんです。

小松:
チームスポーツのほうが好きだったのですか?

横田:
好きというか、個人競技はいつでも始められるから、まずは団体競技でチームワークを学ばせようという親の考えがあったようで、小学生の頃はサッカー、中学では野球部に所属していました。ただ、野球部のトレーニングはすごく厳しいというか理不尽だと感じることが多くて・・・

東:
どのようなトレーニングに理不尽さを感じたのでしょうか?

横田:
ただただ長い時間走らされたり、球拾いをしたり。中学生ながらに野球でこんなに長く走る場面は無いだろうとか、球拾いをやっていてもうまくならないだろうと思っていました。だったら同じ時間、素振りをしていたほうがいいなと。

東:
なるほど。野球部なのだから野球がうまくなるためのトレーニングをしたいと。

横田:
そうですね。また、私のポジションは外野手だったのですが、どれだけ自分が守備や打撃で活躍しても、ピッチャーがストライクをとれなくてフォアボールが続くと負けたりする。自分一人の努力ではどうしようも出来ない部分があることにも納得がいかなくて。

小松:
勝利も敗北も全て自らの責任で引き受けたいと思われていたのですね。

横田:
それぞれが試合にかける思いにも差がありますし。

東:
僕はハンドボールというチームスポーツをプレーしてきたので、自らが活躍出来なくても仲間の活躍で勝利したり、仲間のミスを自らの活躍でカバーすることにも楽しさを感じられたのですが、個人競技で活躍なさっている方にとってはすっきりしない部分だとは伺いますね。

横田:
そんな時に、たまたま陸上部の顧問に人数が足りないから手伝ってくれないかと声をかけられて出場した地区大会で優勝してしまって。面白いなと思って本格的に練習してみたらどんどん速くなっていくし、他人のことをあれこれ考えなくてもいいからこっちのほうが向いているなと(笑)

小松:
陸上競技の個人種目は相手に勝利することはもちろんですが、自分自身のベストタイムを更新することも目的になりますし、責任の所在が分かりやすいですよね。また、より速く走るためのフォームを創り上げていくという点では、アーティストのような側面もあるように感じます。横田さんの脚が描く美しい軌跡、大好きです。

横田:
嬉しいですが、マニアックな視点ですね(笑)

小松:
普通の人間には絶対に描くことの出来ない軌跡です。

 “やりたい”よりも“勝負出来る”を選んだ

東:
陸上競技の中でも800mといえば最もきついと言われる種目ですよね。

小松:
以前に他の陸上選手から“乳酸の中毒になる距離”だと伺ったことがあります。

横田:
中毒・・・そうですね(笑)ハードなトレーニングで倒れこむ度に「何でこの種目を選んだんだろう・・・短距離の選手はいいなあ・・・」と思っていましたね(笑)

小松:
ご自身で800mという種目を選ばれたのですか?

横田:
陸上競技の種目は指導者に選ばれることも多いですが、私は自分で選びました。当時の先生からは5000mなどの長距離種目を薦められたのですが、向いていないと思って。長い時間走っていられないんです。飽きちゃって(笑)短い時間に集中してトレーニングするのが性格的に合っているんですよね。

東:
100mなどの短距離ではなかったのですね。

横田:
自分自身を分析した時に、短距離で勝てるほどの瞬発力は無いけれど、800mなら勝負出来ると感じたんです。

小松:
“やりたい種目”よりも“勝負出来る種目”を選択なさったわけですね。

横田:
選んだというよりも、自然に巡り合ったという感覚でした。

東:
その後、800mの選手としてキャリアを重ねていく中で、短距離やマラソンなどの人気種目とはメディアなどでの扱われ方が違うことに気付かされていくわけですよね。横田さんが2012年のロンドン大会に44年ぶりに出場するまではオリンピック選手も輩出出来ていなかったわけですし。大学生の時点で日本選手権を二度制して、日本一の選手になられたわけですが、自らの活躍でこの種目の地位を上げたい!というような考えはお持ちだったのでしょうか?

