2018.06.13

「人生楽しんだもん勝ち!」をおもてなしの世界で体現する。競泳・山口美咲

「……本当にここが東京?」

心地よい静けさに、落ち着いた雰囲気。
和服姿のスタッフによる、丁寧な対応。

畳の香り、あたたかな照明。
まろやかに流れていく時間。

星野リゾートが運営する
日本旅館「星のや東京」。
今回取材するビジネスアスリートの職場です。

オリンピックにも二度出場した山口さん。
プールに何度も飛び込んできた彼女が
次に飛び込んだのは“おもてなしの世界”でした。

Profile

山口 美咲(やまぐち みさき)1990年1月生まれ

元競泳選手(自由形)。2008年北京オリンピック4×200mフリーリレー、2016年リオデジャネイロオリンピック4×100mフリーリレー出場。引退後、2017年4月に星野リゾートへ入社し、東京・大手町の日本旅館「星のや東京」にて勤務。大切にしているモットーは、人生楽しんだもん勝ち。

 
オリンピックを目指して地元長崎から大阪へ

―― 山口さんの水泳との出会いはいつでしたか?

生後10ヶ月です。両親がコーチをするプールでベビースイミングからのスタートでした。

中学生になったとき、兄が陸上部と水泳部のどちらに入るか悩んでいて。

当時の私って兄のことが大嫌いだったんです。

唐揚げを多く食べられたり、ジュースを多く飲まれたりして(笑)。

兄が陸上部を選んだので私は水泳部に入って、小学5年生のときにちゃんとスクールに入りました。

そこから水泳人生が本格的に始まりましたね。

―― きっかけは唐揚げで(笑)。オリンピック選手を多数輩出している、名門のイトマンスイミングスクールご出身とのことで。

大阪のイトマンからオリンピックを目指さないかと声をかけてもらっていたんです。

でも、母親とコーチが私の耳に入る前に断っていたんですよ。

まだ14歳の娘を手放したくない母の想いと、長崎という田舎から全国大会にも出ている教え子を渡したくないコーチの想いとで。

もう、大げんかでしたね。

この間、当時の気持ちを殴り書きにしたノートを発見して!めちゃくちゃ笑いました(笑)

▲当時のノート。ご両親を想う気持ちと、大阪イトマンに行きたい望みとの間で揺れる山口さんの心が、筆ペンで力強く綴られています(山口さんに掲載許可をいただいています。)

母親に「そんなに行きたいなら、来年もう一度誘ってもらえるような結果をあんたが出しなさい。」って言われて。

めちゃくちゃ悔しくて、気を引き締めて練習に励みました。

アテネ五輪の選考会では自己ベストを出して、全中(全国中学校体育大会)でも優勝をしたんです!

翌年、大阪のイトマンに入りました。親とコーチには事後報告です(笑)

 
『自分ルール』で限界を超えて、自己ベスト大幅更新

―― 地元長崎を離れ、大阪へ。がらりと環境が変わったかと思います。

それまで順調だったのに、高校2年生くらいから自己ベストがまったく出なくなって。
オリンピックを目指すと張り切っていたのにスランプに陥って……。

今までより練習環境も内容もいいし、全国優勝やオリンピック出場レベルの選手たちのなかにいるのにどうしてだろうと悩みました。

そうして気づいたのが、ずっと常に持っていた『自分ルール』がなくなっていることでした。

小学生の頃は、たとえば、体力づくりのために休み時間に鉄棒にぶら下がりに行く、大好きなハッピーターンは1日1本までにする(一同「でも食べるんですね(笑)。」)、大好きなドッヂボールを友達とやっていても途中で切り上げてプールに向かう。

自分との約束事がちゃんとあったんですよね。

高校生になった途端、あれもこれもと追われてしまったんです。

寮生活での掃除や洗濯、他の選手との人間関係、先輩との上下関係、勉強や小テスト。

スケジュールも頭の中もいっぱい。

『自分ルール』がどこかに行ってしまって、もう一度つくらなきゃと思いました。

そのタイミングで、保健体育の先生が「人間が成長するのはな、限界からやねんで。」と教えてくれたので『自分ルール』にも取り入れました。

当時、同じクラスに入江陵介選手など強い選手もいるなかで、彼らより一歩、二歩、頑張る。

腕立て伏せ10回ならしれっと12回やるし、きついところから踏ん張って、もう無理っていうところからさらに。

そうしたら翌年に自己ベストを大幅に更新することができたんです。

2008年の北京オリンピックには4×200mのフリーリレーで出場ができて、2009年9月の国体では100m自由形で日本記録を出すこともできました。

―― 自分との約束を果たすことで目標を叶えられてきたんですね。現役時代、他にも大切にしている考え方はありましたか?

