Sports

金子 雅紀 / Masaki Kaneko   |現在:現役競泳選手

「逆境を力に変え、目指すは東京オリンピックでメダル獲得」競泳選手 金子雅紀

「水泳をやめたいと思ったことは一度もないですね。
大好きなんです、水泳が。」

そう明るく話すのは、イトマン東進に所属する
競泳選手・金子雅紀さん。

日本記録も持ち、国内外の大会で活躍してきた彼ですが
2018年、二度の大きな壁にぶつかりました。
練習中の手首の骨折、そして不整脈による心臓の手術。

「コンディションが整わない状態で
国際大会の選考会に臨むことになりましたが
できる限りのことはしようと思って。」

逆境に負けず、常に前を向き続ける強さの理由とは。
そして、金子さんが思い描く未来の自分像とは?

Profile

 

金子雅紀(かねこ まさき)1992年3月生まれ

競泳選手(イトマン東進所属)。高校3年でインターハイ100m背泳ぎで7位に入る。筑波大学へ入学後に日本水泳連盟強化指定選手に選出され、2016年には200m背泳ぎでリオ五輪に出場。バサロキックの技術を活かし、短水路(25m)での100m、200m背泳ぎの日本記録を持つ。

  自身の泳ぎを客観的に見て、あらたな取り組みに挑戦

―― 金子さんが水泳を始めたきっかけは何でしたか?

兄の影響でベビースイミングを始めたことです。0歳の頃から地元の小さなスイミングスクールに通っていましたが、水泳をやっている自覚が芽生えたのは、選手コースに入った小学2年生の頃でした。

中学2年生の時に違うスクールに移動し、これが自分にとって大きな転機になりました。そのスクールには全国大会に出場する選手もいて「彼らに追いつきたい……!」という一心で練習に励み、最終的には追い抜くことができたんです。

高校3年生でのインターハイの時には100m背泳ぎで7位になり、その成績のおかげで筑波大学への推薦入学が決まりました。

―― 大学に入学し、さらにレベルの高い選手がいたと思います。水泳へのモチベーションは変化しましたか?

水泳へのモチベーションは常に高いままでした。大学に入学してからは、ウエイトトレーニングをしたり、自分の水中映像を撮影し、それを確認して泳ぎの改善を図ったりと、高校生の時に行っていなかった取り組みが加わりました。

これまでは我流で技術改善をしていたんですが、自分の泳ぎを初めて客観的に見て、思っていた感覚と実際の動きが違うことに気づいたんです。

練習量は高校時代の倍以上。自分だけでなく同期のみんなが同じように苦労している姿を見て「自分もこんなんじゃ潰れていられないな」と気持ちが支えられ、頑張ることができました。

―― 大学入学後も順調だったのですね。

大学4年生の2月には、日本短水路選手権において100m、200m背泳ぎで優勝し、200m背泳ぎでは日本記録を更新しました。卒業間近だったのですが、伸び盛りの時期に水泳を辞めるのが嫌だったので社会人になっても続けることに。

大学院にも進学し、1年目の冬には食事内容やウエイトトレーニングのやり方を変え、体の機能を改善させるトレーニングも取り入れました。その結果、体がよく動くようになり、一気にタイムが伸びて。少し取り組みを変えたことで、こんなに結果が変わるんだと気付きました。

そして、大学院2年目の時に初めて日本代表に選ばれたんです。

  リオ五輪出場。大きな舞台を経験して学んだこと

―― ここまで大きな不調がなく進み続けることができた理由とは?

おそらくポジティブで気にしない性格のおかげだと思います(笑)。一時、タイムが伸びないこともありましたが、次に飛躍するためにしゃがみこんでいる状態なんだと捉えていました。もちろん冷静に自分の弱点を分析することはしていましたが、焦って頑張りすぎないようにしていましたね。

―― 金子さんのそのポジティブさは、水泳によって培われたものなのでしょうか?

幼少期の環境のおかげだと思います。僕は両親やスイミングスクールのコーチから、圧をかけられることなく水泳を続けてきました。父も母もどんな結果でも褒めてくれて、コーチも厳しく怒る人ではありませんでした。

というのは、自分はやることをやってタイムが出ないタイプだったので……。サボって結果が出ないタイプではなかったんですね。だから気楽に構えることができて、たとえタイムが出ない時でも、自分の良いところを見つけられるようになったんです。

―― 金子さんは、2016年に開催されたリオデジャネイロ五輪にも出場されましたね。

4年に一度のオリンピック。選手たちは皆、この時に懸けてトレーニングを積んできたので、他の大会とは異なる独特のピリピリ感がありました。メディアの取り上げ方も特別で、世界中が注目する祭典なんだと実感しました。

僕の出番は後半の日程だったのですが、スタンドの応援席で日本人選手が次々にメダルを獲得する姿を見て、早く自分も泳ぎたくなっていました。

一段とモチベーションが上がったのは、僕と同じ時期に活躍し始めた坂井聖人(さかいまさと)選手が銀メダルを獲得した時です!自分にとって身近な人がメダルを取ったこと……メダルは特別な選手だけが取れるものじゃないんだと希望が湧いてきたんです。

なんとか予選は突破したのですが、結果は準決勝敗退。国内の大会では落ち着いて試合に臨むことができるのに、大きな舞台で最高のパフォーマンスをするにはまだまだ未熟だと思い知りました。経験を積んでそこを克服しない限り、2020年の東京五輪で勝つのは厳しいと思っています。僕の課題の一つです。

―― リオ五輪での悔しさがバネとなっているのですね。

大学院卒業のタイミングでイトマン東進に所属することになり、そこからの1年間はひたすら練習に集中しました。その甲斐あって、2017年8月に行われたW杯では100m背泳ぎで日本記録を更新しました。これはきた!と思いましたね。

しかし、調子が出てきた矢先に降り掛かってきたのは相次ぐ怪我でした。ぎっくり腰に手首の骨折……これまで大きな怪我を経験したことがない僕は戸惑いました。コンディションが崩れた時にどうしたら良いか全く知らなかったのです。

  自分自身と向き合い世界のトップを目指す

―― 怪我が続き、大変だったと思います。さらに同年5月には心臓の手術をしたと伺いましたが……

発作性心房細動という病気になってしまい手術をしました。原因ははっきりしていませんが、心身への過剰なストレスが原因の1つらしいです。いきなり激しい運動をすると脈が乱れて苦しくなり、泳げなくなってしまうこともあったので……大切な選考会で泳げなくなっては困るなと。

手術をすれば治ると聞き、二度の手術を受けました。一度目の手術後には国際大会出場が控えていたので、できる限りの練習をして大会に臨みました。怪我と手術の後、どういうアプローチをしたら自分のコンディションがよくなるのかを確認できたので、良い機会だったと思います。

今はようやく心臓の方も安定し手首の骨もくっついてきたので、通常通りの練習を再開しています。来年に向けてしっかりと練習を積めているので、良いスタートが切れているのではないでしょうか。

―― リオ五輪や手術を経て、どのような変化がありましたか。

今まではとにかく泳ぎ込んで体力を高める練習を積んできて、ある程度の成績を残すことができました。この先、世界のトップを目指すとなったら自分の弱い部分と向き合い変えていかなくてはいけません。

今の環境には、トレーナーさんや食事管理をしてくれる方もいるので、そういう方と相談しながら自分の弱点を克服し、効率の良いアプローチを考えていきたいですね。

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