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外池 大亮 / Daisuke Tonoike   元Jリーガー|現在:早稲田大ア式蹴球部監督/スカパー勤務

元Jリーガー外池大亮:サッカーで磨く人間力は、ビジネスの世界でいかに通用するのか?【前編】

Jリーガーとしてひたむきに走った、11年間。
親の反対にも屈せず、クビになっても諦めることなく
がむしゃらに、そして懸命に進んできたプロの道。

「自分が選んで続けてきたからこそ、
 サッカーを肯定して引退したかった。」

その言葉通りにサッカーを愛し続ける外池さんは
引退後、サッカーの“外側”の世界で得たものを
サッカー界、そして体育会学生に届けています。

Profile

 

外池 大亮(とのいけ だいすけ) 1975年1月生まれ

早稲田大学ア式蹴球部監督。早稲田大学を卒業後、Jリーガーとして、ベルマーレ平塚、横浜F・マリノス、ヴァンフォーレ甲府など数々のチームで11年間に渡りプレー。引退後は電通での勤務を経て、スカパーへ。現在はア式蹴球部監督としてサッカー技術だけでなく、情報・発信の重要性なども学生に伝えている。

  坊主が嫌だ!とバドミントン部を選んだ少年が、強豪・早稲田大でサッカーに浸かるまで

―― 外池さん、出身は横浜ですよね。横浜F・マリノスのホームタウンですね。

横浜市の港北区で育ちました。日産スタジアムから近くて、小学生のときは日産サッカースクール(現:マリノスサッカースクール)の選抜コース「プライマリー」の一期生だったんです。

最初のコーチは樋口靖洋(ひぐち やすひろ)さん。横浜F・マリノス(以下、マリノス)でもずっと監督をしていた方で、当時24歳くらいでしたね。そのあとは公立中学に進んで、バドミントン部に入部しました。

―― サッカーのプライマリー生が、突然のバドミントン部ですか?(笑)

サッカー部の「坊主必須」「一年生はグラウンド整備があるから途中帰宅・塾通い禁止」というルールがどうしても納得できなかったんですよ。今では考えられないような、理不尽の塊のような時代だったので(苦笑)。

ただ、周りの子たちが「外池は絶対にサッカー部の方がいい!」って先生に言ってくれて、結局、サッカー部に入部することになっちゃって(笑)。 その結果、道が拓けてサッカーを続けるようになって、高校は一般受験で早稲田実業に入りましたね。

―― いろいろな高校がある中、早稲田実業の決め手は何だったんでしょう。

ある日、早稲田大学生がラグビーの試合で社会人に勝って全国優勝していたんです。うわ!早稲田すげー!って刺激されて。その頃、大学に入る理由ってよく分からんと思っていましたが、入るなら絶対に早稲田だと思ったんです。

高校の時点で早稲田(実業)に入るチャンスがあるなら!と、中3の夏からはひたすら勉強に集中して合格を掴みました。ただ、親からはずっと「サッカーを続けて将来どうするの?」って現実的なことをずっと言われていました。

サッカーが好きだし上手くなりたいけれど、確かに自分よりも上手なひとなんてざらにいる。それなら勉強したほうがいい。僕自身もそう考えるようになって。まあ、早稲田に入れば勉強に集中する空気があるだろうし、サッカー部に入っても入らなくても行く価値はあるだろうと。

でも、その軽い気持ちがガラッと変わったんです。

当時、早稲田大学のグラウンドの一角を借りて練習をしていたので、目の前に超トップレベルの大学生たちがいるんですよ。うわ!大学生すげー!ってまた刺激されました(笑)。日本代表とか五輪代表とか、もう格段にレベルが違う。

―― 刺激、再びですね(笑)。それから念願の早稲田大学へ。

その頃からサッカーにどっぷり浸かっていきましたね。

  3億円の予想は崩れ、戦力外通告も。引退と就活も考えたプロ時代

―― 卒業後はベルマーレ平塚に入団されますが、Jリーガーになる未来は描いていたんでしょうか?

いえ、普通に就職するんだろうなって思っていました。大学では最初、試合にこそ出ているけれど選抜には入らなかったので、自信も無くて。そうしたら3年生の終わりから4年生にかけて選抜に選ばれるようになって、日本大学選抜にもなり、いくつかオファーをもらえたんです。

ベルマール平塚(以下、ベルマーレ(現:湘南ベルマーレ)に決めたのは、最初に声をかけていただいたから。それと早稲田OBじゃない方からの誘いだったから。次は早稲田とは違う世界で生きる力を身に付けたかったんです。

―― ベルマーレに決めたとき、親御さんはどういう反応を?