ポジティブな変換ですね。

アメリカに40日間滞在して練習していた時期、コーチも選手も本当に前向きで。

どれだけ厳しい練習でも「やっばいね〜!でも美咲だったらできるよ!」っていうテンションなんですよ(笑)。

日本だったら、ええっ……。と肩を落とすような練習もアメリカの選手たちはいつもプラス思考で、楽しむんですよね。

コーチもそうで、結果がボロボロだった試合後に「美咲、15m地点での泳ぎがとてもよかった!」って褒めてくれたり、励ましてくれたりして。

そっか、何でもポジティブに捉えたらいいじゃないって。

明日はきっとできる、次の大会ではもっといい泳ぎができる。

そうポジティブに考えた上で全力を尽くす。もしその結果がよくないのであれば、その事実を受け入れて反省し、次にすべきことを考えればいい。

アメリカでの経験も私にとって大きな学びになりました。

 
ここ一番の決断は、自分自身の意志で

―― 2016年のリオオリンピックにも出場され、現役人生を終えられます。引退はいつ頃から考えられていたのでしょう。

実は、引退はリオへの出場が決定した時点で決めていました。

これから先の人生の方が長いと分かっていましたし、やっぱり競技人生を終えたあとのセカンドキャリアは不安でしたね。

だから自分が何をしたいかイチから見つめ直そうと、ノートにやりたいことや好きなものを書き出していきました。

今までアルバイトも制限されてきたので、いろいろと溢れて。

着物が好き、旅館が好き、サービス業に関わりたい、ウェディングなど人生一度の大切な瞬間に携わりたい、人を笑顔にする仕事をしたい。

そのすべてを備えていたのがこの会社、星野リゾートだったんです。

そうして引退前から少しずつ動いていました。

結果、去年の4月に星野リゾートへの入社を決めましたが、周りからは「厳しい職場でしょう。」とか「どうしてそこに行くの?」とか、いろいろ言われました(笑)。

水泳関連の就職の話もいただいていたので、どうしてそっちを選ばないのかと。

でも私は、星野リゾートで仕事をすることが自分の価値をさらに高められると考えて選んだんです。自分の意志です。

それに、水泳以外の世界をもっと知りたいという好奇心もありました。

視野を広げたいし、成長したい。

星野リゾートに入社された山口さんは
現在、東京・大手町の「星のや東京」に勤務され
質の高いおもてなしを、お客さまへ日々届けています。

▲ 「和のおもてなし」を世界に発信する日本旅館。
玄関で靴を脱ぎ、畳にあがるという日本の生活文化を継承。世界に認められる「和のおもてなし」を日本人にも海外から訪れる方にも体感いただき、その哲学を世界に発信する。

―― 強い意志を持って、ご自身を信じて入社されたんですね。ただ、実際に入ってみるとおそらく多くの苦労もあったのではと。

まず、英語ですね。

今も続けて苦労していることですが(笑)。

「星のや東京」はじめ、星野リゾートの施設には海外からのお客さまも多くいらっしゃるので、英語はとても身近な言語です。

もっと上手く話せるようになりたいと、日々奮闘しています。

ただ、入社してすぐの頃は日本語も苦労しました。

敬語を使っていたつもりだったけれど、本当に“つもり”だったんだなと気づかされましたね……。

求められるレベルも高いですし、ロールプレイングでも厳しく指導されました。

あまりにできなくて話すことが怖かった時期も(笑)。

それから所作も。

今まで何も気にしてこなかったので「美咲さん、足を閉じて。手を閉じて。」と何度も注意されましたね。

私って本当にできないんだなと思い知らされましたし、教えてもらえること自体がとても幸せなことです。

 
「やりたい」を実現できる環境で、大切にしている「楽しむ心」

―― 現代表の星野佳路(よしはる)氏が掲げる「フラットな組織文化」。山口さんが仕事をするなかでどのように感じられますか?

「やりたい!」と提案したら、話をちゃんと聞いてくれる。

やってみようと言ってくれる。

星野リゾートはそういう会社です。

先輩だから後輩だから、入社が先だから、そんな雰囲気は一切なく本当にフラット。

だから、私もゆくゆくは面白い企画や新しい事業を立ち上げたいなと考えています。

その先駆けじゃないですが、先日、腰痛体操を企画して実施したんです。

仕事柄、スタッフは重いものを持ったり運んだりしますし、ほとんど立ちっぱなし。

腰が痛くなることもあります。

そういうときの効果的な体の使い方、ストレッチの仕方をスタッフに教えました。

オリンピックに帯同したトレーナーも監修してくれて、内容を一緒につくって。

―― すでに新たなアイデアがどんどん浮かんでいますね(笑)。

そうですね(笑)。でも、もっとやりたいんです!
ゆくゆくはアスリート事業部とかも立ち上げたいですね。そこでいろいろ企画もして。

人事やブライダルも気になっています。ひとのサポートをしたい、ひとに何かを教えたい、人生の大切な瞬間に携わりたいという私の想いに沿っているので。

何をやるにしても、もちろんまずは「星のや東京」で現場のことを学んで、このなかの仕事をできるようになること。

あと、どこに行っても敷居が高いと言っていただくことが多く、もちろんお褒めの言葉でもありますが、私が星野リゾートの魅力を発信することでお客さまとの距離をより近くしたいです。

