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2017.09.14
自分らしい道を選択して進んでいく。競泳・加藤和
高校新記録、日本選手権での優勝、そしてオリンピック出場。輝かしい実績を残されてきた加藤さん。
強気で勢いのある方かなと思っていましたが、お会いするととっても温和。そして「私でいいんですか?」と、ものすごく謙虚。和やかな取材となりました。
Profile
加藤和(かとう いずみ)1990年3月生まれ
元競泳選手。高校3年時に400m個人メドレーで高校新記録を樹立。山梨学院大学に編入後、2012年の日本選手権では200m個人メドレー自己ベストで優勝。同年、ロンドンオリンピック代表に。現在は、ネイリストとして仕事をしながら、プールイベントやレッスンなどを通して水泳界への恩返しにも励んでいる。
INDEX
スクールの全国大会での好成績が水泳を本格的に取り組むキッカケ
―― 水泳はいつからスタートされたんですか?
小学1年生からです。
先に兄がやっているのを見て、私もやりたいって言ったらしくてスクールに入りました。
5年生になって選手コースに進んで。
すぐにオリンピックを目指すようなものじゃなくて、まずは大会に出たいっていう人が入るコースです。
そこから練習をたくさんやって、少しずつ試合に出るようになりました。
―― その頃から「よし!水泳を本格的にやろう!」と思ったんでしょうか。
いや、実はバスケと迷ったんですよ。中学生になる前に。
両親が昔バスケットボール選手で、母は日本代表にもなっていて。
なので、バスケをやってみたら伸びるかもしれないよって人に言われることがあって。
水泳をやりたいけど、何だかバスケも捨てがたいなぁって悩んでいて。
選手コースにあがってすぐにスクールの全国大会があって。
その時のタイムがジュニアの全国大会の標準タイムを切っていたんです(笑)入賞もできたので、もうこれは水泳をやるしかないなって。
それで中学からも水泳をやることに決めたんです。
―― 切っていた、と軽くおっしゃいますが、すごいことです(笑)学生時代の戦績はどうでしたか?
中3のときに全国大会で優勝しました。
高1のインターハイでは入賞して、高2で初めて日本代表になることができたんです。
当時の同期には、入江陵介(いりえ りょうすけ)がいましたね。
北島選手もいたし、テレビで見たことある人たちがいるなぁって(笑)本当にすごかったですし、貴重な体験だったなぁと思います。
福島出身オリンピック選手を目指してロンドンオリンピック出場を果たす
―― 黄金時代ですね。学生のときに北京オリンピックの選考会もあったとか。
短大1年生のときです。
あと少しのところで選ばれなくて、どん底まで落ちましたよ。
周りのみんなは「加藤なら行けるよ」って応援してくれていました。
でも、ダメだった。
私自身が、絶対に行ける!行くんだ!と強い気持ちを持っていたら、選ばれたんだろうなって。
自分の心の弱さを痛感して、本当に落ち込みました。
もう辞めようかなって思ったくらいだったんですけど、どうしても諦められなくて。
心残りがあったんです。
あと、地元福島から水泳でオリンピック選手になった人がいなかったので、私こそはって思っていたんです。
北京オリンピックに行けなくて、どうしようって考えていたら山梨学院大学の監督さんに「ウチに編入しておいで」って言ってもらって。
福島で頑張ってダメだったら外に出ようって考えていたので、よし行くぞって(笑)2年生から編入して、4年生のときにロンドンオリンピックに出ることができました。
そこで引退しましたね。
全力で取り組んだからこそ後悔がなく引退できた
―― やめようと考えたキッカケって何だったんでしょうか?
正直、もうキツくって。
身体もメンタルも。
やるなら4年は続けて次のオリンピックでメダルを獲りたい。
でも、ずっと抱えていた腰痛もひどくなってきて、この状態でもうあと4年やるのかな……って考えると、またオリンピックに挑戦しようという気持ちが膨らまなかったんです。
ロンドンでの試合を終えて、現役引退を決めました。
―― 世界で戦うこと、競技、メダル、色々と未練が残りそうですが……。
未練はまったくなかったです。
色々と考えましたが、最終的にはさっぱりと「やめよう!」って思えました。
ロンドンオリンピックで世界のレベルを目の当たりにして、自分のレベルも痛感して。
やれることは後悔しないようにやったと胸を張って言えたので、私の選手生活はここまでかなって。
やり切りました。
今の今まで戻りたいと思ったことも、一度もありません。
引退して1、2年くらいは、試合を見ると「大きな舞台でまた泳いでみたいな」となりましたが、ピリッとしたあの独特の緊張感はもう耐えられないなぁと正直思いました。
ニューヨークへの語学留学、そして就職へ
―― さっぱり、きっぱりと終えられたんですね。引退後はどんなことを?
まず、ニューヨークに語学留学をしました!
オリンピック後に水泳を続けるかどうか決めたかったので、引退してからのことは真剣に考えられていなかったんです。
でも留学はずっと興味があったから、一回ちょっと行ってくるって言って。
語学学校とか行って普通に生活していましたね。
一年くらいで帰ってきて、さてこれから何しようかなぁって。
とりあえず一回就職しようって決めたんですよ。
それで、24歳のときに大手の脱毛サロンでエステティシャンとして働き始めました。
楽しくてやりがいはありましたが、お客様の笑顔をより引き出せる仕事をしたいと考えるようになりました。
あと、体力仕事だったので体調を崩してしまって。
身体を悪くしてまで働かなくてもいいかなと、ちょっと悩みましたが、退職したんです。
―― 加藤さん、ためらいがないですよね。そう思えない人も多いじゃないですか。どれだけ辛くても「やめたらもう次がない」って考えたりして。
んー……何とかなると思います!私、何とかなりましたし!(一同笑い)
ネイリストの仕事に加え、水泳やスポーツ関係の仕事にも携わる
―― 今はどんなお仕事をされているんですか?
