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深井 脩平 / Shuhei Fukai   サッカー選手|現在:現役プロサッカー選手

「気づき」「発見」は選手を成長させる。Jリーガー・深井脩平に学ぶ、“聞く力”の大切さ

あなたは、アスリートとして、あるいは学生や社会人として成長するために、どんなことに取り組んでいますか?

競技なら練習に打ち込み、勉強なら本を読んで筆を走らせる。ジャンルによって、さまざまな方法があると思います。

そんな中で、人に話を聞くことで新たな世界が開け、サッカー選手としてだけでなく、一人の人間としても成長できたと話すアスリートがいます。現役Jリーガーの深井脩平選手。

彼は北陸大学卒業後、J3のブラウブリッツ秋田を経て、昨シーズンより、いわてグルージャ盛岡でプレー。182cmという体格を生かした強いフィジカルで活躍を続けてきました。

深井選手は、人とコミュニケーションを取ることによって、どのようにして人生の活路を見出してきたのでしょうか。その真意に迫ります。

Profile

深井脩平(ふかい しゅうへい)1993年7月20日生まれ
埼玉県出身のプロサッカー選手。大宮アルディージャのジュニアユース、ユースを経て、北陸大学へ進学。大学在籍中にツエーゲン金沢の特別指定選手となったが、2016年にブラウブリッツ秋田に加入した。翌年には24試合に出場し、J3初優勝に貢献。2019年からは、いわてグルージャ盛岡に加入し、J2昇格を目指す。

  “唯一の武器”で切り拓いたユースへの道

―― 現役のJリーガーとして、現在はJ3のいわてグルージャ盛岡でプレーされている深井選手。サッカーを始めたきっかけを教えてください。

小学校3年生の頃、仲が良い友達から「一緒にサッカーやらない?」と誘われたのがきっかけです。僕の出身は埼玉県なんですけど、地元のサッカー少年団に入って、小学6年生までプレーしていました。

卒業後は、中学の部活動でサッカーを続けようと考えていたのですが、同級生が大宮アルディージャのジュニアユースのセレクションを受けると聞いて、僕も「強いチームに行った方がいいのかな」と意識し始めたんです。それで、同じく強豪の浦和レッズのジュニアユースを最初に受験したんですけど、倍率が約600倍というかなりの難関で(笑)。案の定すぐに落とされてしまいました。

そうしたら、周りから「レッズなんて受かるわけないじゃん」ってバカにされて。それがめちゃくちゃ悔しくて。だから「今度こそは」とアルディージャを受験して、なんとか合格することができたんです。

―― 大宮アルディージャも強豪ですから、周りは上手い人ばかりだったのではないですか?

そうですね。入団当初は全く練習についていけなくて。何度も辞めようと思いました。だから中学3年生まで試合にはほとんど絡めなかったですね。一応、僕は小学6年生の時点で身長が168cmと大きかったので、中学2年生の頃にはFWとして出場する機会も少しだけあったんですけど、結果は出せず……。監督からは「お前には何も期待してない」と言われてしまいました。

それ以来、FWとして機能しなかったことから、徐々にポジションが下がってきて、中学3年生からはセンターバックをやるようになっていました。

そして、最後の夏の大会でスタメンの選手が大怪我をして出られなくなったんです。代わりに僕が秋の全国大会に出場させてもらって、たまたま結果を出すことができました。すると、大会後の三者面談で監督が「ユースに来てほしい」と話してくださって。はじめて僕を評価してくれたんです。自分としては願ったり叶ったりだったので、「お願いします」と即答しました。

―― ユースに上がれた要因というのは、ご自身ではどう分析されていますか?

競り合いや、1対1の勝負強さがあったからだと思います。僕は当時、身体も大きくて、足も速く、ジャンプも高かったんですけど、精度の高いキックやポゼッションは全くできなくて。選手として何も長所がなかったんですよ。でも練習中に競り合いをしていると、他の選手に負けてない自分がいて。「あ、これなら勝てる」と武器を見出せたのが、秋の大会での好プレーに繋がったのだと思います。

  反骨心で育った「折れない心」

―― 自分の生きる道を見つけることができたのですね。ユース昇格後はいかがでしたか?

