Industry

大山 未希 / Miki Oyama   元プロビーチバレー選手|現在:メーカー勤務(営業アシスタント)

今、この仕事がとても楽しい。バレーボールで得た経験があるからこそ。

大山加奈さんの、妹。

お会いするまでは、正直、どこかその印象でした。
でも、そんなのはすぐに吹っ飛んでいって。

日本一になった回数、19回。
でも、未希さんはメラメラ、ギラギラせず
どこか肩の力が抜けて、自然体なんです。

よく笑って、冗談もちょっと言ったり
まっすぐで嘘をつかず、正直だったり
目の前のできごとを思い切り味わったり。

“大山未希”ってどんなひと?

Profile

 

大山 未希(おおやま みき)1985年10月生まれ

元インドアバレーボール、元プロビーチバレー選手。春高バレー2連覇、インターハイ優勝、国体優勝、アジアユース選手権準優勝など常に全国トップレベルで活躍。東レ・アローズ(以下、東レ)に入団後はセッターに転向し、2010年にはビーチバレー界に挑戦。現在は東レ・プレシジョン株式会社にて関東営業部のアシスタントを務める。

姉と比べられる歯がゆさを感じていた昔、今では堂々とアピールできる「大山加奈の妹」

―― 未希さんがバレーボールに出会ったのは小学生ですよね。お姉さんの加奈さんと一緒に始められたんですか?

私、昔からずっと姉と一緒なんです。姉がバレーボールを始めて、私もやりたいって言って。小学校のクラブ、成徳学園中学、同じく高校、東レ……すべて同じ道なんですよ。小中高で姉がキャプテンをして、次の年は私が引き継ぐようにしてキャプテン(笑)背中を追いかけるように進んできました。

―― 同じ道だったんですね(笑)でも、その分“大山加奈の妹”と常に言われてきたのかなと思いますが……。

うーん、まあ、メディアはそれをネタにしますから。春高バレーでもどんなに私が頑張っても、結局は“大山加奈の妹”。ひとつ上には姉、ひとつ下には木村沙織がいて目立っていて。間に挟まれて、そうですね、当時は歯がゆい思いもありました。

でも、ビーチバレーに転向した頃から逆にそれを武器にすることもありました。大山の妹です!ってスポンサーの方にアピールしたり(笑)姉もどんどん使っていいよって言ってくれたので、ポジティブに考えるようになったかもしれません。

インドアバレーボール界最多数の日本一19回、ビーチバレーは新たなチャレンジ

―― 2010年、ずっと続けられたインドアバレーからビーチバレーに転向されました。何かきっかけがあったんでしょうか。

日本一をあまりにたくさん獲ったことです。小学1年生から東レまでインドアバレーをやってきて、日本一になったのが19回。おそらくバレーボール界で最多数です。もちろん誇りではあるんですよ。ただ、インドアで日本一を獲っても「あ、またか」って(笑)心の底からの嬉しいという感情や大きな達成感、目標が消えてしまって。

そんなときにビーチバレーのトップ選手として活躍する友人に誘われたんです。「未希はどのポジションでもプレーできるから、ビーチが合ってるよ」って。ビーチバレーってレシーブ、トス、スパイクなど全部をこなす必要がある競技。たとえば“パワフルカナ”と呼ばれる姉は、強烈なスパイクが武器だけどレシーブは少し苦手。対して私はすべてのポジションで平均点をとれるプレーヤーでした。

あとは、東レでセッターに転向したんですが、セッターとしては背が高くて大柄で良かったんですね。上り調子でいちばんいい時期でもあったから、代表になることをどこか期待して頑張っていたんですけど、結局、選ばれなかったんです。それで踏ん切りがついて。よし、新しいことにチャレンジしようとビーチバレーの世界に飛び込みました。

―― 代表になるってきっと大きな目標ですよね。悔いは残りませんでしたか?

