Sports

梵英心 / Eishin Soyogi   元広島東洋カープ|現在:株式会社エイジェック 硬式野球部(選手兼コーチ)

元広島東洋カープ 梵英心が切り拓く「好きを一途に貫く未来」

「周囲へのアピールよりも実力。
結果を出せば必ず認めてもらえる。」

そうお話されるのは、元広島東洋カープの
梵英心(そよぎ えいしん)さん。

今年2月に創部された
株式会社エイジェックの社会人野球部に
選手兼コーチとして加入されています。

▲ エイジェック野球部の練習拠点「小山ベースボールビレッジ」は廃校の小学校を活用。

小学生から続けてきた野球を、新天地で。

チームの拠点である
栃木県 小山ベースボールビレッジにて
梵さんの胸のうちを伺ってきました。

Profile

 

梵英心(そよぎ えいしん)1980年10月生まれ

元広島東洋カープ・野球選手。社会人野球の日産自動車では、2006年から2017年まで広島東洋カープに在籍。新人王、ゴールデンクラブ賞、盗塁王などのタイトルを獲得。自由契約扱いで広島を退団後、2018年6月1日付で株式会社エイジェックに入社。硬式野球部に選手兼コーチとして加入している。

  「まだ、選手としてプレイしたい。」その想いで挑んだ新天地

―― 今、エイジェックではどのようなスケジュールで活動されていますか?

週3日は白鴎大学のグラウンドで1日練習。週2日は出社をして午前中に事務仕事をして、午後から練習をしています。仕事内容は、野球部の成績をエクセルに打ち込んだり、選手個人のデータ管理をしたりがメインですね。

―― どういった経緯でエイジェックに入社されたのでしょうか。

自由契約扱いで広島カープを退団後、日産自動車時代の先輩で元ソフトバンク投手の養父鐵(ようふ てつ)さんが、アメリカの独立リーグに挑戦するのはどうかと勧めてくださって。知り合いの方を紹介していただいたんです。

今後の所属チームを探していたし、野球大国のアメリカでチャレンジしてみたいと思って、2ヶ月という期限を決めて渡米をしました。いくつかトライアウトを受けましたが、年齢的なネックやビザの問題でなかなか上手くいかず。

帰国後、以前から付き合いのあった方からエイジェックを紹介していただいて。本格的に話をしていくなかで、会社やチームに興味を持ったんです。僕としては「まだ選手としてプレイしたい」という想いだったので、選手兼コーチというポジションも魅力でした。

―― 6月に入社されて(取材日の7月19日で)およそ1ヶ月半。心境の変化などはありますか?

それが、意外と無くて。ここに来る前の気持ちとそんなに変わっていないんです。とても楽しみにして入りましたし、現時点でも毎日が刺激的で面白い。今日は何が起きるのかなとわくわくした気持ちで過ごしています。

もちろん考えることもやるべきことも出てきますが、つらいとか苦しいとかは無いですね。しいて言うならこの暑さくらいでしょうか(笑)。

―― 猛暑が続きますもんね(笑)。チームでのプレイや指導において意識されていることはありますか?

エイジェックやスポーツ界に限らずだと思いますが、昔の頭ごなしの教え方だと今の世代には合わないんですよね。

うちは若い選手が多いので、どういうことをしたいのかを聞いて、こちらが望んでいることを話して、コミュニケーションを取っています。距離や壁ができないように。

あと、僕は選手として動くこともコーチとして指導もできるので、説得力はあるのかなと考えています。背中を見せるという感じで。

  負けず嫌い精神で向き合った、学生時代の野球

―― 選手とコーチ、どちらもされているからこそですね。梵さんが野球をスタートされたのは小学生からだそうで。

仲の良い友達が少年野球に入っていて、練習について行ったのがきっかけで小学5年生から始めました。三次(みよし)高校では、2年生の夏のベスト16が最高戦績です。

―― 将来はプロ野球選手になりたいと、当時から考えていましたか?

ぼんやりとは考えていましたね。いいなぁ、かっこいいなぁと。でも、絶対になってやるっていう強い意志はなくて。その頃はプロよりも甲子園を目指す気持ちや、周りの強いチームになめられたくない気持ちの方が大きかったです。負けず嫌い精神ですよね。

高校まではお山の大将だったなと思います。山奥の学校でこそ活躍できたけれど、駒澤大学では甲子園に出ていた選手がざらにいるわけですよ。部員も100人近くいてレギュラー争いも激しくて、カルチャーショックでしたね。

大学2年の秋のリーグでレギュラーになるまでは、掃除、洗濯、道具の後片付け。野球をやっているという感覚は本当になかったです。ついていくのが精一杯という状況でした。

―― 野球をするつもりだったのに、野球ができない。下積みのような日々に心が折れることもあったのでは……。

ありましたよ(笑)。いつ逃げ出してやろうかとずっと考えていました。でも、大学に入学したときのことを思い出すんですよね。駒澤大を紹介してくれた監督、行かせてくれた親、もし中途半端にやめればみんなに迷惑をかけてしまうなと。

あとはやっぱり負けず嫌いなんです。今に見てろ、いつか見返してやる、と。レギュラーになるのは本当に難しかったですが、試合に出させてもらうことができて、今まで味わったことのない責任感を持つこともできました。

卒業後は日産自動車に入社され、社会人野球の道へ。
第76回都市対抗野球大会では
チームの準優勝に大きく貢献し、首位打者を獲得。
2005年のIBAFワールドカップでは日本代表に選ばれます。

  結果がストレートに返ってくるプロの世界で

―― 大学ですっぱりと野球をやめて就職するという選択もあるなか、野球の道を突き進まれたんですね。

僕にあったのは二択でした。野球を続ける、もしくは野球ができないなら実家の寺を継ぐ。でも、何とかして野球を続けたいという想いが大きかった。結局、大学の監督が動いてくれて、まずは日産自動車で野球をできるチャンスを得たんです。