親からは相変わらず「お前には無理でしょ。将来どうするの?」って言われていましたが、当時の大卒プレーヤーは年俸がおよそ3000万円。10年で3億。稼げるし、いけるだろうって僕は考えていたんですよね。

でも、2年目からベルマーレのスポンサーが撤退して年俸が3分の1になって……。僕の計算はあっけなく崩れ去りましたね(笑)。 経営縮小でチームが無くなりますというところまで来て、これからどうすんだよと、もがき苦しんだのを覚えています。

その後、2000年にマリノスへ移籍したんですが、その2年後には戦力外通告を受けました。27、8歳くらいでしたね。W杯開催年で日本が盛り上がっている中、ものすごく取り残されている感覚だったのを覚えています。

それからのトライアウトもセレクションもまったくダメで、自分の状況を思い知らされました。これが引退するということなのかな、サッカーから離れることなのかな……と。いよいよ就活を考えなきゃいけないと思いました。

  あたらしい土地とチームでの再挑戦から学んだこと

―― でも就職ではなく、ヴァンフォーレ甲府へと移籍されますね。

そのタイミングでヴァンフォーレ甲府(以下、ヴァンフォーレ)からテストの話があったんですよ。たまたまベルマーレ時代のコーチがヴァンフォーレで教えていることもあって、最後のチャンスいう心意気で臨みました。 結果、練習生から契約してもらうことができたんです。

それまでに比べると給料はものすごく低かったけれど、甲府という新しい街とクラブでのゼロからの修行が僕にかけがえのない経験をくれました。

―― ヴァンフォーレでのかけがえのない経験とは、どのようなものでしたか?

まず、社長の海野一幸(うみの かずゆき)さんがサッカーを価値化することにものすごく熱い方で。「お前のやりたいことは何でもやってみろ。」と、いろいろなことに挑戦させてくれました。

山梨放送さんと一緒に番組の企画を立てたこともありましたね。メディアの皆さんも心からチームを応援してくださるんですよ。とても温かいひとが多く地方都市の良さに触れました。

試合にもずっと出ることができていたので、試合で活躍してチームが盛り上がる、お客さんが増えていく、チームの認知が広がる……と、好循環でしたね。最初は2000人だった観客が、1年終わる頃には9000人にもなっていて、チームとともに成長させてもらいました。

マリノスをクビになり、もうプロを離れるかもしれないという状況になったことが僕にとって大きかった。というか、それがすべてでしたね。たくさん反省をしたし、クビになったからこそ気づいたことが多くありました。

その後はサンフレッチェ広島からオファーをいただき移籍。モンテディオ山形、湘南ベルマーレを経て、2007年、32歳のときに引退をしました。

  “外側”の世界を経験したい。その想いでJリーガーから電通へ。

―― アスリートの引退には様々な想い、ときには葛藤があると思います。外池さんはどうでしたか?

僕、サッカーを肯定して引退したかったんです。

自分がサッカーを選んで続けてきたからこそ、環境や誰かのせいにして、否定して辞めていくことだけはしたくなかった。肯定して引退することで、真っ白な状態で自分の未来に向き合えるし、次のステージにも行けるはずだと。

それと、これからは“外側”の世界にも触れていきたいと考えていました。
選手としてサッカーという世界のど真ん中(=“内側”のど真ん中)にいた経験に加えて、“外側”での経験も持つことができれば、僕なりの武器になる。両方を知ることで、内と外をつなぐこともできるかもしれない。

引退後、最初はサッカー界の中枢からオファーをもらっていたんです。 クラブチームじゃないので“外側”の世界かなと思いましたが、やっぱり業界として考えると“内側”。断っていいものか悩みましたが、やっぱりできる限り外に出てネットワークを広げていきたかった。

今このタイミングで外に出ていかないと、きっともう飛び出せない。 そんな気持ちでいろいろな企業の方と話していたとき、たまたまインターンに行った電通のサッカー日本代表に関わるクライアント担当の部署がひとを探していたんです。

僕にはビジネスマンとしてのキャリアはないけれど、選手として積んだキャリアを活かしていきたいと話すと、イチから教育するからうちに来てくださいと言っていただけて。電通に入ることを決断しました。

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電通に入社した外池さん。
「33歳という年齢もJリーガーとしての11年の経歴も、そんなの一切関係なしです(笑)。」
と話す、その詳細とは果たして……?

次回公開の【後編】では
・Jリーガー引退後のキャリア
・ツイッターを積極的に使う外池さんが考える「体育会学生×SNS」
・就活と部活とのバランスに悩んでいる体育会学生へのアドバイス

など、さらに内容を盛りだくさんにしてお届けします!

外池 大亮Daisuke Tonoike

元Jリーガー
現在:早稲田大ア式蹴球部監督/スカパー勤務

 

取材/アスリートエージェント 尾崎俊介
文/榧野文香


外池大亮 twitter
@tono_waseda

Tシャツ提供 ニューモード株式会社
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