ユースになると、トップチームとBチームに分かれるのですが、僕は高校3年生になっても後者で活動することが多く、チャンスには恵まれませんでした。最後の夏の大会あたりからスタメンで出るようになりましたが、周りが年代別の代表に選ばれるような選手ばかりで、僕がボールに触るとリズムが狂うからと、あまりプレーに絡ませてもらえませんでしたね(笑)。

―― そんな扱いを受けたら、自信を喪失してサッカーを辞めてもおかしくないと思いますが…。

確かにそうですね。振り返ってみても、ジュニアユースに入団してすぐに自信をへし折られ、ユースでも自分の実力が全然通用せず、チームメイトからは下に見られて……。ずっと周りからバカにされ続けてきました。でも諦めるのではなく、「みんなを見返してやりたい」という反骨心はつねに持っていたんです。

それに下手なのは自覚していましたし、監督からは「競り合い、凄い良いね」と言われていたので、そこだけは絶対に負けないよう意識して取り組んでいましたね。

  競り合いの強さで掴み取ったプロへのチャンス

―― 学生時代から自分のことを理解し、受け入れていたのですね。プロになって見返そうという思いもあったのでしょうか?

もちろんありました。ただ、さすがに大宮アルディージャのトップチームに昇格することは叶わなかったので、大学への進学を決意しました。ですが、周りの選手がサッカーが強い大学に推薦されていくなか、僕は関東の大学に絞ってセレクションを受けたのですが、うまくいかず……。そんな時、中学時代に仲の良かったDFの友達から、石川県金沢市にある北陸大学への誘いを受けたんです。

実際に練習に参加してみたら、すごく環境がよくて。サッカー部の監督にも「是非うちの大学に来て欲しい」と言ってくださったので、同大への進学を決意しました。

―― プロ入りが現実味を帯びてきたのはいつ頃ですか?

大学4年生の頃ですね。当時はJリーグのクラブと練習する機会も多くて、アルビレックス新潟の川又堅碁選手や鈴木武蔵選手らと対戦をしていたんです。そういった有名な選手と競り合った時もけっこう勝てていたので、よりプロを意識するようになりましたね。

でも、なかなかオファーがこなくて。徐々に焦り出した僕は就職の道も考え始め、公務員になることも視野に入れていました。大学の授業にはあまり力が入りませんでしたが(笑)。

それでも2015年の天皇杯1回戦で、ジュビロ磐田を相手に良い試合をすることがきました。0-1で負けはしましたが、僕自身、すごく調子が良かったんです。その試合を観ていたモンテディオ山形のスカウトから練習参加に呼んでいただいて、加えてツエーゲン金沢からも強化指定選手として声をかけていただきました。当時モンテディオ山形はJ1に所属しており、チャレンジしたい気持ちがありましたが、長期的に練習に参加できるというのもあり、ツエーゲン金沢でお世話になることを決めたんです。

  自分の特徴を生かしたプレーを。プロの世界で戦い続けるために

―― その後、正式にプロとして入ることはできたのでしょうか?

一度、ツエーゲン金沢のセンターバックのレギュラー陣が怪我をして、チャンスが巡ってきたことはあったのですが、結局、ツエーゲン金沢への入団は叶いませんでした。

ですが、それと同時にJ3やJFLなど複数のクラブから声をかけていただき、どのクラブもすごく熱心に誘ってくれました。その中でも、特に僕を必要としてくれたブラウブリッツ秋田にお世話になることにしました。

―― 深井選手のことをすごく評価してくださったのですね。ただ、3年間プレーしたのち、2019年からは、いわてグルージャ盛岡に移籍されていますよね? 入団後の3年間で何があったのですか?

秋田では入団1年目から試合に出させてもらって、翌年にはスタメンに定着してJ3初優勝に貢献することができたので、2018年も変わらずレギュラーとして出場できると思っていました。しかし、フタを開けてみれば年間2試合しか出ることができなくて…。シーズン終了後には戦力外通告を受けてしまったんです。

その後、トライアウトを受けて、良い条件を提示してくれた、いわてグルージャ盛岡に入団することを決断しました。僕は移籍の際に、「試合に出られる」こと、「これ以上カテゴリーを下げない」ことの2つだけは決めていたので。

そして2019シーズンは24試合に出させてもらい、大きな手応えを感じ、再び自信をつけることができました。今季は大型補強もあってスタメン争いは熾烈ですが、その中でもポジションを勝ち取って、さらに上を目指していきたいと思います。

―― サッカー選手を含めプロアスリートは、いつ「戦力外」を言い渡されるかわからない状態で毎年戦っていますよね。そういう組織の中で生きていくための戦略というのは、なにか考えていることはありますか?

