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2017.08.23
ゆずれないこだわりを大切に持ち続ける。陸上競技・八木勇樹
インターハイや国体での優勝。出雲・全日本・箱根と、駅伝3冠。関東インカレ・日本インカレにて総合優勝。数々の実績を残されてきた八木さんですが、昔は走ることが得意ではなかったそう。
Profile
八木 勇樹(やぎ ゆうき)1989年10月生まれ
陸上競技選手。中学1年生から長距離を本格的にスタート。西脇工業高校、早稲田大学、旭化成にて次々と輝かしい成績を残し、2016年6月に株式会社OFFICE YAGIを設立。東京五輪でのメダル獲得のため競技に励みながら、陸上界に変革を起こすべく、YAGI RUNNING TEAMを発足。自身の競技力向上と共に市民ランナーのサポートを行う。

INDEX
陸上界の王道キャリアを歩んできて出てきた自分への問いかけ
―― 八木さん、走ることが得意ではなかったんですね。何だか意外です!
野球、サッカー、卓球、バレー……。
スポーツの盛んな小学校に通っていたので、色々やっていたんです。
でも、陸上はそんなに得意じゃなくて(笑)長距離なんて特に苦手で、マラソン大会では入賞もできませんでした。
ただ、走ることが嫌いではなかったんです。
速くなれるようにずっと自分で練習を続けて、中学では陸上部に入りました。
コツコツ走り続けて少しずつ伸びて、高校はスポーツ推薦で西脇工業に進みました。
高3のとき、外国人選手に勝って国体の完全優勝を果たすことができたんです。
2年でのインターハイと国体でも優勝したんですが、その時はあくまでも日本人としての1位。
外国人選手には負けていたので、3年目で勝てたことはものすごく嬉しかった。
―― 結果を出して早稲田大学へ推薦入学。そして旭化成の実業団に所属。いわゆる“エリート集団”の中で、八木さんはどんなことを感じていましたか?
僕、陸上選手として王道のレールを歩いていたんです。
西脇工業、早稲田、旭化成。
もちろんネームバリューで決めたんじゃなくて、あくまでも競技をする上での最善を選んでいただけ。
ただ、そこに乗っかっている自分でいいのかって少しずつ思うようになって。
自分が本当にやりたいことって何だっけ?このままの環境でそれを叶えられる?って。
将来、プロとして世界各地に遠征したい。
その夢を実現するためには、もっとチャレンジしなきゃ。
自分の走れる身体と上を目指すモチベーションがあるんだから、じゃあ、もう肩書きをゼロにしてやっていこうって思ったんです。
そのままでも良かったかもしれないけれど、自分で勝手に厳しい道を選びました(笑)
僕の人生なんだと腹をくくって肩書きをゼロに
―― 肩書きをゼロに。安定している場所を捨てるって勇気がいることだと思います。
旭化成を辞めたのが26歳のとき。
走ることで結果が一番出たときに離れるんだって決めていて、3年目の25歳になる春にしっかり結果を出せたので、よしこれでいいかなって。
でも葛藤はあったんです。
ここじゃない環境でやるのはいい。
でも、トレーニングはもちろん生活費だってかかってくるのに大丈夫かなって。
競技ができなくなったら本末転倒なので、正直、1年ほど悩みました。
―― 決められた理由は?
