2026.06.18

スポーツの力で「違い」を受け入れ合う社会への架け橋に。サッカー・小川雄生

「違いを消すのではなく、違いがあって当たり前で、それを否定しない社会をつくりたい」

海外でプロサッカー選手として夢を叶え、母校での指導者キャリアを経て、30歳という節目でビジネスの世界へ飛び込んだ小川雄生さん。

現在は、東京・品川(天王洲)を拠点に「スポーツ×障がい福祉」の事業を手がける株式会社ハシカケの代表を務めています。

スポーツの世界から一転、なぜ福祉への挑戦を決めたのか。その背景には、かつて海外で遭遇したテロの記憶と、品川の地で目にした障がい者スポーツの熱気がありました。

小川さんが描く「誰もが唯一無二の存在として輝ける福祉の未来」、そして新設された事業所「ワークアリーナ天王洲」に込めた可能性に迫ります。

Profile

小川雄生(おがわ たけお) 1992年9月17日生まれ

元サッカー選手。大学在学中に海外へ渡り、ポーランドやラトビアのプロリーグでプレー。帰国後は母校である同志社大学で7年間、コーチとして若手の育成に携わる。30歳を機に上京し、品川CCセカンドの監督を務めながらビジネスを学び、スポーツとビジネスを融合したキャリアを模索する。2025年9月、株式会社ハシカケを設立。「スポーツの力で一人ひとりの可能性が光り、誰も取り残されない社会を実現する」を企業理念に掲げる。2026年6月、就労継続支援B型事業所「ワークアリーナ天王洲」を開所。スポーツの裏方仕事であるホペイロ(用具係)の仕組み等を取り入れた新しい就労支援に挑んでいる。

海外プロサッカーへの挑戦と、人生の根底にある記憶

―― 小学生からサッカーを始められて、大学在学中には海外に渡られたそうですね。海外のプロリーグを目指したきっかけは何だったのでしょうか?

小川: 高校生の頃から遠征で海外に行く機会があって、「海外なら自分にもプロとしての道があるかもしれない」という思いが頭の片隅にありました。

当時の国内サッカーは今ほどJ3などの環境が整っていなかったこともあり、自分の実力だと国内ではギリギリのライン。でも、海外ならチャンスがあるのではないかと。

大学在学中、自分から海外関係の知人にアプローチして、返信をもらった3日後にはポーランドへ飛び立っていました(笑)。

―― すごい行動力ですね!実際に海外でのプロ生活はいかがでしたか?

小川: ポーランドやラトビアといった東欧のリーグで2年プレーし、ラトビア2部ではアシスト王も獲得できました。

いわゆる華やかなJリーグの舞台ではなかったですが、自分にとっては「プロサッカー選手になる」という夢を確かに叶えられた、自信に繋がる時間でしたね。

ただ同時に、「選手としての時間は永遠ではない」という現実も強く実感しました。

―― 日本への帰国途中に非常に衝撃的な経験をされたと伺いました。

小川: はい、2016年に帰国する途中、イスタンブールの空港でテロに遭遇してしまったんです。目の前で銃撃戦が始まり、人が亡くなっていく。

自分もいつ撃たれるか分からないという、言葉にできないほどの恐怖を味わいました。

その時に強烈に思ったんです。世界には宗教や文化、価値観の「違い」が当たり前にあって、それを否定し合うから悲しい出来事が起きてしまう。

だったら、その違いを当たり前に受け入れ合える世の中になればいいのに、と。当時は漠然とした考えでしたが、私の心の中に残り続けました。

その後、母校の同志社大学のサッカー部に戻り、7年間コーチとして働きました。

「スポーツに関わりながらビジネスを学ぶ」30歳での大きな転身

―― コーチのキャリアから、なぜビジネスの世界、そして起業へ舵を切ったのでしょうか。

小川: コーチの仕事もやりがいがありましたが、30歳という節目を迎えたとき、「このまま、ずっとサッカーだけで人生を組み立てていいのだろうか」という問いが生まれました。