実は私、絶対にオリンピックに行きたい!といった大きな目標を掲げてバレーをやったことがなくて。たくさん日本一を獲った選手としては変わっているかもしれません(笑)ずっと先のことよりも、目の前のことをコツコツ取り組んでいくタイプなんです。バレーでもそうしていて気付いたら「あ、私、Vリーガーになってた」っていう。

もう、昔からそんな感じですね。小学5、6年生ですでに全国大会で優勝して日本一になっていたんですけど、みんなが「全日本選手になりたい!」「オリンピックに出たい!」って大きな夢を描く中、私は「お嫁さんになりたい」でしたから(笑)

それと、代表に選ばれなかった年、東レのチームメイトで先輩の荒木絵里香さんと後輩の木村沙織が「今年はきっと未希も代表に選ばれるんじゃない?」って言ってくれていたんです。本人たちは言ったことさえ覚えていないかもしれませんが(笑)一緒にバレーを頑張る二人に認めてもらえたので、私としてはもうそれで充分だと思えて。満足できました。

バレーボールは生活の一部、高い目標やモチベーションよりもメンバーに認めてもらえることが幸せ

―― 向かっていく目標や夢が無いと、モチベーション維持が大変じゃないですか?未希さんはどのようにバレーボールに向き合っていたんでしょう。

私にとってバレーボールってもう生活の一部なんです。ご飯を食べて、顔を洗って、歯を磨いてと同じ感覚。日常に当たり前にあるもの。歯を磨くのに「よっしゃ!」って高いモチベーションはいらないじゃないですか(笑)それと同じだなって思います。バレーをやるってとても自然なことです。

―― バレーはいつも一緒にいる友人のような存在なんですね。ビーチバレー生活は順調にいきましたか?

ビーチに転向して個人の方がスポンサーになってくださったんですね。東レ時代からのファンで、大山姉妹の後援会にも入ってくれていて。その方の期待に応えるためには、オリンピックに出たいって言わないといけないだろうって思ったんです。だから、転向当初は「代表になります!」って口に出して全力で頑張っていました。

Vリーグ出身ですし期待もしてもらって、結果、代表にも選ばれて国際大会にも出場したんですけどね。国内でもだんだん勝てるようになって、表彰台に上がることも。でもどうしても自分の気持ちに嘘を付いているし、応援してくださっている方々を騙しているような気になってきて……。他にも色々と理由が重なったこともあり、引退を決めました。

―― 自分にも周りにも嘘を付かない。まっすぐだなと思います。バレーボールに未練はありませんか?

まったくないです。今もバレーボール教室やイベントに関わったり、遊びでやったりして楽しんでいますが、選手として本気でやるのはもういいかなって。充分やり切りました。引退したのは、28、29歳くらいだったかな。

恵まれた環境、厳しい環境、どちらでもプレーしたからこそ今仕事が楽しい

―― 今はどのようなお仕事をされているんでしょう。

東レ・プレシジョンで関東営業部のアシスタントとして電話応対や資料作成などをやっています。東レは現役時代にずっとお世話になっていた会社だし、恩返しもできたらなぁって。今、仕事がとっても楽しくて。表に出る役割も好きだけれど、裏方として支えるのも結構好きなので。

―― 日本一を獲ったアスリートからビジネスウーマンへ。驚いたことも多かったのでは?

もう、最初はメールの送り方すら分からない状態でした。へえ、「いつもお世話になっております」って書くんだなっていう(笑)ビーチバレーに転向してからモデル事務所に所属した期間があって、そこのマネージャーさんが口酸っぱく色々と教えてくれて。その方のおかげで社会人としてのマナーを身に付けられたので、感謝しています。

パソコンもひとつひとつ操作を覚えて、少しずつ使いこなせるようになっています。新しい仕事を覚えるのは楽しいですね。こんなことできるようになったなぁって思えて前向きになれます。だから私、仕事を楽しめているのかもしれません。

あと、Vリーガーというものすごく恵まれた環境と、ビーチバレー選手というちょっと厳しい環境のどちらも経験したことが良かったんですよね。バスに揺られていれば会場に到着して、何から何まで支給されて、ホテルも取ってくれて。マネージャー任せだったところから、ビーチバレーではすべて自分でやらなきゃいけない環境になったんです。

だから、ビーチでは同い年や年下の選手がしっかりして大人に見えたくらい。競技以外のところでも自分で動く、その責任感ってすごいなって感じました。そういう経験をしたことも仕事に繋がっているかなって。自分でやる責任というか。甘いことばかりじゃないぞ、と。