もう、悩んでいる時間がもったいないなって思ったんです。
僕がもともと陸上をはじめた原点は「誰よりも早く走りたい」。
じゃあ、それを追わなくてどうするんだって。
会社を辞めてスポンサーもつかなくて、競技を続けていくのが苦しくなっても、僕の人生なんだって腹をくくりました。
苦しくなったら自分が頑張ればいい。
それと、ゼロからやっていくことってきっと面白いなって思ったんです。
昔からずっと「エリートコースだね。」って言われるのも嫌だった。
僕はレールに従ってきたわけじゃない、進みたい道をしっかり選んできた。
だから今回もやりたいことのある方へ向かっただけ。
自分を深掘りして見えてきたランナーとしてやりたいこと
―― 強い想いがあったんですね。でも、ずっと陸上競技をしていての独立は戸惑いませんでしたか?何から始めていくか迷うでしょうし……。
さて、どうしようか?ってなりましたね(笑)独立する少し前に「自分をどう打ち出していくか」「これまでの経験をどう活かしていくのか」っていうのは考えていたんです。
やるからには陸上界のためになることをしたい。
分からないことだらけの中、とにかく思いつくことからやってみました。
まずはホームページを作って、ランニングチームを発足しました。
市民ランナーと実業団選手って、「走る」という同じ競技をやっているのにまるで接点がないんです。
それってもったいないですし、ちょっと寂しいなって思っていて。
自分自身の経験を活かしてランナーを繋げることができるんじゃないか、そんな想いでチームを立ち上げました。
世の中には何となくランニングを教えている人もいて、指導を受ける側からすると誰の何が正しいのかなんて分からないんです。
それを変えていきたい。
もっとちゃんと、走ることを丁寧に広げていきたい。
そんな話をしているうちに表参道のラボにも繋がりました。
- 今回のインタビュー場所でもある、表参道の『SPORTS SCIENCE LAB』。スタイリッシュな空間に、低酸素トレーニングマシンなどの充実した設備。
独立してから理解できた環境やお金の価値
―― これだけの施設をゼロからつくるの、きっと大変でしたよね。
物件探し、内装、設備工事、すべてに関わっていたので夜2時まで作業をすることもあって……。
不規則でしたし、競技者としては本当にありえない生活でした(笑)でも、食事や寝る時間をちゃんと意識できるのって、安定した環境があるからこそなんだって気付いたんです。
実業団もそうでした。
整っていて、守られていた。
自分で稼ぐってそうはいきません。
整っているものじゃなくて、自分で整えていかなきゃいけないもの。
初めの3ヶ月はとても苦労しました。
今は、自分の仕事だからそういうものなんだって腹落ちしています。
あと、自分の考えたこと、やったことでお金が入ってきて、新しく何かをやるときにそのお金を使っていくっていう流れが新鮮です。
責任感もありますし、お金の価値がこれまで以上に分かってくる。
ビジネス視点も持てるようになったし、少しずつ成長しているかな。
―― お金の重みがわかるアスリート。八木さんの強みですね。
本当にそう思います。
たとえば、スポンサー契約の金額の重みもこれまで以上に分かるようになりました。
独立するまでは、だいたいこのくらいかなっていう何となくの感覚だったんです。
でも、自分が経営をするようになってそのお金の意味も、その額を出してくださる大変さも理解できました。
「夢があります、だから応援してください!」っていう勢いだけじゃなくて、スポンサーにとってのメリットを嘘偽りなく伝える大切さもより分かって。
現実を見られるようになったし、今まで以上に感謝できるようになりました。
アスリートであり経営者、色んなプロのカタチがあってもいい
―― アスリートであり経営者。どちらにも力を注いでいる中で「ここは共通しているな」という部分はありますか?