自分の特徴を生かすことは意識しています。僕のような左利きのセンターバックは珍しく、自分だからこその強みを持っている。競り合いの強さもそう。たとえポジション争いの相手がどんなにすごい選手でも、自分の武器を理解し、発揮できれば生き残れると思うんです。見てくれている人は必ずいるので、特徴を生かしたプレーをすることは心がけていますね。

  はじめに失敗するのは当たり前! リスクと感じず挑戦してほしい

―― 深井さんは、学生時代から自分の強みであるフィジカルを磨き続けたからこそ、逆境を跳ね返し続けることができた。プロになっても、気持ちが折れたことはないのですか?

実は、2018年に秋田でスタメンで出られなくなった時に気持ちが切れてしまって。メンタルの弱さを痛感していたんです。「このままじゃマズイ」と思った僕は、北陸大学のサッカー部の後輩が、コーチングやメンタルトレーニングでサッカー選手を指導をしていることを知り、会っていろんな話を聞きました。それがすごく大きくて。気持ちの整理もつくようになり、自分でメンタルトレーニングも取り入れるようになりました。

―― 自分の中だけで考えるよりも、人の話を聞くことで解決すること、新たな発見をすることって多々ありますよね。

そうなんです。だからそれ以降、クラブのチームメイトやサッカー関係者、他の競技者やビジネスマンなど、いろんな業界の方々に話を聞くようになりました。僕はサッカーの世界から一歩出たら、何もわからない世間知らず。基本的な礼儀作法とか、名刺交換のようなビジネスマナーすら知りませんでしたから。なので、さまざまな講演会や交流会に参加し、新しいことを取り入れるようになったんです。自分が知らないことを知るって、すごく面白くて。最近はサッカー以外のことにも興味を持つようになりました。

―― それを踏まえて、最後にこれから社会に出ていく体育会学生たちにアドバイスをお願いします。

アスリートの方は、チームの選手や監督・コーチとしっかりコミュニケーションを取ってほしいですね。僕の場合、毎試合必ずプレーの映像をもらうようにしてるんですけど、それをスマホに保存して研究したり、他の選手やコーチに「これどう思う?」って聞いているんです。いろんな意見を聞くことで気づくことはたくさんありますから。

あとは、自分の好きなことや得意なことを見つけたら、とにかく継続してください。僕は下手くそでも、サッカーを続けてきたことで仕事になりましたし、得意な競り合いで勝負し続けたからこそ自分の生きる道を見出せた。まぁ、ポゼッションはもっと勉強しておけばよかったな、とは思いますが(笑)。

それに、どんなことでも最初はうまくいかないのは当たり前です。僕は「スポーツでも、就職でも、はじめは失敗するだろうな」と思っているので、挑戦することにリスクは感じていません。その方がチャレンジしやすいと思うので。だからみなさんにも、進みたい道に進んで、たくさん挑戦してほしいですね。

  取材後記

深井選手は2020シーズン、いわてグルージャ盛岡でJ2昇格を目指し戦います。今はまだJ3ですが、一歩一歩、着実に歩みを進め、最終的に見据えているのはJ1の舞台。そのためならば、失敗を恐れることは何一つありません。

僕は失敗しても、失敗とは感じない。なぜなら、その失敗は、その先にある成功の後押しとなるから

挑戦し続ける人は、さまざまな経験・学びの先に、大きな成長を遂げていく。それを期待させる深井選手のキャリアを、今後も追いかけ続けていきたいですね。

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深井 脩平Shuhei Fukai

現役プロサッカー選手

取材・文・写真/瀬川泰祐(スポーツライター)

取材協力/高野台ホーム

著者Profile
瀬川 泰祐(せがわ たいすけ) 1973年生まれ。
北海道旭川市出身の編集者・ライター。スポーツ分野を中心に、多数のメディアで執筆中。「スポーツで繋がる縁を大切に」をモットーとしながら、「Beyond Sports」をテーマに取材活動を続けている。 公式サイト | note | Twitter

Tシャツ提供 ニューモード株式会社 https://newmode0209.fashionstore.jp/

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