相手をよく見て機転を利かせて、テキパキ働く姿はアスリートならではの強み

―― 視野がさらに広がったんですね。バレーボールを通して学んだことで仕事に活きていること、ぜひ他にも教えてください。

支える人の気持ちを知ったことです。私、バレーを始めてからほとんどずっとレギュラーだったんですけど、東レでセッターに転向してから控えになったんですね。一応、準レギュラーの立ち位置でしたが、コートの外にいる時間がそれまでより長くなって、そのときに支える側の目線になれたんです。

今、会社で私が主にサポートしているのって営業のエースなんですよ。その方が活躍するために支える……エースが気持ちよくスパイクを打てるように、最高のトスをあげるんです(笑)

言われたことは相手をよく見て、機転をきかせて先回り。たとえば営業さんが忙しそうなら話しかけるタイミングを変えるんです。単純ですけど、できない人はできないかもしれないなって。求められるレベルは高いですけど、アスリートだからハキハキ、サバサバしていて仕事がしやすいねとも言っていただくので、期待に応えたいなとは思いますね。

誰かに何かをしてもらいたいなら、まずは自分が何かをやるべき

―― これからの夢はありますか?未希さんには意地悪な質問かもしれません(笑)

アスリートライブに掲載されている皆さんの記事を読んで、私は何を話そうかなって色々考えてきたんですけど、なんせ目の前のことをひとつずつクリアしていくタイプなので。大きな夢を持つというよりも(笑)

今、会社での仕事がとっても楽しいので、このまましっかり頑張っていきたいです。あと、人に教えることが好きなのでバレーボール教室は続けていきたいですね。子どもたちにもママさんにも。

私、運のいい人生を歩んでいると思うんですよ。節目ごとに周りの方々に助けてもらっていて。ビーチバレーに転向したときの個人スポンサーの方もそうです。今、東レにまた戻って仕事ができているのも、声をかけてくれた姉と、受け入れてくださった東レの方々のおかげです。

そうやってたくさん助けていただいているんですが、もともとは人見知りで愛想もなかったんですよ。インドアバレー時代はファン対応も上手くできなくて、姉や木村沙織などファンの多い選手たちに任せきり。私は会場から出たらシュッとバスに乗り込んでいましたね……。めちゃくちゃ感じ悪いですよね(苦笑)

―― 人見知りだったんですか!今日ずっと笑顔でいらっしゃるので意外です。

ビーチバレーに転向してチームじゃなく個人で動くようになって、このままじゃいけないって気付いたんです。応援してもらうためには、それに値する自分にならなきゃって。まあ、今も社交辞令は言えないし、ものすごく愛想があるってわけじゃないですよ(笑)ただ、ビーチバレーで学んだことは大きかったですし、とっても良かったです。

助けてもらうためには、まずは自分が助けること。してもらいたいなら、自分からやるべきだなって思っていて。身近な人はもちろん、日頃から誰かを助けているとちゃんと返ってくるじゃないですか。無理に笑ったり愛想を振りまいたり、そういうことをしなくても周りは見ていてくれるなぁって感じるので。人のために動くことが結構好きなんです。

―― 助けてもらう、応援してもらう。現役アスリートにとっても欠かせないことですよね。

現役中、私自身が引退後のことを考えず目の前のことに集中していたので、偉そうなことは言えません。ただ、それこそ引退後も応援してもらう、助けてもらう人になるためには、今この瞬間を全力で頑張っている姿を見せることが大事かなって。

それが競技でも、勉強でも、仕事について考えるでも、今やるべきことをしっかりやる。それは自分のためにもなりますし、周りの人もきっと喜んでくれる。そう信じています。

取材後記

「仕事がとっても楽しいんです!」

本人にとって自然なことだというバレーボールとは
まったく異なるビジネスの世界に飛び込んだ。
それでも、未希さんはそうはっきり言います。

セッターに転向して控え選手になったとき
支える側の気持ちを知ることができた。

ビーチバレーでは責任の意味をさらに学び、
周りを助けて、助けてもらえる人になろうと努めた。

▲未希さんのメッセージは明るさ満点の「ポジティブ」。

アスリートとして見た景色、経験したことを
ひとつずつ、余すことなく今に活かしていて。

目の前のことをコツコツ丁寧に。
それが“大山未希”という生き方です。

 

大山未希インスタグラム
@miki_oyama1003

Tシャツ提供 ニューモード株式会社
https://newmode0209.fashionstore.jp/

取材/アスリートエージェント 小園翔太
取材・文/榧野文香

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