スポーツの世界は情熱だけでは生活を安定させることが難しい側面もあります。「お金を稼ぐこと」という現実的なビジネスの視点も、これからの人生には必要だと感じました。

でも、やっぱりサッカーやスポーツから離れたくなかった。それなら「スポーツに関わりながら、ビジネスを学びに行こう」と決意し、東京へ出ることにしたんです。

上京後、ビジネスを学ぶ傍ら、総合型地域スポーツクラブである品川カルチャークラブ(以下、品川CC)のセカンドの監督を務め、スポーツの現場に関わり続けました。

―― 30歳での新しいフィールドへの挑戦に、怖さはなかったですか?

小川: もちろんありました。サッカー以外のスキルは何もありませんでしたから。でも、海外に挑戦したときも「挑戦してダメなら納得できる」と思って動いていました。

アスリートとして培った「まずは打席に立つ、行動してみる」というマインドが、新しい世界へ踏み出す背中を押してくれたんだと思います。

障がい者スポーツの現場で見つけた、本当の自分を解放できる場所

―― 上京されてから、福祉という領域に関心を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

小川:品川CCでの監督経験を通じて障がい者スポーツの熱気に触れたことがきっかけです。

現場で出会った障がいがある方々の表情が、とても印象的だったんです。スポーツに関わっているときの彼らは、本当の自分を解放しているように見えて、ものすごく生き生きとしていました。

また、多くの地域イベントに参加する中で、福祉団体の皆様と色々とお話をさせていただく機会もあり、「スポーツを通じて福祉に新しい何かを作ることができないか」と考えるようになりました。

しかしその一方で、実際の福祉の「働く場所(作業所)」を見学して回る中で、別の光景もたくさん目にしたんです。

―― どのような光景だったのでしょう。

小川: どこか空気感が暗く、同じ作業を何時間も淡々と繰り返す環境でした。

もちろん、それが集中できる環境として必要な側面もありますが、「障がいがあるんだから、これしかできないでしょ」という価値観がまだ残っているのではないかと感じてしまって。

スポーツの現場で見せたあの輝くような表情と、作業所の暗い空気の差は何なんだろう、と。

スポーツという“きっかけ”があれば、人はもっと自分らしく輝けるはずだし、前述のテロに遭遇した時に感じた「違いを受け入れ合う世界」のイメージが、ここで「スポーツ×障がい福祉」という形になってすべて繋がったんです。

「支える仕事」を福祉の作業に。「ワークアリーナ天王洲」の挑戦

―― そうして立ち上げられたのが「株式会社ハシカケ」ですね。どのような信念を持って活動されているのですか?

小川: 私たちハシカケは、「人は誰もが唯一無二の色を宿すピースを持っている」という信念を持っています。

そして「スポーツの力で一人ひとりの可能性が光り、誰も取り残されない社会を実現する」を企業理念に掲げています。

障がいがある方々を含め、人は誰もが純粋な情熱と可能性を持っていると信じています。

スポーツが持つ「人と人をつなぐ力」と福祉が掛け合わさることで、誰もが自分らしく輝ける、そんな新しい選択肢を作りたいという思いを持って活動しています。

その思いから生まれたのが、就労継続支援B型事業所である「ワークアリーナ天王洲」です。

―― 「ワークアリーナ天王洲」とは、具体的にどのような事業所なのでしょう。

小川: スポーツを通じて「誰かを支える」という喜びや役割を感じながら、社会とのつながりを育んでいく場所です。

具体的には、サッカー界でいう「ホペイロ(用具係)」の仕事を取り入れ、選手のスパイクケア業務を行っています。

さらに、グッズの企画・製作、品川CCの試合会場でのイベント運営や販売ブース運営、施設外就労など、多角的にスポーツクラブを支える仕事を業務委託として手がけています。