横田:
当時は全く無かったです(笑)元々“使命感”とか“責任感”とかを意識するタイプじゃないんです。学生の頃は「陸上界のため」なんて考えたこともないですし、陸上競技連盟が招集する合宿にも参加しなかったくらいで。

小松:
他の大学では「国のために」や「学校のために」のような意識で取り組んでいる選手も見受けられますが、横田さんには全く無かったと。

横田:
そうですね(笑)そういった意識で競技に取り組んでいる選手もいましたが、私はあまり興味がありませんでした。所属していた慶應義塾大学に、将来陸上競技で食べていこうと考える雰囲気が皆無だったことも影響しているかも知れません。

東:
誰かのためや団体のためではなく、あくまで自らのために競技に取り組んでいたのですね。

 「お金を出す人が求めるもの」を実現したい

小松:
その後、大学を卒業する際に陸上選手として生きていくのか、一般企業に就職するのか悩んだ末に、実業団選手として富士通に入ることを選ばれたわけですが、学生時代と比較して意識の変化はありましたか?

横田:
通常の就職活動もしていく中で、陸上競技の選手を選択したわけですから絶対に失敗するわけにはいかないという思いと、お金を貰って職業として陸上競技をするのだから、貰ったお金に見合った結果を出さなければいけないという意識に変わりました。

東:
学費を支払いながら競技をする学生と企業からサラリーを貰いながら競技をする実業団選手では求められるものが違いますよね。

横田:
実業団選手になってからは意識も行動も変えていきました。大学生の頃はお酒を飲んだり、たまには夜遊びをしたりもしていましたし、調整不足のため故障することもありましたが、実業団に入ってからはベストコンディションを整えることに集中するようになりました。

小松:
自分は企業からお金を貰って走っている“プロ選手”であり、“業務”として走っているのだからベストコンディションを保つ“責任”があるということですね。

横田:
“走る”を仕事にするのはそれだけ大変なことですから。

東:
自らが競技をしていくために企業がどれほどのお金を支払っているのかについての意識が希薄なアスリートも多いですよね。多くの競技はメディアに大きく扱われることもなく、入場料、スポンサー、グッズなどによる収益も見込めないため企業にとってのコスト部門となっています。その現状の中で、選手として何を企業に還元することが出来るのかを考えれば、自ずと意識や行動が変化していくのでしょうが・・・

横田:
個人的には実業団選手としての“自覚”や“責任感”を持てないのであれば、選手を続けるべきではないと思います。単に陸上が好きだったり、たまたま足が速いからという理由で競技を続けている選手は別の仕事をしながら趣味として走ればいい。お金を貰うからにはお金を出す人が求める“価値”を提供する必要があり、その“価値”をつくりだすことが“仕事”で、そのために全力を尽くすのが“実業団選手”だと思うんです。

小松:
陸上選手というより、ビジネスパーソンにとっての“仕事”という意味でも非常に示唆に富んだお話ですね。

横田:
その後、キャリアを進めていく中で、自分がどういう競技者でありたいか、どういう競技者になりたいか、競技を通じてどういうことを社会に伝えていきたいかを考えて競技に取り組むようになり、長い間、日本人選手が出場することが出来なかったオリンピックに関しても、これこそが自らが実業団選手として企業に提供出来る最も大きな価値だと思いましたし、800mの選手としても、自分がこの壁をやぶらなければ誰がやぶるんだ?という使命感も生まれてきたんです。

東:
まさに立場が人をつくる、ですね。

小松:
横田さんの“プロ意識”、素晴らしいです!

 オリンピックに出たいのか、勝負したいのか

東:
横田さんは実業団選手の一年目に練習拠点をアメリカに移されたわけですが、どのような理由があったのでしょうか?