ひとつはネイリストです。
ニューヨークに行く前に、ちょっとネイルの学校に通っていたんです。
興味があったので、勉強してみようかなって思って。
ずっと担当してもらっていたネイリストさんに相談したら、彼女が卒業した学校が近くにあるって教えてくれたんです。
ただ、資格を取りきらずに留学してしまって。
そうだ、ネイルの仕事を通してお客様の喜んでいる表情、笑顔を見られるかもしれない。
そう考えていたら、知り合いから今のネイルサロンを紹介してもらったんです。
中途半端になっていた資格もちゃんと取って、今は週3日ほどサロンで仕事をしています。
―― 水泳やスポーツ関係のお仕事もされているそうで。
日本水泳連盟や先輩方からオファーされるイベントに関わっています。
あと、年に数回ですがイベントに呼んでいただくときは関わらせてもらっています。
この間は福島県の室内プールのオープンイベントに呼んでもらって。
今度はまた別のプールイベントに行ってきます。
それから、週1回ジムで会員さん向けのグループレッスンをしています。
紹介をもらって個人レッスンをするときもありますね。
それと、日本サッカー協会が主宰している「こころのプロジェクト」で、夢先生というのをやっています。
各界で日本代表として活躍する選手が「夢先生」として小学校の教壇に立って、生きる上で夢や目標を待つことの大切さを伝えるプロジェクトですね。
自分なりのやり方を崩さず、自分の道を進んでいきたい
―― 好きなことを仕事にされているって素晴らしいですよね。これからの目標って何かありますか?
うーん、このままの感じでいけたらいいかなって(笑)私すごく幸せなんです、今。
ネイルの仕事が好きだし、水泳にも関わることができているし、あー幸せだなぁって思うんですよ。
気持ちも落ち着いているし、しばらくはこのままやっていきたいです。
あ、でも、ネイルをやる時間をもうちょっと増やしてネイリストとして成長したいかな。
いずれトータルビューティーサロンも出したいな。
いずれ、ですよ(笑)あと、水泳に恩返しを続けていきたいですね。
私よりずっと活躍された方も多いし、私にできることは少しだけど、求められているうちは応えていきたいなって。
周りから「選手時代と同じくらいの頑張りを今やっているの?それでいいの?」って言われても、私は「いいです」って言えます。
がむしゃらに水泳をやっていた頃は、自分をとにかく追い込んでいくっていう頑張り方でした。
ただ、頑張り方って色々あるから、それと同じじゃなくてもいいと思うんです。
今はガツガツするよりも、肩の力を抜きながらっていう感じ。
頑張っていないわけじゃないんですよ(笑)
- 加藤さんってどこまでも自然体。やわらかい雰囲気に、こちらもついリラックスしてしまいます。「自分らしさ」のヒケツが知りたくなってきました。
何だろう、好きなことを自分の好きなようにやったらいいじゃん!って。
たとえば、私、水泳の練習スタイルに関してはこだわりがあったんですよ。
速く泳ぐために必要だと思ったことは、他の人がやっていなくてもやっちゃう。
信頼しているコーチが「泳ぎ」っていうものをずっとマンツーマンで教えてくれたからこそ、自信を持ってやれることなんですけどね。
それなりにちゃんと調和はするべきかもしれないけれど、仕事にしても競技にしても、絶対に譲れない自分のやり方っていうのは崩さなくていいと思います。
結果を出すことが一番大切ですから。
今も、「どうしてネイルなの?」って険しい顔で聞かれるんです。
ただ、私自身がやっていて楽しいから。
好きなことをやって生きるっていう私のスタイルです。
人と同じレールじゃなくて、自分の道を進んでいきたい。
それだけなんです。
現役中にもっとセカンドキャリアについて真剣に考えておくべきだった
―― 最後に、現役選手の皆さんにアドバイスをいただけますか?
自分が競技をやめた後の生活というか、「あ、そろそろ引退するかも」って思った時点でセカンドキャリアについて考えたほうがいいんじゃないかなって思います。
やりたいことや働きたい会社があるんだったら、競技をやっているうちに動いた方がいいです。
やめてからやっと動くって結構キツいなぁって、私自身の経験で学んだので。
具体的じゃなくてもいいんですよ。
誰かに相談するとか、自分の考えを聞いてもらうとかでもいいし。
現役当時は、私もその大切さに気付けなくて。
振り返ると、セカンドキャリアについての重要性をもっと考えられていたら良かったなって思いますから。
取材後記
加藤さんのように、ナチュラルな自分でいることって。好きなことを、好きなようにやるって。そんなの簡単じゃないよって、思っちゃうんです。
でも、自分自身で難しくしているだけで、ほんとはもっと、シンプルなのかもしれません。今より少し、自分の心の声に耳を傾けてみませんか。
私って、どうなりたい?
この先、どんなことをしてみたい?
今できること、やってみたいこと、さあ、何だろう?

加藤 和Izumi Kato
元競泳選手
現在:ネイリスト/水泳インストラクター
取材/アスリートエージェント 小園翔太
取材・文・編集/榧野文香
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