―― スポーツを軸とした多彩な業務があるのですね!その中で、稼働の第一弾となった取り組みについて聞かせてください。  

小川: 第一弾のプロジェクトとして、品川CCのバスケットボールチーム「品川CC ワイルドキャッツ」の公式缶バッジを製作したんです。

利用者さんが資材のセッティングから専用プレス機での製造、検品・梱包まで一連の工程を担いました。完成した缶バッジは6月7日の地域イベント「みんなの品川スポーツFES.2026」の販売ブースに並び、選手やファンのもとへ届きました。

こうしたやりがいのある仕事を続けていくには、ビジネスとしての持続可能性も欠かせません。

私たちは「目標月額工賃35,000円以上」の実現を掲げています。スポーツの価値を正しくビジネスに循環させることで、福祉の新しいスタンダードを作りたいんです。 

―― 実績も工賃の仕組みもシビアに構築されているのですね。ただ、ここまでの道のりには壁も多かったのでは?

小川: そうですね、行政からの認可や資格保持者の確保、そしてこの天王洲のエリアで条件に合う物件を探すのは非常に難航しました。

何度も心が折れそうになりましたが、独自の「スポーツ×福祉」というコンセプトに共感してくれる仲間がたくさん集まってくれたことが、大きな救いになりましたね。

強みも弱みも分かち合うチームで、この世界観を届けたい

―― 小川さんが組織づくりやチームマネジメントで大切にされていることはありますか?

小川: 実は、私は周囲からよく「冷たい」「ドライだ」と言われるんです(笑)。論理的にスパッと決めてしまう姿がそのように見えてしまうみたいで。

でも、福祉業界の方々は温かくて、目の前の人のために寄り添いながら重ねてきた優しさを持っています。

私はどちらかというと「会社のため」「障がいがある方々のために」と大きな主語で物事を見てしまいがちなので、私のそばには、目の前の方を大切にできる温かく丸みのある人にいてほしい。

自分の弱さを自覚しているからこそ、それをスタッフをはじめとしたチームで補い合いたいと思っています。

「スポーツが好き」という共通点があるだけで、私たちは強いチームになれると信じています。

―― 最後に、今後のビジョンと読者へのメッセージをお願いします。

小川: まずはこの「ワークアリーナ天王洲」を、利用者さんが生き生きと働けて、地域から「すごいよね」と信頼される場所に育てることが第一です。

その上で、私はこの「スポーツ×福祉」の世界観を全国へ広げていきたい。3年後には、私自身がこの領域で誰よりも詳しい人間になり、「小川さんとなら新しい福祉の形を作れる」と言われる信頼を積み上げたいです。

毎日が少し息苦しいと感じている人や、自分らしさを出せる場所がないと感じている人が、スポーツの力を借りて自分を解放できる場を作っていきます。

ゆっくりでも確実に、橋をかけるように次の場所へつないでいきたいですね。

株式会社ハシカケ公式サイト:https://hashi-kake.com/

株式会社ハシカケ「ワークアリーナ天王洲」公式ページ:https://hashi-kake.com/workarena/

取材後記

プロサッカー選手からコーチ、そして「スポーツ×福祉」の起業家へ。

小川さんの歩んできた道のりは一見すると異色ですが、その根底にあるのは「スポーツを愛する気持ち」と「人が自分らしく生きられる社会への強い願い」でした。

「人は誰もが唯一無二の色を宿すピースを持っている」というハシカケの信念を掲げ、福祉サービスの常識を覆す「目標工賃35,000円以上」という高い壁に挑む姿勢からは、アスリートとしての情熱と経営者としての冷静さが共存していました。 

ホペイロをはじめ、グッズ製作など多彩な仕事を通じて福祉の現場に新しい光を当てる小川さん。彼がこれから社会にどんな素敵な「橋」をかけていくのか、今後の活躍が楽しみです。

(取材・文/高橋 茜)

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