横田:
きっかけは尊敬する選手の真似なんです。当時、陸上選手で海外を拠点に活動していたのは400mハードルの為末大さんとハンマー投げの室伏広治さんくらいで、ほとんどの選手は日本国内でトレーニングしていたのですが、二人が海外を選ぶのであれば何か理由があるのだろうと思って。

小松:
トップアスリートの側面と、哲学者や求道者のような側面をお持ちのお二人ですね。

横田:
そうですね。私も単純に「海外へ行く=強くなる」と考えていたわけではないですが、世界で戦い結果を残している二人が様々な経験を積んだ上で選んでいるわけですから、そこには絶対に明確な理由があるのだろうと。その理由を知りたいし、自分自身もそうなりたいと。その頃はオリンピックに出たことがありませんでしたし、周りにも同じ種目で出場した選手はいませんでしたから、まずはオリンピックで活躍している人と同じことをしようと思ってアメリカに行きました。

東:
目標とする状態を実現している方の行動を分析して、まずは同じことをやってみようと考え、実際に行動に移されたのですね。アメリカでは、陸上競技人生で初めてコーチの指導を受けることにしたそうですが。

横田:
中学三年生で陸上を始めてから高校、大学と、誰かの決めたプログラムではなく、どうすれば結果を出すことが出来るのかを自ら考えてトレーニングに取り組んできましたが、オリンピックに出場するにはどうすればいいのかを突き詰めて考えた時に、世界一になったことがある人に聞いてみようと思ったんです。

小松:
自らが限界まで考え、行動をしてもたどり着けない領域になって初めてコーチに師事してみようと思えたわけですね。どなたに教わったのでしょうか?

横田:
現在、国際陸上競技連盟で会長を務めているセバスチャン・コーさんをやぶって、ロサンゼルスオリンピック800mで金メダルを獲得したヨアキム・クルスさんにトレーニングを見てもらいました。

東:
まさに世界一の選手に見てもらったわけですね!
どのような指導を受けられたのでしょうか?

横田:
最初に私がトレーニングしているプログラムを伝えたところ「オリンピックにただ出たいのか、オリンピックで勝負したいのか?」と尋ねられ、「勝負したいのならこのトレーニングではダメだ」と言われました。

小松:
何がいけなかったのでしょう?

横田:
彼から見ると、トレーニング量が絶対的に不足していました。「オリンピックでは四日間で三本走ることになるけど、このトレーニング量で走れる?」と。

東:
実にシンプルですが、本質を突いた指摘ですね。

横田:
「勝負したいのなら、それだけの量のトレーニングをやろう」と。その他の指導においても一貫して「◯◯するなら◯◯しなければならない」というようにロジックが明確だったので、納得してトレーニングに取り組むことが出来ましたし、選手としてもコーチとしても学ぶことが多かったです。

小松:
初めて他人の考えたプログラムに納得してトレーニングに取り組むことが出来たのですね。

東:
その後、横田さんは2012年に大邱で開催された国際陸上でロンドンオリンピック参加標準を突破。同種目の日本人として44年ぶりにオリンピック代表選手に選出されました。これはたらればの話になってしまいますが、もし、横田さんがオリンピックへの“出場”を目指していたら44年もの長い間日本人選手の前に立ちはだかり続けてきた壁をやぶることは出来なかったかも知れませんね。

横田:
そうですね・・・ロンドン大会では予選5組4着で予選敗退となりましたが、あくまでオリンピック出場ではなく、勝負することを目指してトレーニングに取り組んでいたからこそ、出場することが出来たのだと思います。

小松:
改めて目標設定の重要さを感じさせられます。

東:
横田さんは、ロンドンオリンピックの後、2013年から拠点をアメリカ・ロサンゼルスに移し、二年間トレーニングをした後、日本へ帰国。2016年に開催された岩手国体を最後に現役を引退なさいます。

小松:
現役引退後には富士通を退社、ランニングクラブのヘッドコーチに就任なさって現在に至るわけですが、次回は横田さんの考える“コーチ”としての在り方についてお話を伺いたいと思います。

横田:
宜しくお願いします。
(つづく)

次回の「スポーツだけではない「前人未到の世界」で生きてみたい」(後編)は、6月7日公開!

 

編集協力/設楽幸生

インタビュアー/小松 成美 Narumi Komatsu
第一線で活躍するノンフィクション作家。広告会社、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。現在では、テレビ番組のコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

インタビュアー/東 俊介 Shunsuke Azuma
元ハンドボール日本代表主将。引退後はスポーツマネジメントを学び、日本ハンドボールリーグマーケティング部の初代部長に就任。アスリート、経営者、アカデミアなどの豊富な人脈を活かし、現在は複数の企業の事業開発を兼務。企業におけるスポーツ事業のコンサルティングも行っている。

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