ドラフトを経て広島に入団するときは、テレビで見ていた憧れのチームに入れるんだと、もうウハウハでしたね。地元ですし、両親や同級生の近くでもプレイできる。頑張ってきてよかったなと。

ただ、プロってチームで戦ってはいるけれど責任は個人が取る世界です。アマチュアはもし自分自身がダメでも、チームや組織の責任になってオブラートに包まれるんですよ。

プロは良くても悪くてもすべてストレートに自分に返ってきます。それに耐えられるほどの精神力を持たないといけない。そう覚悟を持って広島に入団して、12年間のプロ生活を経験させてもらいました。

入った当初は右も左も分からなくて、とにかく周りの行動を見ながら手探りでした。不安もありましたが、活躍するために何かしないといけない、何ができるだろうといつも考えていましたね。

―― プロの世界は全員がトップレベル。実力の差がほとんど無いなか、自分をアピールする力が必要だという意見もあります。

僕は器用ではないので、とにかく結果を残すことだけを追い求めていました。結果を出せば必ず認めてもらえる。アピールよりも実力だと。

打って、攻めて、守って。自分がヒットやファインプレイを出せばチームにとって戦力になるし、試合に使わざるを得ないはずだと信じてやっていました。絶対にチャンスはくる。

―― そうして、新人安打数の球団記録を48年ぶりに更新、新人王など、タイトルをどんどん獲得されていきます。

記事にはなっていたみたいですね。ただ僕としては、その時々の指導者の方が、辛抱強く僕を使ってくれたことがタイトルを獲れた要因だと思っていて。

監督やコーチの思いになんとか答えたいという一心でしたし、感謝をしてチームに貢献することのほうが重要でした。たまに反発もしましたけれど(笑)。記録はたまたま運が良くてハマったんだな、くらいに思っています。

1年間ずっと活躍ができた2010年は、個人的には忘れられない年になりました。盗塁王やゴールデングラブ賞などタイトルも自ずとついてきましたね。

プロとして結果を残されてきた梵さんですが
昨年、自由契約扱いで広島から退団されました。
当時の心境はいったい……?

8割くらい、もうほとんど覚悟していました。ケガや不調が続くようになって、2017年は初めて一軍公式戦での出場機会も無かったんです。

話し合いをする日程も分かっていたので、戦力外通告だろうなと。こう言われたらどういう気持ちになるだろうとか、自分のなかで考えていたんですけど、選手を続けたいという意志は変わらなかった。だから、自由契約での退団を選択しました。

広島市内の公園や河川敷で野球をやりながら、人脈をたどって次のチームを探すという地道な時期を経験しましたね。そのタイミングで養父さんからアメリカの話をいただいたんです。

  仲間と共有できるものがある。だから野球が好き。

―― 野球を続けたい。その根底にあるものはやっぱり「野球が好き」という気持ちですか?

そうですね、はい、やっぱり野球が好きなんでしょうね。もちろんプレイ中はしんどいなっていう気持ちもありましたけれど、戦力外通告を経て、あらためて野球が好きだと気づきました。

―― その「好き」の中身が気になります。野球というスポーツそのものが好きなのか、はたまた、仲間とやるから好きなのか。

同じことを共有できるっていう楽しさですね。たとえば、きつい練習を共にした仲間と話をすると共感するところも共通言語もあるし、やっぱり面白いです。

仲間と何かを共有できることが僕にとって仕事の醍醐味で、続ける要因なんだと思います。野球にはそれがある。だから、野球という好きなスポーツをより好きになります。幸せなことですよね。

―― 長く続けていくと、よいことばかりじゃなく大変なことも見えてきますよね。どこかで野球を嫌いになりそうな瞬間はなかったですか?

もちろんありました。打てないとき、守れないとき、試合に出られないとき、そういう時々で逃げたくなりましたし、それはきっと誰しもが抱くと思うんです。

ただ、そこでやめてしまったら今まで応援してくれていたひとたちを悲しませてしまう。裏切ることはできないという思いが、踏み止まる理由のひとつになりました。

あとは、ここまで長くやると野球しかないなと。どこかの会社に入って営業や事務をすることは想像がつかなかったので。やっぱり僕は野球が好きだし、野球しかないなと思います。

―― 梵さんの今の目標を聞かせてください。

夏の都市対抗と、秋の日本選手権ですね。今年の都市対抗はもう終わったので、直近の大会は11月の日本選手権です。

今、16人という少ない人数でやっていることもあり厳しいかもしれないですが、社会人として一番大きな大会なので、そこに出られるようなチームにしていくことが目標ですね。

新しいチームでも出場したという実績をつくって、歴史を変えることが僕たちにできることかなと思っていて。

野球やスポーツを通して後輩たちには出会いを大切にして欲しいです。野球関係者だけじゃなく、すべての縁を。人との繋がりは野球をやめてからも続いていきますから。アドバイスというよりも、これは僕自身の経験談ですね。

  取材後記

梵さんの発する言葉はどれも潔く、
野球が好き、エイジェック野球部をよいチームにしたい
その想いがひしひしと伝わってきました。

とにかく野球と一途に向き合ってきた
そんな梵さんの取材を通して

まっすぐな「好き」はその先の道を拓くし
未来を照らすんだと、あらためて思いました。

爽やかに広がる、真夏の青空を仰いで
聞こえてくる練習の声に耳を傾けながら。

▲ 自分を、仲間を、好きなことを信じ、貫く。梵さんの「信」というメッセージに、背中を押していただきました。
 

取材・文/榧野文香


エイジェック 社会人野球部
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