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富岡 英聖 / Eisei Tomioka   元プロサッカー選手|現在:テレビ局勤務

強い心を持って道を切り拓く

Profile

 

富岡 英聖(とみおか えいせい)1984年7月生まれ

元プロサッカー選手。高校時代は名古屋グランパスエイトユース、U-16日本代表として活動。筑波大卒業後はヴァンフォーレ甲府、トゥルキェムスポル・ベルリンにてプレー。国内外で活躍。現在はテレビ朝日名古屋支局に勤務。営業マンとして日々顧客に向き合っている。

アスリートとして活躍するには、結果を出すしかない

―― サッカーを始めたのは小学4年生からと伺いました。

周りよりも少し遅めのスタートでした。陶原(とうげん)SCというサッカー部で、先生がとても熱血で厳しくて。怒られたり叩かれたりの毎日でした(笑)愛知県ベスト8でレベルの高いチームでしたね。

中学3年生のときに名古屋グランパスエイトに入って、高校生でU-16日本代表に選ばれたんです。背番号を取ったり取られたり、学生時代からアスリートとして戦っていましたね。結果を出すしかなかったし、メンタルは相当鍛えられました。

憧れているゴン中山さん(中山雅史選手)出身の筑波大学を卒業してからは、山梨のヴァンフォーレ甲府で1年間プレーをして。そのあと、新潟のジャパンサッカーカレッジに入ったんです。ずっとサッカーと共に移動する生活だったなぁと思います。

アスリートは特別じゃないから道は自ら切り拓く

―― 学生の頃からプレッシャーに打ち勝って、成長されてきたんですね。英聖さんのチャレンジは国内に留まらなかったそうですね。

あるとき、海外のプレー経験がある先輩に「もっとお前も外に出てみろよ。」って言われて、ドイツに行こうって決めたんです。海外でサッカーをやるのは夢でもあったので。

コーディネーターは一応いたけれど、契約はほとんど自力。現地で履歴書を見せながら、カタコトの英語で経歴を説明して、なんとか練習に参加できました。

いいプレーをできるように努力すると「また明日も参加しなさい。」って呼ばれて、紅白戦に出られるようになって……。大きい試合で得点を取ってやっと契約に至りました。

ドイツでそれまで出会わなかった人や価値観に触れて、サッカー人生をそこで終える決意をしました。やっぱり引退は大きな覚悟が必要だったけれど、納得できるくらい素晴らしい仲間とプレーできたから。それが僕にとって最高の経験でした。

就活中に言われたある一言が仕事に向き合う姿勢を変えた

―― 引退してから次の道へは順調に進みましたか?

いえ、全然。サッカーに関する仕事をしたいなって何となくは思っていたんです。

でも、リーマンショック後のまさに就職氷河期でした。紹介会社の人には「プロサッカー選手って転職には不利ですし、富岡さんが就職するのはほとんど不可能です。」なんて言われましたよ。今思い出しても悔しいです。

アスリートは特別じゃないから道は自ら切り拓く

それで、求人票の束を渡されて。5センチくらいの分厚いやつを。「とりあえずこれを見て履歴書100枚書いて下さい。」って言い捨てられたんです(笑)でもね、その中からやりたい仕事なんて3社くらいなんですよ。それでも必死になって10枚は書きましたよ。

その時代って履歴書が通るのが1%、面接に受かるのは20%ほどだったし、僕は“元サッカー選手”がゆえにもっと確率が低かったから。もうね、やるしかなかった。

―― 就職活動をしていて印象的なできごとはありましたか?

とある出版社で社長面接をしたときに、いきなり「君はどうしてサッカー選手になったの?」って聞かれたんです。とっさに「尊敬するゴン中山のように人にキッカケを与えるプレーヤーになりたかったんです。」って答えて。

そしたら、「それって絶対にサッカー選手じゃなきゃダメなの?」って言われて。考えたらサッカー選手じゃなくても“人にキッカケを与えられる人間”にはなれるんですよ。

僕はサッカー選手を引退したけれど、なりたいものに対して引退はしなくていいんだって思えて。頭の中を一気に整理できて、迷いが無くなりました。その会社とはご縁こそありませんでしたが、社長には心から感謝しています。

真剣にサッカーを続けてきたからこそ身についた自分だけの強み

―― 就活はいい出会いもありますよね。サッカー中継をやりたいと夢を持って、最終的にテレビ局に入社されたとのことですが……。

テレビ朝日に入社して、最初は東京配属でした。営業局のタイムマーケティング部という、スポンサーに番組提供についてもらう仕事です。1年目はまずCMの順番を決めるという基礎からスタートしました。

アスリートは特別じゃないから道は自ら切り拓く

スポーツをやりたかったから営業って言われたときは、正直ショックでしたよ。でも、社内外でたくさんの人にあって刺激があったし、バランスのいい人間にはなれたかなって。あと、目の前にいる人のメリットを考えて動く仕事だったから、周りをよく見る力を磨きました。

今は名古屋で営業をしています。名古屋に本社がある会社を全部担当して、CM枠だけでなく色々なものを売っています。流れの早い業界だから、たった6年いるだけで仕事内容もどんどん変化していきましたね。

―― 今の仕事にサッカーの経験は活きていますか?

うーん、サッカーが好きだから契約しますというのは無いし、難しいですね(笑)

ただ、ずっと真剣にサッカーを続けて、さまざまな環境や人の中で生活をしてきて、相手が何を考えているか察知して動くクセが身についたんです。かけひきも必要な、勝負の世界ならではの。そういうのは営業の仕事に活きているんじゃないかな。

僕たちアスリートは特別じゃない

―― 最後に、セカンドキャリアを考えるアスリートにメッセージをお願いします。

まず、アスリートは甘えちゃダメ。元アスリートっていうだけで仕事を紹介してもらえたり、セカンドキャリアを応援してくれる人が出てきたりするんですよ。でも、僕たちアスリートは特別じゃない。だから、人任せにするんじゃなくて、今までやってきた自分の強みを活かす努力を怠ってはいけないと思います。

ドイツでは引退が近付くと、選手は次のステップを自分で見つけるんです。学校に通う人もいたし、自分でしっかりと環境を整えていく。そういうマインドをもっと日本のアスリートも持つべきではないでしょうか。

チャンスをうまく掴んで前向きに就活・就職ができたら、アスリートは強いはず。自分が一生懸命やってきたことを仕事に活かすだけだし、迷ったときはプレーを思い出せばいい。

僕も壁にぶつかったらサッカーに立ち返るんです。このパターンだとサッカーではこう対応していたなって。競技経験を思い出しながら動くことができるんだから。

アスリートは特別じゃないから道は自ら切り拓く

取材後記

何度も出てきた「自分でやるしかなかった」というフレーズ。

サッカー人生を切り開いていくため、学生の頃からだれに頼ることなく自身で道をつくってきた英聖さんの“強さ”が、その言葉の中に込められていました。

「こんな人になりたい」「こんな仕事がしたい」そういう想いを実現するためには、自分から掴みにいくこと。願いは叶うけれど、願うだけでは叶わない。だからこそ、積極的に行動していくことが大切なのですね。

 

取材/アーシャルデザイン 尾崎俊介
文・編集/榧野文香

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