―― 山口さんものすごく楽しそうですね。競技と仕事では使う体力が違って大変だと言うアスリートもいますが。

楽しそうというか、楽しんでいるんです。

楽しみながら取り組むと、仕事に慣れるのも早くなりますよね。

慣れると気づきや工夫が増えるので、またさらに楽しくなります。

競技と違ってつらい、大変だと言う方は、楽しむことができていないのかなと。

もしかしたら、やりたいことと今やっていることがイコールじゃないのかもしれません。

私、やりたいこととやっていることがちゃんと繋がっているんですよ。

それと、現役時代から目標が定まるとアクションが速くて。

オリンピックという目標を決めて、現状を把握して課題を見つけて、解決するまでのプロセスを考える。

ゴールまでのスケジューリングを1日単位で細かくやっていました。

この仕事でも目標を決めたら絶対に期日までに間に合わせています。楽しみながら。

 
自分の興味に飛び込むことが、好きなことを見つけるコツ

―― 水泳で培ったものを今も存分に活かしているんですね。当時は『自分ルール』もありましたが、仕事でもあるのでしょうか?

無遅刻、無欠席。とてもシンプルですが、大切なことです。

この仕事は日々シフトがあって、それも遅番・早番という単純なものではなく、細かく時間が刻まれているんですね。

スタッフ一人ひとり時間も業務内容もまったく違いますし、お客さまあっての仕事ですから前日にスケジュールが変更になることもあります。

ひとり欠けるだけで大変になるからこそ、無遅刻、無欠席。

あとは、どんどん社外に出ていくことも意識しています。

イベント登壇、講演会、交流会など、声をかけていただくものはできるだけ参加して。

さまざまな出会いがありますし、どうして星野リゾートに入社したのかと興味を持っていただくことも多くて、それをきっかけにコミュニケーションが発展していくことも嬉しいですね。

それから、何ごとにも恐れず挑戦すること。自分自身の世界をどんどん広げていくために。

この前、第二種衛生管理者の資格を取って、今は着付け教室に通っています。

その資格も取得できたら、また次のことをやってみようかなとわくわくしています!

―― 新たなことにチャレンジし続ける山口さんからぜひ、現役アスリートへのエールをいただけますでしょうか。

人生楽しんだもん勝ち、です!

一度きりの人生だからこそ何ごとにも全力で臨む。

そうすれば楽しむことができるよという意味です。

現役時代もありったけの力を注いで楽しんだほうが、やっぱりいいパフォーマンスができました。

競技も仕事も、思いっきりやって味わう心を持つこと。

そのなかで、自分の気持ちがあがる瞬間を見つけることも大切です。

何をやっているときが楽しいのか、嬉しいのか、しあわせなのか。

自分の気持ちは自分自身にしか分からないですし、親やコーチに決められるものじゃないからこそ。

―― 自分の好きなことが分からないという方もいます。楽しいことを見つけるコツって何だと思いますか?

何かいいな、惹かれるなと思ったことをとにかくやってみることです。

そもそも興味を持つこと自体、自分の心の動きですよね。

興味のないものには惹かれることすらないじゃないですか。

だから、少しでも「いいな」「やってみたいな」と思うことは、実はそれが好きだったり潜在意識と関係していたりするのかなって。

今、夢がないと言う小学生もいますが、どのような職業がどれくらいあるかをまだまだ知らないでしょうって。

だからこそ自分の心の動きにアンテナを張って、興味を持ったことをやってみたり調べたりすることが大切だと思うんです。

「まあいっか」で終わらせずに飛び込んでみる。そこには必ず気づきがありますから。

 
取材後記

「毎日ここに来るのが、ここで仕事をするのが
本当に楽しくて仕方ないんです。」

取材中も、終えたあとも
ずっとにこやかにそう話していた山口さん。

星野リゾートが、そして「星のや東京」が
心から大好きなんだなぁと伝わってきて
気がつくと、こちらも顔がほころんでいて。

目の前のことに思いっきり力を注いで楽しむ。
そうすると笑顔がつながっていくんですね。
自分の笑顔が、目の前のひとの笑顔になる。

今、あなたはどんなことを楽しんでいますか?
どんなことに興味がありますか?


山口 美咲Misaki Yamaguchi

元競泳選手
現在:星野リゾート「星のや東京」勤務

取材/アスリートエージェント 小園翔太
取材・文/榧野文香

星野リゾート 公式サイト
https://www.hoshinoresorts.com/

Tシャツ提供 ニューモード株式会社
https://newmode0209.fashionstore.jp/

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