Sports

町田 也真人 / Yamato Machida   サッカー選手|現在:現役プロサッカー選手

“ピッチ以外”でも貢献できる選手に。大分MF町田也真人が重要視する、長く現役を続けるために必要な社会性

結果が全てのプロの世界。

攻撃的なサッカー選手であれば、得点に絡み続けなければ、いずれ第一線から振り落とされてしまいます。

今回お話を伺ったのは、Jリーグ・大分トリニータの町田也真人選手。

プロ9年目を迎えた町田選手は、昨シーズン、自身のキャリアで初めてJ1という国内最高峰の舞台に挑戦し、課題と手応えの入り混じった1年を過ごしました。そして今季からは、掴んだ手応えを確かなものにするために、大分トリニータに活躍の場を求めて挑戦を続けています。そんな町田選手は、

プロサッカー選手として結果を出し、長く現役を続けるために重要なことがある」と話します。

その重要なこととは一体何なのか。ご自身のサッカー人生を振り返ってもらいながら、プロとして生き続けるための秘訣を聞きました。

Profile

町田 也真人(まちだ やまと)1989年12月19日生まれ
埼玉県出身のプロサッカー選手。埼玉栄高校では、同校史上初の全国高校サッカー選手権出場を達成。専修大学に進学後は主にトップ下として活躍し、4年時には中心選手として関東大学サッカーリーグ戦1部および全日本大学サッカー選手権での優勝を果たした。2012年にはジェフユナイテッド千葉に入団。3年目より出場機会を増やし、2015年より背番号を14に変更。2016年には主力に定着し、11得点を挙げチーム得点王となった。2017年より背番号を10に変更し、副キャプテンに就任。引き続き主力として6得点8アシストの活躍を挙げた。その後、2019年には松本山雅FCへ完全移籍し、初のJ1の舞台を経験。2020年からは大分トリニータに活躍の舞台を移し、さらなる飛躍を期す。

  サッカーに対する意識を変えた、埼玉栄高での“ある出会い”

―― サッカーを始めたきっかけを教えてください。

父がサッカーの指導者をしていたので、小さい頃から当たり前のようにボールで遊んでいました。幼稚園でも、休み時間にはサッカーをして遊ぶことが多く、その時に友達に誘ってもらったことがきっかけで、サッカーチームに入りました。小学1年生からは、チーム活動とは別にサッカースクールにも通うようになり、徐々にサッカー漬けの生活を送るようになっていったんです。

小学3年時にはチームを辞めてサッカー少年団に入部し、さらに小学6年時には、僕の地元である埼玉県浦和市の選抜チーム・FC浦和に入ることができました。その後、埼玉県南部選抜、そして埼玉県選抜にも入ることができたのですが、その上の関東選抜には落選してしまって…。そこで初めてトップ選手とのレベルの差を痛感しましたね。

小学校卒業後は、浦和レッズのジュニアユースのセレクションで不合格になってしまったので、地元の中学校に進学しました。その後も中体連の県選抜に選んでもらってはいましたが、クラブ選抜とは実力に雲泥の差がありましたので、同選抜と戦う時は「怖いなぁ」と思いながら試合を迎えていましたね。

―― その頃からプロを目指されていたのですか?

もちろん目指してはいましたが、その頃はまだ「プロとして生きていく」という具体的なイメージを持つことはできていませんでした。選抜チームに選んでいただいても、練習についていくだけで精一杯でしたから。

その中で、僕のサッカー人生で大きなターニングポイントとなったのが、埼玉栄高校での“ある出来事”です。僕は中学卒業後、各県から良い選手が集まる、と聞かされて同校への進学を決めたのですが、入ってみたら県選抜に選ばれていた選手もいないし、他の地域の選抜でも見たことがない選手ばかり。はじめは不安でしたが、実際に一緒にプレーしてみると、みんな本当に上手くて驚きました。特に衝撃を受けたのは、沖縄出身のある選手です。

彼は“沖縄の最高傑作”を言われるほどの逸材で、当時からナショナルトレセン(日本のユース選手たちの強化育成の場)にも参加していました。「どうやっても勝てないな」と思った僕は、ポジションをトップ下からボランチに転向することを決意したんです。この決断はその後の競技人生にとって大きかったですし、彼からはプレーだけじゃなく、サッカー以外の生活面からも学ぶことが多かったです。それ以降、周りを見渡す、広い視野を持つことを意識するようになったので、この出会いは選手としても、人としても成長した一つの転機だったと思います。

  プロ入りを後押しした採用選考を受けた企業からの言葉

―― 沖縄出身の選手との出会いが、町田選手の今を形作っていったのですね。プロが現実味を帯びてきたのは、いつ頃ですか?

大学4年生の頃ですね。僕は高校卒業後、専修大学に進学したのですが、学年が上がるにつれて先輩たちがどんどんプロになっていって。大学2〜3年の頃から「プロになるの、いいなぁ」と思い始めました。そして最終学年の夏に、プロになることへの意識が高まったんです。

というのも、一つ上にはすごい先輩方がいたのですが、その世代が卒業して、僕らが中心となって臨んだ関東大学サッカーリーグ1部の前期はあまり良い結果を残せませんでした。でも後期から徐々にチームとして一つになっていって、一気に順位を上げることができ、最終的に優勝することができたんです。それがすごく自信になり、プロを意識するようになりました。

―― それまでは就職も意識されていたのでしょうか?

Jリーガーになりたい気持ちはあっても、実際に「このままプロになれなかったら、どうするんだろうなぁ」という感じだったこともあり、就職活動もしてみたいと思い、サッカーと並行して就職活動をしていました。

―― どのような企業を受けていたのですか?

化粧品会社とブライダル企業を数社受けました。当時は、あんまり社会のことを知らなくて、化粧品はなんとなくわかるけど、「ブライダルってなに?」みたいな(笑)。それぐらい無知だったんです。

大学4年の春に、あるブライダル企業の面接に行ったところ、「もしもプロサッカー選手になれなかった時は、連絡しておいで」と言ってもらっていたんですが、そんな中で、9月にジェフユナイテッド千葉からオファーをいただき、ブライダル企業の担当の方に、オファーがあったことを打ち明けました。すると、「サッカーにチャレンジしなよ」と背中を押していただいて。加えて「本当にダメだったら、うちに来ていいから」と。その言葉で覚悟を決めることができて、サッカーにより打ち込めるようになりました。本当に感謝の言葉しかありません。

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