こだわることかなって思います。
僕、走ることに対してものすごくこだわりがあるんです。
フォームとか練習法とか。
だからランニングチームでもとことん丁寧に教えたくて、少ない会員からコツコツと育ててきました。
独立してから「一緒にやろう」っていうお誘いもあったんです。
でも、目先の利益や単なる集客目的のものはすべて断ってきて……。
手っ取り早くビジネスを成功させたいなら、万人ウケするようなことをやればいい。
ただ、やっていることに本当に価値があるとか、僕たちにしか出来ないことじゃないと、お客さんはどんどん離れていってしまう。
それだと長い目で見たときに生き残っていけない。
走ることにこだわるように、ビジネスでもゆずれないこだわりは手放しちゃいけない。
それが共通していることかなって思います。
―― 走ることへの想いが伝わります。
競技ひとつで食べていける人。
それが僕のこれまで描いていた“プロ”だったんです。
でも、もしかしたらもっと色んな“プロ”のカタチがあっていいんじゃないかなって。
すべてを競技に捧げるのも、現実とのバランスを考えて他に仕事やビジネスをしながら競技を続けられる方法をとるのもプロ。
僕も、ただ食べるためなら普通に就職したほうが早いんです。
でも、やっぱり走ることが好きだから切り離せない。
だからこそ陸上界での価値を高めることに全力です。
最近はランニングイベントの企画もしていますし、「自分の価値って何だろう」「価値を高めるためには何が必要なんだろう」って常に考えて、提案しています。
経営者として会社をやっていく中でその思考はさらに強くなりましたね。
競技以外のことに目を向けると自分に足りないものが客観的にわかるようになる
―― アスリート、そしてビジネスマンとしてどんどん進化されている八木さん。これからの目標はありますか?
まず、東京オリンピックで金メダル。
誰よりも早く走りたいっていう小さい頃からの夢を突き詰めていきたいです。
ビジネスにおいては自分自身の価値を高めながら、若い世代への道をつくっていきたい。
彼らが色々な選択をできるようにしたいんです。
現役中もそうだし、引退してからも。
ただ、セカンドキャリアに関しては伝えたいことがあって。
10代、20代から仕事をスタートして苦労している人たちに対して、アスリートは自分の競技、つまり、“やりたいこと”をやってきたんだから、大変なのは当たり前。
何の努力もせずに「就職できない……。」「セカンドキャリアって大変……。」なんて、そりゃそうだよって思うんです。
今はサポートしてくれる企業も多いけれど、ただ困っているから頼らせてくださいっていうのはダメ。
今まで競技をやっていた感覚を一度リセットしないと。
陸上競技だと、箱根駅伝を走った人は注目度が高いし、現役中は許されることもたくさんある。
でも、それが当たり前って思い続けていると、世間とズレて正しいことが分からなくなります。
アスリートの世界って少し独特だし現実ってそんなに甘くない。
いつまでも少年のままじゃダメなんです。
―― 競技に集中しているとなかなか気付かないことかもしれません。現役選手たちはどんなことを意識すればよいでしょうか。
自分が引退した後のことを考えるのは悪いことじゃなくて。
競技生活を終えてから何をしたいか、そのためには今何が足りないかを分析して考えること。
24時間365日、アスリートはとにかく競技に集中すべきって言われることもあるけれど、僕はそんなことないって思っているんです。
集中することは大切だけど、競技に100の力を注いだから他のことがおろそかになるっていうのは言い訳で。
競技で100%の力を出しつつも、他のところでも頑張れるかどうか。
勉強とか、人に会って情報収集するとか。
アスリートは誰だって自分が打ち込んでいる競技に真剣。
僕もそうです。
でも、競技以外に目を向けることで自分に足りないものが客観的に分かるようになってくる。
それを埋めるために努力することで、競技の質を高めることにも繋がるんです。
▲八木さんのモットー。丁寧に進めることの大切さを教えていただきました。
取材後記
世界で走りたい。その夢に向けて今後はさらに海外でのレースに挑むことを教えてくれた八木さん。「アスリートとして活躍することで、会社のこともやりたいことも発信できる。」そうお話される八木さんの表情は走ることが大好きな少年で、でもきりっと引き締まった顔つきが経営者。まさにビジネスアスリートでした。
「僕たちアスリートは今いる世界がすべてじゃない。もっと外にも目を向けて。そのときの新しい感覚がきっと成長になっていくよ。」

八木 勇樹Yuki Yagi
陸上競技選手(プロマラソンランナー)
現在:ランニング施設経営
八木勇樹オフィシャルサイト
http://www.yagi-project.com/
『SPORTS SCIENCE LAB』
https://sslab.tokyo/
取材/アスリートエージェント 小園翔太
取材・文・編集/榧野文香
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